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リアムとルーナの魔法事件簿  作者: 蒼海 悠
魔法使いの相棒
9/23

Meeting -会議-

「ーーっは」


息を吸おうとして、リアムは上体を思い切り起こした。

勢いよく起き上がったことで、かけられていたブランケットが肩から落ちる。


「……はっ……」


そこはどこかの部屋だった。白い壁に、質素な家具……。自分の部屋ではない、見知らぬ部屋のベッドで寝ていたことに驚き、辺りを見回す。


「どこだ……?」


なぜ自分がこんなところにいるのか、記憶を頼りに思い出そうとする。

確か、仕事に行こうとして……いや、違う。仕事を始める前に、顔合わせしようとなったのだ。なぜそうなった?この仕事は誰かと共同で仕事をするから、初めて組む相手と仕事の前に打ち合わせをした方がいいという上司の提案があったからだ。リアムは指定通りの時間と場所に、その日赴いた。そして……。


「だめだ……何かあったような気がするけど記憶が曖昧だ」


夢のような、現実のような。そのどちらでもない、狭間を漂っていた気がする。思い出そうにも、ぼんやりとしていて誰がいて、何があったのかが分からない。

ただ、自室ではない誰かの部屋にいて。自分はそこで寝ていた。スーツの上着は脱がされていて、今はシャツとズボンだけの姿になっている。

時計を探すと、シンプルな時計が壁に掛けてあった。

時刻は21時。

もうすっかり夜じゃないかと、驚く。それよりも飼い猫のトゥルースが心配だ。家を出る前にご飯をあげていったが、きっとお腹を空かせていることだろう。早く帰らないと。

そう言えば荷物はどこだろうーー。


ベッドの周りをきょろきょろと見回すと、傍らのテーブルに何かが置いてある。

よく見ると、そこにはリアムのよく知る、『オリバーおじさんのドーナツ』の箱だった。微かに甘い匂いがする。


「もしや……」


ごくりと喉を鳴らして、箱を持ち上げる。そして、ベッドの上で開けてみると、ドーナツが5つ入っていた。しかもこれは……。


「クリームショコラ……」


その時、リアムのお腹が鳴った。そこで初めて自分が空腹状態にあることに気づいた。ベッドの傍に置いてあったということは、お見舞いの品だろうか。自分を介抱してくれた人が、目を覚ました時にリアムが空腹を満たせるように、と気遣ってくれたのだろうか。それならば……腹ごしらえのために、いただいてもバチは当たらないだろう。


〇●〇


「……もう知っているとは思うが、うちのベルローズ事務所から盗聴器が発見された。私のデスクと、玄関、そして談話室だ。魔法道具でもなんでもない、人間界で使用されているただの機械だ。あえて魔法を使わないことによって裏をかいたのだろう」


カーターの目の前のデスクには、白いハンカチが広げられていた。そのハンカチの上には、すでに破壊された盗聴器と思しき小さな装置が3つある。そして、盗聴器の発見に使ったと思われるリモコンのような機械も傍らに置いてあった。

それらを探偵事務所の一同は、固唾を飲んだ空気で見つめる。


「理事長は、リアムをそのまま家に帰しておくのは危険だと判断された。彼の方針に則り、しばらくリアムは事務所で保護することにする……。ちなみに今回の件は門外不出で頼むとの仰せだ」


カーターは言い終わるや否や、指を組んだ手に額を載せるようにして頭を伏せた。所長室に集まったベルローズ事務所の面々たちは無言でその様子を見ていた。


「サンドール理事長が直々にですか……」


深刻そうな顔でオスカルは呟く。

ウィリアム=サンドール。

魔法界で名をなすサンドール財閥の長男で、伯爵の称号も持つ。ベルローズ事務所を含む、全ての探偵事務所を統括するボスである。


「……こんなことは初めてね」


ルーナは腕を組んで壁に寄りかかりながら、仏頂面でそう言った。


「ああ……全くだ。まさか会話が人間社会で使われているただの機械で盗聴される日が来ようとはな。しかもうちなんかがな」


「……犯人の動機について、所長はどういう見解をお持ちですか?」


そっとカーターに聞くエルガー。冷静沈着な彼だが、今日ばかりはその表情はいつもより強ばって見える。


「……恐らく、理事長を気に入らない勢力による妨害行為だとは推測しているが……ただの嫌がらせ、とは言えない出来事だ。ーーーもはや立派な殺人未遂事件だからな。しかも魔法界で最も禁忌とされる、ハベレス殺しの」


カーターは深いため息を吐いた。


「盗聴器は……いつからあったのでしょうか。何のために……」


オスカルが怯えた口調で尋ねた。


「分からない。だが、事務所に嫌がらせをする機会を盗聴しながら虎視眈々と、これを仕掛けた奴は狙っていたに違いない。理事長のおかげで、本来ならば人間界にいる生粋のハベレスを雇用するのに魔法省の特別許可がなければ許されないところを、各所長の判断で任されている。犯人はそこに目をつけたんだろう」


「と言うと……?」


「ハベレスがたまたまうちの事務所へ応募したのを聞いて、犯人はリアムを殺害することを決めた。ハベレスが魔法使いによって殺害されたとなれば、魔法界では前代未聞の大事件として報道される。その時、まず疑いの目を向けられるのはうちの事務所だ」


「……」


他のメンバーも、黙って聞いていた。

カーターの推測を聞いているうちに、犯人の狙いが読めてきたオスカルは、愉快で陰湿極まりない犯人の思惑に怒りが湧いてきた。

つまり犯人はーー魔法界でも高名なサンドール伯爵に泥を塗るため、彼の傘下である事務所で騒動を起こそうと考えたのだ。そしてーーあわよくばその濡れ衣を着せようとした。

非魔法使い(ハベレス)殺しの罪という重罪を。


しんと静まりかえったベルローズ事務所の所長室は、従業員である全員が集合していた。

本来ならば集まる数は5人なのだが、1人がフランスへしばらく駐在しているため、今この事務所にいるのはカーターにエルガー、ルーナとオスカルの4人だけだ。


「薄気味悪いわね。要するにウィル……伯爵への私怨のために、ここまでしてハベレスを殺害しようとするなんて……」


ルーナがウィルと言いかけたのは、サンドール伯爵の名前がウィリアムだからである。

一介の従業員である彼女にとって、サンドール理事長はボス中のボスであるが、彼とは家ぐるみでの親交がある幼馴染であった。


「サンドール伯爵ではなく、事務所自体が気に入らないだけの動機の可能性もある。もしくは……反ハベレスの過激派が、事務所で二度と非魔法使いを雇えなくするために打った布石の可能性もな」


「……」


事態は思ったより複雑で、一筋縄の推理ではどうにもならなさそうではあった。犯人はいずれの思惑を抱えていたにせよ、ベルローズ事務所が最悪の厄災に見舞われた事実は間違いない。


「……結果、ルーナさんの優秀な追跡とオスカルさんの助太刀により無事阻止されたのが、何よりもの僥倖ですね」


眼鏡のブリッジを抑えながら、冷静に発言したのはエルガーだ。


「まったくだ……ルーナたちがいなければ、例え濡れ衣が晴れたとしても、事務所は本来とは違う形になって今後、運営されていたはずだ。その時の責任者として私は恐らくクビだろう」


カーターは咳払いを一つしてから、事務所の面々を見渡す。そしてーー声をワントーン抑えたボリュームで口を開く。


「……理事長は秘密裏に、男の行方を捜査してくれているようだ。あの事件の時、ルーナがすぐさま私に連絡をくれたおかげで、俺から理事長へも伝達がすぐにいった。彼はお得意の包囲魔法によって、街全体に巨大な魔法陣を仕掛けてくれたようだ。例の男が、この街からすぐさま逃亡するのを塞ぐために」


「ということは、犯人の追跡は思った以上に難航しなさそうなんですね?」


「……まぁ恐らくは。彼の実力を信じるならばそこまで時間はかからないだろう」


カーターの回答に、室内の空気が和らぐのを感じた。オスカルは安堵感から、緊張していた肩の力を抜いた。


「魔法省……公安に報告しないのは、ウィルなりの考えがあってなのね?」


ルーナは顔だけカーターの方を傾けて聞いた。


「……恐らく公安に報告すれば、理事長は独自で動けなくなる。彼はーー自分なりのやり方で決着をつけることをすでに決めているらしい」


「おっかないわね……あいつ潔癖症だから。自分の縄張りを汚した者を、とことん許さないし逃がさない……。絶対敵に回したくないタイプだわ」


理事長が気さくで優しい紳士的な人物であることは、事務所にいる誰もがが知っている。そこそこ腹黒いところもーー。


「……矜恃と威信を守るためだろう。理事長らしい決断とも言える」


あくまで所長という立場を崩さない口振りで、カーターは言った。


「リアムは無事だったんだし、私たちはそこまで煮詰めて考える必要ないんじゃないかしら。その件はウィルに任せておいて、調査の全容が分かるまで、私たちは適当にリアムの世話をすればいいじゃない?」


「まぁ、そうだな。オスカルの薬のおかげで、リアムの傷はそのうち完治するだろう。しかし犯人が奴だけの単独犯なのか詳しいことが分からない以上、しばしリアムの護衛に徹することにしよう。さすがに同じ手段を使って襲撃してくることはないはずだろうが……」


「護衛ですね、分かりました!」


「承知」


オスカルとルーナのは返事をしたのを見届けると、エルガーがカーターに近づいた。


「……所長。あなたのお話を聞く限り、リアム君はそのうち、理事長と面談する必要がありそうですね」


エルガーの言葉に、カーターは大いに頷いた。


「その通りだな。彼はリアムとルーナの両方から事情聴取をしたがることだろう。犯人の顔をはっきりと見たのはその2人だからな」


「あの、本件とは逸れますが、リアムさんはなぜここに応募できたのでしょうか……。リアムさんを疑うわけではありませんが、タイミングがタイミングなので……」


オスカルの質問は突拍子でもなければ、不自然でもなかった。

ここにいる全員が、うっすらと同じ疑問は最初から抱いていたからである。


リアム・グランシーという男は、何の魔力も持たない普通の人間である。エルガーによる人物像の調査でも、それはきちんと証明済みだ。

にも関わらず、事務所の貼り紙を見て応募して来たトリックが分からない。

リアムが事務所に応募するきっかけとなったのは、街の電灯に貼られていたチラシと誰もが聞いている。


「あの張り紙には、非魔法使いには知覚できない視覚魔法を施しているはずなんですけどね……」


「その魔法を手がけたのは誰なの?」


「僕です。でも、エルガーさんに魔法のかけ忘れがないか確認もしてもらっているし、かけ忘れなんてないとは思うんですが……」


ルーナの質問に、オスカルは弱々しく答える。

カーターは眉間に皺を作りながら、それを無言で聞いていた。


「……」


「魔力のかけ方がいまいちで、チラシが魔力切れを起こしてたんじゃない?今回の事件とは関係なさそうな気もするけど」


ルーナの言葉に、オスカルはますます首を捻るばかりだった。

果たしてーー本当に自分はかけ忘れただけなのだろうか?かけ方が間違っていたのか?ーーと。


「ちなみに街に貼った数は5枚です。あのー、リアムさんが起きたら、例の求人チラシを持っているか確認してみましょうか……?」


オスカルの提案に、カーターは被りを振った。


「……いや、ひとまずリアムが落ち着いてからにしよう。彼にはそれよりも先に協力してほしいことがたくさんあるからな。チラシの件は最悪後回しでもいい。たしかに彼がなぜその求人を見ることが出来たのか、気になることではあるが……」


エルガーは眼鏡のブリッジを抑えながら、横から付け足す。


「どのみち、犯人ーー奴にとってリアム君の殺害が失敗に終わったのは、痛手なはずです。盗聴器も発見されこちらの警戒が高まった今、全てが水の泡になったでしょうから……。危惧すべきなのは、犯人が捕まっても一件落着なのではなく、今後も事務所が狙われるリスクがあるということです」


「そうだな……。引き続き、より厳重な警戒を敷いていこう」


とりあえず、今はリアムから落ち着いて話を聞けるまでは、推測を巡らせていてもキリがないことだった。


「あ、あの、カーター所長。もうリアム君を寝かせてから3時間以上たっています。……そろそろ様子を見てきた方がいいのでは?」


おずおずと申し出たオスカルの言葉に、カーターはちらりと壁の時計に目をやる。

ルーナとオスカルがリアムを抱えて事務所に戻ってきてからずっと、2人から何があったのか聴取しているともうこんな時間だ。


「もう21時か……。それもそうだな。すまないが、オスカル。彼の様子を見てきてやってくれないか?エルガーはさっきの報告書をまとめて、理事長の執事に送ってくれ。カラスで頼む」


「分かりました!」


「承知。……所長、ついでにコーヒーも淹れておきましょうか」


「ありがとう、気が利くなエルガー。今日は長丁場になりそうだ……」


昨日の深夜から事務所に泊まり込みをしているカーターは、目の下に隈を作っていた。

ぱたぱたと小走りで、リアムの眠る医務室へ向かっていったオスカルと、コーヒーを入れに台所へ向かったエルガーが所長室から出ていくと、所長室は静まり返り、室内にはルーナとカーターだけが残った。


「……ところでルーナ。君は、あのカフェでリアムを待っていた後に、一度彼の家へ向かったのだろう?よくそれで間に合ったな。……移動魔法をこっそり使ったのか?」


カーターはこっそりとルーナに尋ねる。


「……カーターが私に渡したリアムの書類のコピー、あの中に一枚だけ、彼の直筆のサインの入った紙があった。インクの染み具合ですぐに分かったの……不幸中の幸いね。あれがなければ、彼は死んでいたわよ。本当に」


ルーナはふんっと鼻を鳴らす。

実を言うと、ルーナはカーターに少し怒っていた。

その怒る理由として、今回の騒動に対して怒っているわけではなかった。事件が起きたのは予測不可能でもあるし、仕方がないし不確定要素も多い。

しかし……。


「なんであんな得体もしれない、魔力もない一般人をうちに入れたわけ?張り紙うんぬんに関しては偶然の事故だったとしても、ありえないって。私、反対したわよね。それに魔法も使えないんじゃ、尚更足でまといになるだけ……。今までのバディは魔法使いだったのに、私の足を引っ張るばかりの連中だった。それなのに……どうして?」


静かな口調だが、ルーナが強い怒りを静かに抑えているーーと言うのはカーターにも伝わった。


「……君の気持ちは理解できるよ、ルーナ。私はーー」


「嘘。カーターはいつも私に嘘をつくわね。当てるのは、いつも未熟なバディばかり……。オスカルやエルガーみたいな優秀な魔法使いと組ませてくれることは滅多にいない。どうして?あなたは私を……どうしたいの?」


そう言って、きっと強い眼差しを向ける。


「ルーナ……君は素晴らしい優秀な魔法使いだ。うちのような地味で平凡な、探偵事務所に所属させていいわけがないほどにな。……だが、君には新しいバディが必要なんだ。純粋で、真っ直ぐな。……君の権威やキャリアを全く知らない人間が」


「……どういう意味?言ってることが全然わからないわ」


ルーナは苛立ちを隠さずに語気を強めて、カーターを見据える。


「そのままの意味だ。それに事務所は、一人くらいハベレスがいてくれた方が、人間界で動きやすい。うちには長年、ハベレスの従業員はいなかった。君にとっては嫌かもしれないが、仕事全体で考えれば必ずしも悪い話ではないはずだ」


「話を逸らさないで!最初の意味を聞いているのよ。そのままの意味ってどういう意味?」


「今私が言っても分からないだろう。……そのうち分かるようになる」


「だから……何を言って……」


ルーナがさらに畳みかけようとした時、エルガーがコーヒーの載ったトレーを抱えて、入ってきた。

対峙する2人を交互に見て数秒黙っていたが、


「……ルーナさん。リアム君が目覚めたそうですよ。オスカル君がはしゃいでいます」


「……そう。今から行くわ」


何かを察したエルガーのさり気ない采配によって、ルーナはカーターを一瞥することなく、そのまま所長室を後にした。

バタンとやや乱暴に部屋のドアが閉められた後、


「……何か、ありましたか?」


コーヒーをカーターの前に置きながら、エルガーが尋ねた。


「いいや、何でも。……いや、本当になんでもない。俺も俺で不器用な人間だ。使えないのは魔法だけじゃないんだよ」


と乾いた声で、自嘲気味に笑った。

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