Side dish as snacks -お菓子を肴に-
いい香りのするカップに口をつけると、コーヒーの芳醇な旨味が、リアムの口の中に広がった。
大理石のテーブルにはチョコスコーンやバタークッキー、ストロベリーのカップケーキ。
リアムの隣にはルーナが、静かにミルクティーを飲んでいる。彼とウィリアムのカップにはコーヒーが注がれているのに、彼女だけがミルクティーのようだった。
「ルーナはコーヒーを飲まないかい?」
リアムが不思議そうに尋ねると、
「そんな苦いもののどこが美味しいの」
と一蹴されてしまった。彼女のカップからは、ミルクティー特有の甘い香りがする。
「ルーナは昔から甘党なんだよ。甘いものばかり食べているせいか、細いから心配になるね」
「うるさいわね。私は魔法族の中でも特別なんだからいいの」
と上品にミルクティーを飲んだ。
そんな彼女を見て、ウィリアムは肩を竦める。
彼はふんぞり返るようにソファに腰掛けていて、時おりテーブルのスナックを掴んでは口の中に放り込み、美味しそうに咀嚼する。
「ん~美味い!やはりスコナヴィッツは炙っただけのシンプルなものに限るな」
スコナヴィッツと呼ばれたそのお菓子は、ボウル皿にたくさん入っている、アーモンドのような大きさと形のお菓子だった。何かでコーティングされたように、色とりどりのパステルカラーだ。
「スコナヴィッツってなんですか?」
かりかりと咀嚼するウィリアムに、リアムは質問をした。てっきり外国のお菓子なのだろうかと思っていたのだが、思いもよらない回答が返ってきた。
「魔法界の山にしか生息していない植物の種子だよ。カラフルな身をつけるのが特徴でね。種子のうちは特に甘みがあってとっても美味しいんだ」
彼はそう言うとスコナヴィッツを何粒か手で掬って、リアムに差し出してきたので、それを受け取った。手のひらのころころとした実は、積み木のおもちゃのようだ。
「ローストしてそのままや塩味をつけて食べるのもよし、スライスにしたり粉末にして料理に使うのもよし。万能な木の実だろう?スコナヴィッツは花の香りも芳しくてな、香水なんかにも使われるんだ」
「すごいですね。人間界に生えていないのは何か理由があるんですか?」
「それはもちろん。魔力の混ざった土じゃないと蕾すら出来ないからね。人間界では育たないよ」
「そうなんだ……」
リアムは恐る恐る、手のひらに乗った水色のスコナヴィッツを摘んで口の中に入れて噛み砕いた。すると、アーモンドとはまた違う独特な香りと甘みが、舌に広がっていくのを感じる。とても美味しい。オレンジ、黄色、グリーン……と口に放り込むが早速癖になりそうだ。とても美味しい。
「魔法界ってすごい……」
「だろう?だろう?リアム君はつい最近、魔法界を知ったと言うのに柔軟で順応が早いね」
「そうかしら。馬車で来た時は吐きそうになっていたけど」
「あれは吐きそうになっていたんじゃなくて、興奮していたんだよ。だって空飛ぶ馬車なんて夢みたいだったし……君たちは慣れているんだろうけどさ」
リアムが反論すると、ウィリアムは目をキラキラさせながら我が子を自慢するような親の口調で喋り始めた。
「あの馬車、かっこいいだろう?昔、親父が俺にプレゼントしてくれたものなんだ。乗り心地は良くないし狭いからって理由で誰も乗らなくなってしまったけど、ああいう古風なデザインこそが英国貴族らしくていい……そう思うだろう?リアム君だってまた乗りたいよな?」
「ええ、ぜひとも!」
「やっぱり俺と君は気が合うな!今度あれに乗ってロマンティックな夕焼けでも見に行こうじゃないか!」
「えっ?あ、ああいい提案ですね!」
彼の唐突な提案に違和感を覚えつつも、彼に合わせて笑った。そんな2人をどこか冷めた目で見みつめながら、ルーナは無言でスコナヴィッツを口に運んだ。
「あ、それと。ルーナ」
ウィリアムは何かを思い出したように、懐から一通の手紙を取り出す。
「そういえばこれ。届いてたぞ」
「……」
差し出された手紙を、彼女は無言で受け取る。
筆記体で書かれた宛名を、見えたのは一瞬のことだったがリアムは思わず見つめてしまう。
「どうも」
いつになく朴訥とした口調でルーナは、それを胸ポケットにしまった。
○●○
しばらく他愛もない談笑をしたところで、「ところで」とワントーン下げた声色でウィリアムが切り出した。
「例の男の話について……。本題に入ろうか」
リアムは飲んでいたコーヒーを静かに置いて、ウィリアムの顔を見据える。ルーナも割って食べていたスコーンを置いた。
「君を襲った男をうちで確保している……という報告はカーターから既に聞いているだろう。奴は昨日の深夜に捕獲され、今朝ここに運び込まれた」
「昨夜にはもう犯人が分かってたなんて……公安警察顔負けの素早さね」
「まぁな?俺はサンドール家の天才魔法使いだからな……」
ウィリアムはにやりとした表情を作って、懐からある物を取り出した。金色の細いチェーンで括り付けられた透明な石だ。
「実はあの後、君が襲撃されたという報告をすぐに聞いて、俺は街全体を巨大な魔法陣で包囲したんだ。この魔法は、魔法地図と水晶でできたペンデュラムさえあればできることだ。俺が仕掛けたその魔法陣は、魔法使いのみに発動するように仕掛けた」
ウィリアムは咳払いを一つしてから、指を3つ立てた。
「まずは俺の魔法陣を踏んだーーつまり街を出た3人の魔法使いが、ピックアップされた。その魔法使いたちの行方は、魔法動物として飼育しているカラスやネズミを使って尾行させた。その中のうち、一人は魔法界の公安警察だった。こいつはただのパトロール中で、別の街へ交代しに移動していただけだった。もう一人は人間社会に暮らす2級魔法使いで、ショッピングで一時的に街を出ただけで、夕方には再びその街へと戻って行った。特に怪しい点はない。そして、もう一人はーー」
ウィリアムがパチンと指を鳴らすと、隅の本棚から、数体の紙がひらひらと滑空しながらテーブルに舞い降りて来る。そんな魔法を見ても、リアムは何も驚かないようになっていた。
「尾行すればするほど、わけの分からない奴だった。そいつは一体何をしていたと思う?隣町まで移動したかと思えば、急に辺りを見回して人気がないのを確認後に、マンホールの蓋をあけて地下へと降りて行ったんだ……」
テーブルの一番上の紙を手に取ると、ルーナも横から覗き込んだ。
ーーそこにはリアムを殺害しようとした、あの凶悪な男の顔写真が印刷されてあった。例の男は斜めに走った切り裂き傷を顔に残したままだったが、髪色は黒髪だ。写真の下には「イリーム・カディンスキー」と書かれている。
「マンホールを降りて進んだ先には、テーブルと簡易ベッドが置かれた拠点があった。拠点と言っても、狭い場所だ。恐らくリアム君を殺害する計画を立てるために一時的にこしらえたものなのだろう……。奴はそこで自分が負った怪我の手当をしていたよ。ルーナとオスカルに止められた時に負った傷だろうね。奴は適当な処置を終えると、拠点を後にして今度は違うマンホールから地上へ這い出た」
「……」
「仲間はいなかったの?」
「ああ、そうだ。奴はマンホールを通して、再び君の住む街へと戻って行ったんだが……その後は夕飯をスーパーで買い込んで自宅のアパートへ帰宅した。この間、奴は誰とも連絡を取り合っていなければ、誰とも会っていない」
「自宅の中での様子は?」
「自宅には奴の母親しかいなかった。母親は非魔法使いで、魔法界にこれといった繋がりは何もない。一方で父親が魔法使いだったようだが、20年以上も前に病気で他界している」
「ふぅん。人間社会に暮らす魔法使いのハーフね……。やっぱりイヴァンという名前は偽名だったようね」
ルーナはリアムが持った用紙を見て呟いた。
リアムと初めて会った時、あの男はたしかに「イヴァン」と名乗っていた。
「そのようだな。奴を監視した後、今朝また例の拠点に行こうとしていたのを、俺の部下たちによって捕獲された。拠点丸ごと、証拠になるものも全部回収済みだ」
「で……今は、そいつはここの地下にいるんでしょ」
ルーナが聞くと、ウィリアムは頷いた。
「ああ。そいつへの尋問……いや事情聴取は、リアム君が実際に奴の顔を見てから行う。……あらかた、俺を気に食わない連中に雇われたゴロツキの犯行に過ぎないとは思っているが」
ウィリアムは水晶のペンデュラムを仕舞うと、ため息をついた。
「……奴を始末しようか、どうか迷っているんだ」