悪夢
聖は夢の中で、大好きな穂高の優しい笑顔に包まれていた。彼の大きな手が自分の頬に触れ、温かな安心感が心を満たす。その瞬間、胸が高鳴り、思わず穂高の胸に飛び込もうとした。だが、突然の衝撃が夢を引き裂く。
穂高の首が鋭い刃に横たわり、瞬時に血が噴き出した。真っ赤な飛沫が聖の顔を覆い、温もりが冷たさへと変わる。目の前で繰り広げられる無惨な光景に、聖は恐怖で動けず、体が震え始める。
そこに現れたのは、冷酷な父・南。彼の手には血染めの刀が握られており、聖に向かって振り下ろされる刃が迫る。逃げたくても動かない体、心臓の鼓動は耳をつんざくように響いている。
全身から汗が吹き出し、視界が歪む。その瞬間、絶叫ともいえる声が喉を締め付け、夢からの覚醒が訪れた。身震いしながら、聖は恐怖の余韻を引きずる。まるで現実のように残る脈々とした恐怖が、心を捉えて離さない。
周は静かに寝ていたが、ふとした瞬間、側にいる聖の異変を感じ取った。彼は急いで目を覚まし、聖の様子を伺う。聖の体は硬直し、時折震えが走っていた。大きな瞳はさらに大きく見開かれ、涙がたっぷりと溜まっていて、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。その様子に心を痛めた周は、そっと聖を抱きしめ、背中を撫でるように優しくポンポンと叩いてあげた。
「穂高ぁ…!」聖が顔を上げ、その目は周を見つめ、声を震わせながら呼びかける。何かに取り憑かれたかのような、悲しみと恐怖に満ちた声だ。周は驚いた。自分は「穂高」ではないのに、聖は誰か別の名前で自分を呼んでいる。どうにか聖の興奮を静めようと、優しく背中をさすり続けた。
聖は徐々に周の温もりを感じ取り、心が落ち着いてくる。周は聖の頭に自分の顎を乗せ、穏やかな手つきでさすり続ける。その瞬間、聖の涙は止まり、ソフトな呼吸が戻ってきた。まるで二人の世界の中で、少しずつ安らぎを取り戻すかのようだった。周の心には、聖を守りたいという強い気持ちが溢れていた。
夕飯の香りが漂う中、喜一は電気をつけて部屋に入った。「周さん、聖さん、起きて…」その声は優しく響いたが、すぐに何かが違うことに気づいた。聖の様子は明らかにおかしく、彼女の心の中に何か重い雲が広がっているのを感じた。
「大丈夫ですか?」喜一は心配そうに近寄り、穏やかな声で問いかけた。周は聖をしっかり抱きしめ、彼女の小さな体を優しく支えながら答えた。「聖がちょっと、怖い夢でも見たのかな。少し様子が変だったけど、今は少し落ち着いていると思う。」
聖はギュッと周に抱きつき、その温もりにすがりつくように顔を押し付けた。彼女の心の中で、まだ恐怖の影がさまよっているのだろう。時折、聖はか細い声で「ごめんなさい、穂高…」と呟き、心の奥底で何かを謝っているかのようだった。
「大丈夫だよ、安心して。僕はここにいるから。」周はその小さな頭を優しく撫で、聖に寄り添った。彼の胸にその顔を埋めることで、聖は少しずつ心の安らぎを取り戻していった。
やがて、聖は周の胸から顔を離し、目には涙を浮かべながらも可愛い笑顔を周と喜一に向けた。その笑顔は、悲しみの中にほんのり光る希望のようだった。しかし、周はその笑顔の裏にある痛みを見逃すことはできなかった。彼の心の中にも、聖を守りたいという切なる想いが広がる。
「大丈夫だよ、聖。僕たちが一緒にいるから。」喜一も優しく微笑んだ。部屋の空気が少し和らぎ、重い雲が晴れそうな気配が漂い始めた。その瞬間、愛と支え合いの絆が、彼らの心に深く根付いていくのを感じた。