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ライトノベル

 給食を食べ終え、クラスメイトのほとんどが校庭に遊びに行っている。僕は全開にした教室の窓から、楽しそうに遊ぶ生徒たちの姿を、うらやましく思いながら眺めていた。外で遊べなくなってから、休憩時間が辛い。

 

 遊んでいるとあっという間に時間は流れていくのに、つまらない時に限って時間はゆっくりと進む。もしも神様が僕の目の前に現れたら、まずはこの不規則な時間の流れをどうにかしてくれるようにお願いするだろう。

 

 こういうとき、本当は少しでも左手で文字を書いたりして訓練した方がいいのかもしれない。でも、ただでさえ授業で文字を書くことに嫌気がさしているのに、わざわざ休憩時間まで苦しい思いをしたくはない。休憩時間は休憩するためにあるのだ。

 

 教室には時計の秒針が進むチカチカという音と、誰かが本をめくる音が時折聞こえてくるだけ。静かな空間も一人だけ取り残されている感じがして寂しい気持ちになる。



「くしゅん」



 僕が窓を全開にしているからだろうか、僕はそれほど寒いとは思わないけれど、振り返ってみると、教室の隅で津村さんが鼻をこすっていた。



「あ、ごめん。寒かった?」



「うん」



「窓、閉めた方がいい?」



「うん」



 僕はこのとき、初めてまともに津村さんと会話を交わした。津村さんの声って意外と可愛らしいんだなあ、と今更になって発見する。


 津村さんは頭が良い。ただこれは僕が抱いているイメージだ。クラスの中で頭が良い人は誰ですかというアンケートがあったら、とりあえず思い浮かぶのが津村さんだというくらい。今まであまり関わり合いのなかったクラスメイトの細かいプロフィールはさすがの僕にも分からない。



「外、遊びに行かないの?」



 窓を閉めながら、僕は津村さんに話しかけた。



「本、読んでるから」



 津村さんは、手元の本に視線を落としたまま答えた。



「何の本?」



「ライトノベル」



 僕は本を全く読まないからライトノベルがどういうものかは知らないけれど、ノベルは小説という意味だということは分かる。読書の邪魔をしちゃ悪いかなと思いつつ、わずかな好奇心を持ってしまった僕は、遠慮がちに津村さんに近付いた。


 背中越しに本を覗きこんでみると、そこには僕も知っているアニメキャラクターの絵が描かれていた。



「アッ、それってシエルだよね? ライトノベルってマンガなの?」



 シエルというのはシエル・ブルーというアニメの主人公の名前だ。



「漫画じゃない。アニメの小説」



 シエル・ブルーは記憶喪失の少年シエルが、自分の記憶を探す旅に出る物語だ。毎週金曜日の午後五時から放送していて、僕は欠かさずに見ている。この前の金曜はそれどころじゃなかったけれど、おばあちゃんがちゃんと録画しておいてくれた。



「へえ! そうだったんだ」



「うん」



 女子は僕ら男子が見るようなアニメとかマンガは見ないというイメージがあったけれど、津村さんはそうではないみたいだ。共通の話題が見つかって、僕のテンションは高くなってきた。



「ねえ、津村さんはシエル・ブルーで好きなシーンとかある?」



「ある」



「どのシーン?」



「アニメって今、どこまで進んでる?」



「えっと……シエルが砂漠で謎の組織に襲われるところ」



「じゃあ言えない」



「どうして?」



「私が好きなシーン、もっと先だから」



「エッ、先ってどういうこと?」



「小説の方がアニメより進んでる」



 今津村さんが読んでいるのは九巻で、アニメはまだ三巻分までしか放映していないのだそうだ。毎週次の放送を心待ちにしていた僕だけど、一週間待たなくたって本を読めば先が分かるとは衝撃的だった。



「僕も読みたい!」



「図書室で借りれば?」



「図書室にあるの?」



「うん」



 僕はこれまでに学校の図書室を利用したことがない。つまりどうやって借りればいいのか、その方法が分からない。どうしようかと僕がしばらく無言で考え込んでいると、津村さんは今までずっと本に落としていた視線を僕に向けた。



「借りに行く?」



「一緒に来てくれるの?」



「私、図書委員だし」



 三年生の教室は三階だけど、図書室は地下一階にある。小学校に地下があるなんて変かもしれないが、僕が通っている香が丘小学校は山の斜面に立っているから、構造がちょっとヘンテコなのだ。

 僕は津村さんの後ろを歩いて図書室に向かった。その間、津村さんはずっと無言だった。読書の邪魔をされて怒っているのかなと考えたけど、誘ってくれたのは津村さんだし、話してみて、あまりおしゃべりな子じゃないんだと思ったから、気にしないことにした。


 昼間なのに図書室はすごく暗かった。利用者は他に誰もいなくて、貸し切り状態だ。津村さんが入口のすぐ横にあるスイッチを入れ、図書室に明かりが点く。規則正しく平行に並んだいくつもの棚をみて、ああここは図書室なんだなと、僕は当たり前の感想を抱いた。



「こっち」



 いくつものコーナーがある中で、津村さんは迷うことなくすたすた歩いていく。案内された先には「ライトノベル」というネームプレートがぶら下がっていた。



「ライトノベルってこんなにあるんだ」



 棚一面にずらーっと並べられた大量の本を見て、僕はちょっと感動していた。



「シエル・ブルーはここ」



 津村さんが指さした本の背表紙には『シエル・ブルー Ⅰ』と書かれている。九巻が抜けているが、これは津村さんが借りているからだろう。他は一巻から一三巻まで揃っている。



「一三巻まであるんだ」



「最終巻は一四巻だけど」



 ということは、最終巻は誰かが借りているのだろう。でも今は最終巻がなくても問題はない。



「えっと、アニメは三巻までの内容なんだよね?」



「うん」



「じゃあ四巻を借りようかな」



 僕が四巻を手に取ろうとしたとき、津村さんは「一巻から読んだ方がいいかも」と言ってきた。

 普段から本を読む人には問題がないかもしれないが、僕は全く本を読まない人間だ。既に知っている内容を読む気になるほどの余裕はない。とにかく先が知りたいのだ。僕の表情から不満そうな雰囲気を感じとったのか、津村さんはちゃんと理由を説明してくれた。



「アニメと小説では感じる印象が違う。それに、いきなり四巻から読み始めると三巻までに敷かれた伏線とかも見逃してしまうから、後々の展開が十分楽しめない。心理描写とかもアニメではカットされがちだから、小説の方がクオリティが高い」


 伏線とか心理描写とかクオリティとか、僕にはよく分からないけれど、津村さんがこれだけ熱っぽく語るくらいだから、それはかなり重要なことなのだろう。素直な僕は津村さんのアドバイス通り、一巻から借りることにした。

 

 津村さんはカウンターに用意された図書カードを僕に渡してくれた。これに名前と、借りる本のタイトル、借りた日付を記入すれば本を借りることが出来るらしい。



「貸し出し期間は二週間だから、継続して借りたい場合はまた図書カードに記入して」



 淡々と注意事項を説明してくれた津村さんは少しため息交じりに「まあ利用者なんてほとんどいないんだけど」とつぶやいた。


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