Waiting game -待ちぼうけ-
キングスベリーカフェは会員制なので、誰もが入店できるお店ではないーー。
ここに入れるのは魔法使いと、魔法界と繋がりを持つことを許された特別な人間のみである。
錯覚魔法のおかげで、外を通過する一般人には店内の様子が分からないように見せている。中の音も漏れないようになっている。
昼間であっても、数人の魔法使いが談笑しているだけで比較的空いていた。
ここはロンドン周辺に住む魔法使いたちにとって気軽に集まれる、憩いのスポットでもあった。
窓際の席に腰掛けた少女ーールーナはグラスのアイスミルクティーをひと口飲むと、本日5回以上はチェックしたであろう壁の時計をちらりと見た。そして鼻息で嘆息をする。そして胸元のブローチに向かって、苛立ちの声色を隠さずに話しかけた。
「ねぇ、カーター。例の私のバディ、ぜんっぜん来ないんだけど」
一見、ブローチにしか見えない飾りは通信機の役割を果たしていた。通信機の向こう側にいるのは、ベルローズ事務所の所長ーーベン・カーターだった。
「そんなばかな。リアムにはここの時間と場所も正確に伝えてあるぞ」
ルーナから連絡を受け取ったカーターは、驚きの混じった声で言った。
「飛ばれたんじゃないの?……そいつ、魔法は使えない普通の人間でしょ。途中で怪しくなって、やっぱりこの仕事を辞めたのよ」
「うーん……彼は仕事に困っていたようだし、まさかそんなことはないと思うが……おそらく道にでも迷ったんだろう」
「こんな単純なルートで迷うおバカなバディなら、尚更要らないわ。足でまといだから」
「こらルーナ、そう言わずに。……私の方から一度、電話を入れてみるとするか」
「そうしてちょうだい。そいつが電話に出たら私に繋いで。文句のひとつでも言ってやりたいからね」
電話越しからでも伝わるルーナの怒りモードに、カーターはまぁまぁと宥めるような口調で話す。
「……彼は几帳面で謙虚な子だった。遅刻するにしても、あらかじめ連絡はそこらの公衆電話でも使ってうちにいれるだろうさ。道中、何かハプニングがあったのかもしれん」
もちろん、ルーナの怒りはこれだけで収まるわけがなかった。
「ここで推測してもしょうがないでしょ!ともかく、初っ端からこんなに遅刻しているのはどんな理由であっても許されることじゃないんだから。火急の用だとしても、事前連絡すらないし」
「まぁ一理あるが……」
「とにかく!もう10分しか待たないからね」
ルーナが席に着席して、かれこれ30分以上はたつ。
マイペースを崩されるのが大嫌いな彼女が、律儀にも誰かを待つというのは珍しい。というのも、お世話になっている上司の頼みは断りづらいのが大きい。
「そもそもせっかくの休日だし……貴重な時間を無駄にするわけにはいかないの。私、この後ショッピングに行く予定だから」
ルーナの一日のプランはすでに決まっていた。
バディとなる者との顔合わせは適当に済ませて、解散。その後は映画でも見て、ブティックで服やカバンを物色して、欲しいものがあれば買う。残った時間でスイーツ巡りをして、美味しそうなものがあれば買うーー魔法界ではあまり見られない人間界の娯楽を、ルーナはオフの日に堪能することを生き甲斐としていた。
「ここ最近ルーナは出張が多かったからな。せっかくの休息日なのに本当にすまない。有給はプラス一日つけ加えておく。ただ、もう少しだけだ。もう少しだけリアムを待って貰えないだろうか。これは俺の直感だが、彼は君のいいバディになる気がするんだ」
「……」
何を言い出すのかと思いきや、また繰り出してきた上司の余計なお世話にルーナはため息をついた。
「また同じことを言ってるわね。これで何度目よ?前にも言ったでしょ?使えない魔法使いなんていらなーー」
「ちなみに彼はハベレスだ」
「……」
しばしの沈黙に包まれる。
ルーナは怒りと呆れの両方が混ざった諦観さで、尋ねた。
「……一応、聞いてあげるわ。なんで私をハベレスを組ませようと思ったわけ?」
「あー……そうだな……。君とはまったく住んでる世界が違う住人だからだろうね」
「……それだけ?」
「ああそれだけだ。悪いがほかにない」
「……」
今、ルーナを支配している感情はどのようなものか。とりあえずご機嫌ではないのは確定なので、カーターは穏便に済ますことができるように次の言葉を考える。
「ハベレスだが、彼は調査員として有能だと思う。うちはほら……個性派揃いだし、顧客とトラブルを起こすことだって多いだろう?特にルーナ、君のことだ」
「……ふん。それが何よ?」
「そんな君だから、彼がぴったりだと思ったんだ。頼む、もう少し待ってくれないか」
切実そうにこちらの情に訴えてくる上司に、できないと却下することは出来なかった。ルーナは渋々ながら頷いた。
「……わかったわよ。あとちょっとだけ待ってあげる。でもいよいよ来ないとなれば、私がリアムの自宅へ向かうわ。公安がいなさそうなら探知魔法を使って、家からここまでの道のりの範囲で探す。それでもいいかしら」
「……ありがとう、ルーナ。さすがだ。君はウチの自慢の調査員だよ」
「はいはい、褒められたって別に何とも思わないわよ。リアムの住所は、既にもらった履歴書のコピーがあるから連絡不要よ、そこまで遠くなさそうだし。また何かあったら連絡するわね」
「ありがとう。俺はまだまだ仕事があるもんで、今日も事務所には夜までいるつもりだ。リアムとの対面に行き詰まれば、エルガーとオスカルが力を貸す。細かいことでもいい、何かあったら気にせず連絡をしてくれ」
「分かったわ」
「それと……リアムに会えたとしても、彼にここで働く選択を無理強いさせることはできない。俺は彼と同じ非魔法使いの人間として、ここで働いて欲しいとは思っているが……」
「……」
歯切れが悪くなっていく上司の言葉。
魔力の持たない人間の採用は久しぶりだった。
前からこの男ーーベン・カーターは、非魔法使いの採用を待ち望んでいた。
自分と同じ非魔法使いの後継が欲しいのか、人間界で育ったメンバーもいる方が、人間界で腰を下ろす探偵事務所にとって活動しやすいからなのかーー。
面と向かって聞いたことはないし、まともな答えをもらったこともない。
「彼がもし何かの手違いで意図的に待ち合わせ場所に来なかったんじゃなければ……会って、もう一度意志を聞いてくるわね」
「君には感謝し切れないな」
「いいのよ。……それじゃあね、何かあれば連絡する」
ルーナはボタンと押して、通信が途切れたのを確認すると、残ったミルクティーを飲み干して窓の方を向いた。
通りには非魔法使いたちが、忙しそうに行き交っている。ルーナは短くため息を吐いた。
「カーターにこれほど信頼されるなんて……一体どんな奴なのよ」
そして、机上にあるリアムの履歴書を見ながら、苦々しく呟いた。
○●○
店を後にしたルーナは、早歩きでリアムの家へと向かっていた。
この程度の距離でも、徒歩で向かうのは非常に面倒臭いことこの上ない。魔法を使えば、ワープをしながら移動もできるし、羽を生やして飛行移動をすることもできた。
しかし、人間界で魔法を使うことはご法度であり、何よりルーナの右手にはめられた銀の指輪が許してはくれない。
「チッ。どうして私がたかが凡人のために……。もしそいつがただ忘れていて、すっぽかしただけだったら一発ぶん殴ってやるんだから」
冗談ではなく、本気でそう心に決めながら、ルーナは早歩きで大通りを歩く。
しばらく人間界に住むことになった彼女は、魔法を使えないことに鬱憤が溜まっていた。
お湯を沸かすのもNG、髪を乾かすのもNG、書き物もNG、物を片付けるのもNG、掃除もNG……。今まで魔法で、ルーナが指先を動かしただけで、好きに出来たことが一切できないのだ。
中にはこっそり使うものもいるが、魔法は一度使うと同じく魔法使いには分かる、痕跡が残る。
水風船が弾けると、周囲に水しぶきがかかるように、魔法を使うと細かい残滓が残るのだ。
ただでさえこの英国には魔法使いが特段多く、その分監視している公安も多いため、リスクを背負うのは禁物だ。
魔力残滓を一度でも嗅ぎつけられると、事件現場を検証するかのように念入りに調べられ、再現魔法を構築されると、もう言い逃れができない。
即魔法界に強制送還させられて、二度と人間界へは戻れない。……それが「法律」である。
唯一、ベルローズ事務所で依頼された、調査員の仕事中だけは使うことを許されていた。
もちろん、それにも魔法界の許可がいるので、仕事の案件ごとに、カーターが魔法省に許可依頼の書状を提出するという手間が挟んだが、今のところ魔法界から断られた様子はない。
実のところ、これにはカーターよりももっと上の上の上司、ベルローズ事務所含め、各地の事務所を統括するトップの者とルーナが、昔から顔馴染みの関係にあるのが大きいだろう。
幸いにも、魔法界にも強いコネクションと信頼を持つ彼は、ルーナが仕事をしやすいようにあらゆる融通を魔法省で効かせてくれているようだ。
しかし、仕事に関する移動のためとは言え、一般人がたくさんいるなか、白昼堂々と魔法なんて使えば、人間界を常時監視している公安に即見つかってしまうことだろう。
魔法の使用が許されているのは、ルーナの場合は調査員としての仕事中と、自らの命の危険を感じた時だけだ。
万が一のことがあって、なんだかんだ自分を置いてくれているカーターの顔に、泥を塗りたくはない。
(それにあのリアムという男……どこかで見たことがある気がする)
ルーナはリアムの顔に、少し見覚えがあった気がするのだが、全く思い当たる記憶がなかった。
しかしそれほど特徴的な顔でもないので、他人の空似だとひとまず思い込むことにした。
ヒロインがやっと登場しました
続きます