第10話 民の信頼、賢者の道
レオナルド・ヴァルディスが神殿を去った翌日、俺は神殿の一室でエルンストと向かい合っていた。窓の外から差し込む柔らかな光が、部屋の埃をきらきらと照らしている。
「……レオナルドの言葉が気になりますか?」
エルンストが静かに問いかける。俺は腕を組みながら、昨日の会話を思い返していた。
「まあな。エルフの長老会とやらが、俺をどう見ているのか。半分は期待し、半分は警戒している……厄介な状況だ」
「カイン殿。あなたが真の賢者として認められるには、長老会、ひいては森の民すべての信頼を得る必要があります」
エルンストは真っ直ぐな目で俺を見据えた。
「それこそが、古の試練における最後の段階——『第三段階:森への貢献と民の信頼』なのです。力や知識だけでなく、あなたの行いそのものが試されます」
「……つまり、実績を作れってことか」
俺の言葉に、エルンストは静かに頷いた。
「その通りです。長老たちは民の声を無視できません。あなたが実際にこの地で何を成すか、それを見極めることで、彼らの態度も変わるでしょう」
「よし、やってみるか」
俺は深く息をついた。戦いではなく、信頼を積み上げることが求められている。そのためには、まずエルフたちの暮らしを知ることから始めなければならない。
「まずはフィリア村へ行ってみてはどうでしょう。ちょうど今日、市が開かれます。民たちと接するには絶好の機会かと」
「市か。異世界の市場というのも興味がある。案内を頼めるか?」
「もちろんです」
俺はエルンストと共に神殿を出て、フィリア村の中心へと向かった。
市場は活気に満ち、エルフたちが食料や薬草、手作りの装飾品などを売り買いしている。その光景は、俺がいた世界とどこか似ていて、それでいて全く違う、不思議な懐かしさがあった。
俺がゆっくりと歩きながら品々を眺めていると、ふと、背後から声をかけられた。
「賢者様……!」
振り向くと、一人の年配のエルフが恭しく頭を下げていた。
「あなたが戻られたと聞いて、信じられませんでした。こうしてまたお会いできるとは……」
どうやらこのエルフはカイランを知っているらしい。だが、俺はもうカイランではない。
「俺はカイランではない。カインだ」
俺は穏やかに訂正し、微笑んだ。
「だが、この村のことをもっと知りたいと思っている。よければ、話を聞かせてもらえないだろうか?」
年配のエルフは一瞬驚いた表情を見せたが、やがてゆっくりと、そして嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、もちろんです。何でもお聞きください、カイン様」
こうして、俺の「第三段階」の試練は、一人の村人との対話から静かに始まったのだった。




