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リアムとルーナの魔法事件簿  作者: 蒼海 悠
魔法使いの相棒
14/23

Good news -朗報-

あの男が捕縛されたというニュースをリアムが聞いたのは、事務所に戻った直後のことだった。


トゥルースを回収しに行ったその後。

ルーナともう一度、家中を探したが例の貼り紙は見つからなかった。ゴミにも出していないので、何者かが持ち出さなければ必ず家の中にあるはずなのである。ルーナは例の探索魔法を何度か使ったが、結果は同じだった。

背筋が冷えていくような恐怖心に包まれる中、事務所の扉を開けた玄関先で、2人を待っていたオスカルからその知らせを聞き、驚いた。そして緊張の糸が幾ばくか解けたように、リアムは安堵した。


「よかった……あいつが捕まったんなら俺はもう自由の身なんですね?」


「あはは、それはそうなんですけど……ただリアムさんの目で確かめて欲しいそうです」


「確かめるって……何を?」


「例の男の顔です。サンドール議長からの命令で、リアムさんにあなたを襲撃した男が、本当にそいつなのかどうか直接目で確認して欲しいと。男は今、サンドール議長ーーいやサンドール伯爵の邸宅の地下牢にいます。今回の事件は事務所を除いて公表されていないので、独自に追跡して捕縛したそうです。犯人の顔を見たのは僕とルーナさん、リアムさんの3人ですから。あと、送迎はつけるとのことです」


サンドール議長ーー?とリアムは思考を巡らせたが、そこでカーターが面接の時にそれらしき人物を言っていたのを思い出した。このベルローズ事務所のトップであり、事務所を開設した一族の御曹司……とかそんな内容だった気がする。


「僕は近くで男の顔を見ていないので、とりあえず2人に来て欲しいそうです」


事務所に君臨する主がそう仰せであるのならば、断る理由もないし断りようがない。あの男の凶器のような顔を見るのは気分が乗らないが、確保されているのであればリアムの身の安全は保証されたことにもなる。


「なるほど……分かりました」


「良かったじゃない。あなたみたいな魔法も使えない非魔法使い(ハベレス)が、魔法界13貴族の、伯爵家に呼ばれるなんてね」


「そんなに凄い人なのか?」


「そうよ。今の当主はエルドリック・サンドール。最初に魔法事務所をヨーロッパに立ち上げたのが、彼のお爺さんよ」


「へぇ……」


リアムは魔法界に馴染みがないばかりか、昨日初めて魔法という存在を知ったのでイマイチすごい人と言うのがピンと来ない。でも伯爵という称号が、凄いと言うのは知っている。


「ルーナさんはサンドール伯爵とは猫ちゃんはこの僕が見ておきますから。リアムさんはルーナさんと議長のご邸宅に行ってきてください」


オスカルはトゥルースのいるゲージをケーキの箱を抱えるように持ちながら、どこか嬉しそうな顔をしている。早く猫と遊びたいのか、うずうずしているようだった。

トゥルースはゲージの中から鼻を近づけて、外を興味津々に伺っている。


「もう来てるの?」


「もうすぐ来ると思います。馬車はそんなに広くないですから、荷物は最低限の身軽で行った方がいいですね」


「この時代に馬車だなんて珍しいね。初めて乗るなぁ」


「ただの馬車じゃないわよ。人間界の遅い乗り物と一緒じゃないんだから」


「車より速いのか?」


「今に分かるわよ」


昔の貴族の移動手段と言えば思い浮かぶのは、焦げ茶色に塗られた重厚な部屋に、赤いベルベットの布が敷き詰められた典型的な馬車だ。


「あ、到着したみたいですよ」


コンコンとノックをする音がした。リアムが扉を開けると、青銅色の紳士が目の前に立っていた。リアムは思わず後ずさる。


「ひいいいっ!!」


「ちょっと失礼でしょ!」


ルーナに窘められるがそれどころではない。

全身濃い緑で塗り固められたそれは、人型をしてはいるもののどう見ても銅像だ。その紳士は律儀にシルクハットを取って、深々とお辞儀をした。公園とか噴水の前でよく見る銅像が、意志を持って動いていた。


「また背中が痛くなりそうだけど仕方ないわね」


「えっ?な、ななな……なんですかこれ!?」


「うるさいわね。いい加減、魔法界の常識に慣れなさい」


「まぁまぁルーナさん。リアムさんは昨日、魔法に触れたばかりですよ」


「こ、この銅像が運んでくれる感じなんですか?」


リアムはルーナに言われた通り、魔法界の常識に馴染もうと理解しようとするが、どう頑張っても限界がある。この謎に意志を持って動く銅像が、どうやってリアムらを運ぶと言うのだろう。


「バカ。馬車って言ったでしょ。この人は御者よ」


「なっなるほど~。よーく分かりました……」


魔法界では、生き物とは到底思えないモノが動いているのが普通らしい。リアムは無理矢理混乱中の頭を納得させた。


「これは普通……これは普通……これは普通……」


「リアムさんすごく頑張ってますね……」


「本当はもっと速い方法があるけど、リアムがハベレスな以上、優しい乗り物がこれしかないのよ。デザインは古臭いけど、サンドール……あいつの趣味だから」


銅の紳士が二三度手を叩くと、重い足元が聞こえて大きな馬車が現れる。馬2頭は紳士と同じく、青緑の銅像だった。馬車の客室部分は黒塗りの木製で、窓がついている。

あいつの趣味ということは、貴族の中でも特殊な古風の好みなのだろうか。


「早速行くわよ。あなたの荷物はオスカルに全部任せておきなさい。彼は面倒見がいいから猫も……トゥルースも心配ないでしょ」


そう言うと、ルーナは慣れたように馬車へ近づき、独りでに開かれた扉を通って中へと座る。

リアムは質問が喉まで出かかっているのをぐっと抑え、オスカルに向き直った。


「じゃあ……トゥルースをお願いするよ。行ってきます……」


「行ってらっしゃいませ!」


ゲージの中のトゥルースを一瞥し、オスカルに短い挨拶を告げた。

本当はもう少し落ち着いてから脚を運びたかったが、上司のさらに上司の命令とならば仕方ない。

トゥルースはと言うと、目の前に大きな魔法で動く物体がいるのにも関わず、これといった反応もなく欠伸をしている。


客室の中は思ったよりも狭くはなかった。中はベージュの厚い布で覆われ、腰をかけるところはクッションのようになっている。リアムは部屋の中をきょろきょろしながら、ルーナの向かいに腰をかけた。

例の物言わぬ御者はと言うと、玄関前のオスカルにさよならのお辞儀をしてから、御者台に乗り込んだ。バチン!と御者が鞭で馬を叩くと、銅像の馬はおもむろに動き始める。小刻みだった歩みが徐々に軽快な足取りに変わる。手を振る背後のオスカルは段々と小さくなっていく。


「俺、馬車初めてだ……」


「そ。でもこの馬車は人間界のと違うから、横から景色を眺める醍醐味があまりないのだけどね」


ルーナは退屈そうに、頬杖を窓枠でつきながら言う。

木々の中の小道を、馬車は颯爽と過ぎていく。事務所はもう見えない。そもそもベルローズ事務所は小高い山にぽつんと存在しているのである。


馬の速度は駆け足に代わり、がたがたと揺れる車体の乗り心地は、どんどん過酷になっていく。ルーナも乗り心地が悪そうにしている。

リアムは、違和感を初めて感じるようになる。


(あれ……馬車ってこんなに走るものだっけ?)


馬2頭の速度はさらに加速する。ソリを引く犬たちのようだ。業者の背中を見ながら、馬はこんな重いものを背負って体力切れしないのだろうかーー車輪が傷むのではないかーー御者はよくしがみついていられるなとかそんな疑問が思い浮かんだ時。


「!」


ふわりと妙な浮遊感を感じる。

周囲の木の幹が見えなくなり、木々の葉っぱが下に通り過ぎ、気づけば青い空が見えていた。


「え……?」


空だーー。

馬車が空を飛んでいる。

リアムは信じられないと言った顔で、窓に張り付いて外を見る。木々はどんどん下に降りていく。否、既に幾多の木々を上から見下ろす形になっている。


「ぇえええっっ!?」


「うるさい」


ルーナの不機嫌な声は耳に入らず、リアムは今自分が置かれている状況に衝撃と恐怖を覚える。

ファンタジー世界のように、馬車が飛ぶ乗り物として存在しているなんて!


「どうなってるんだ!?」


「魔法よ、魔法!逆にそれ以外に何があるのよ」


「だって馬は……」


明らかに重量的にも飛行するのは、陸を走るより無理がありそうな銅像の馬なのだ。馬車の前方を見ると、なんと馬から大きな翼が生えている。その翼は馬の本体とは違って青銅色ではなく、まばゆいピンクと黄色を混ぜたような不思議な色をしていた。


「ユニコーン!?」


「ペガサス、ね。正確には、ペガサスっぽく見せているただの光る翼の装飾。あいつはこうやって、メルヘンチックな遊びをするのが好きなのよ」


「す、すごい……てことは、あの翼で飛んでるわけじゃないんだ?」


「そうね。この馬車全体に魔法がかけられているから、あの馬はあくまで先導しているだけで、持ち上げているわけじゃないのよ」


「そうなんだ……」


リアムは感動のあまり、夢でも見ているんじゃないかと本気で思ってしまう。自分の頬を思い切りつねるが、痛いだけで覚める気配もない。

ルーナはそんなリアムを無言で見つめている。


「馬車は退屈だから嫌いだわ。出来ることなら瞬間魔法でさっさと飛びたかった」


「瞬間魔法……?それってワープができるってことか?」


リアムが好奇心を抑えきれない目で聞いてきた。文字通り、指定した場所へワープできる魔法ではあるが、魔力の消費も大きく、一度失敗すれば異国の地に飛ばされるなどリスクもあるものだ。


「……だからなんだって言うの」


「すごいな……魔法ってのは限界がないのか?それと非魔法使いと魔法使いの違いって魔力があること以外に何かあったりするの?」


リアムのキラキラした瞳から溢れ出る視線を感じながら、ルーナは余計なことを言わければよかったと少し後悔した。馬車の中では彼の質問攻めにずっと付き合わされそうな予感がしたからである。

のろのろと空中を駆け回る馬車は、現在の魔法界ではあまり見られなくなった昔の移動手段だ。このスピードで伯爵の邸宅までは、あと一時間以上はかかることだろうーー。

サンドール事務所へ例の男の顔を見に行くことになったリアムとルーナ。リアムの魔法世界への触れ合いはまだ始まったばかりです。


ちなみにサンドールと言うのは家名です。

魔法界では有名な貴族で、地位は伯爵。事務所のトップであり、あらゆる魔法界の組織にコネクションを持つ家系です。現当主の祖父にあたる人物が開設しました。

事務所自体は非営利ではないのですが、開設した一番の目的は人間界の非科学的と呼ばれる存在を魔法世界に戻したり、一般人の生活を脅かすのを無くしたりするためです。


ベルローズ事務所は数ある事務所の一つですが、一番最初に立ち上げられた支店になります。

フランス…ロンサール事務所

ドイツ…ベルスタイン事務所

イタリア…クロリス事務所


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