The Melancholy of the honor student -優等生の憂鬱-
書く時間が……ない!けど頑張って書きます
くだらない小競り合いをした後、ルーナは事務所を後にして、現在仮住まいとしているホテルへと向かっていた。
ホテルの前に辿り着き、ホテルマンが開ける扉へと入る。
夕飯の時間は過ぎてはいるものの、フロントでミートパイとウォーターを部屋まで届けてもらうオーダーを済ませると、エレベーターで上に登った。
このホテルは、かの有名なハートナー家が建てたものである。魔法族である彼らだが、人間界にも拠点を置いて活動している。ハートナー家の現当主とは顔馴染みなので、人間界へ行くと決まった時、タダでここにしばらく住ませてもらうことになった。
今はそうでもないにせよ、そこそこ昔には魔法族と人間界は深く対立していた。人間社会に関わろうとする魔法使いはほぼいなかった。その当時から、人間界と共存する意向を表明していた穏健派が、ハートナー家だった。
彼らのホテルは非魔法使い以外にも、人間界で暮らす魔法使いが羽を休めるのに最適な場所として評判だ。魔法使いだろうがハベレスだろうが、お客様を拒まず質の高いサービスを提供してくれる。
「ふぅ」
辿り着いて部屋のドアを開けると、フローラルな香りがした。このホテルのサービスの一環で、清掃後にアロマキャンドルを置いてくれるのだ。日替わりなので毎日違う匂いを楽しめる。今日は薔薇のようだ。
適当に服を脱いでシャワーの準備をする。
いつもはそこまで疲労を感じないはずなのに、今日だけは違った。なんとなく、身体がだるい。
○●○
ざあああと頭からシャワーを浴びて、頭をシャンプーでで包み込むと、長い髪の毛もまとめて丁寧に洗っていく。
「……」
嫌な一日だった。
また自分のバディが変わって、今度こそ使える奴が来るかと思ったら案の定、普通の男。いや普通以下か。
なぜなら、彼は魔法が使えない普通の人間なのだからーー。
『これからもよろしくお願いしますね、ルーナさん』
「……ちっ」
誰もいないのに、私はあの忌々しい悪意のない顔を思い出して、思わず舌打ちをする。
あいつは一体、何なの?
屈託のない笑顔に、何も考えてなさそうな顔。
悪意も敵意も一切感じさせない、善人の匂い。
あんなのが私のバディ?
ふざけるんじゃないわよ。
私は頭を洗う指を、より速く動かした。
なんでみんなあいつを歓迎するの。
私が買ったドーナツも全部食べやがって。私の善意を不意にしやがって。
『君の大事なスイーツを食べちゃってごめんね。色々と俺も言ったけど、お詫びをするのは本当だから』
申し訳なさそうに謝るあの表情。
ドーナツは、昨日私が任務終わりの後に夕方、買いに行ったもの。本当は今日、全部自分で食べようと思っていた。お腹いっぱいになって余ったら、カーターとかオスカルとか他のみんなにも分けてあげようかなとも思っていた。
でも、新人であんな目に遭ったあいつが可哀想だから、少しは分けてあげてもいいかなと思って置いていたもの。そうしたら本当に全部食べちゃうなんて。
「……」
サアアアと流れる水は、泡と一緒に排水溝へと流れていく。
今日は、やけに疲れた。
私は何をぴりぴりしているんだろう。ようやく今になって、自分がいつも以上に気が立っていることに気づく。
「……違う」
そう、違う。
私は、ドーナツを食べたこと自体にそこまで怒ってるんじゃない。
私は自分が情けなかった。
ーーあの時。
男を無力化させたと思い込んでいたのが、駄目だった。ちゃんとした油断だった。
槍を首筋に突きつけて、脅していた。男からは魔力の気配をそこまで感じなかった。
ーーだから私は勝てると思ったの?
案の定。
男の言葉に激高した私は、相手の思う通りに動いてしまった。
オスカルが来てくれなくとも、私の魔力を持ってすればあの男は殺せたとは思う。ステッキを使わずとも、私は魔法が使える魔法使い。
だが、そこは重要じゃない。
私はーー失敗、してしまった。
「……」
ぴちょん。
シャワーを止めると、水分を含んだ髪からたくさんの水が垂れてくる。
濡れた右手の人差し指の指輪を撫でるーー。
「違う、違う、違う。私はまだ……」
私はそう、まだまだ伸びるはずだ。
魔力も、あのろくでなしの兄たちとは違う。私は魔法界で名門中の名門の、貴族の娘。絶大な魔力を代々引き継ぐ、一流の魔法使い。いずれ当主を引き継ぎ、魔法界に君臨する。
『一流の魔法使いは、ステッキなど使わない』
偉大な父上と母上に認めてもらうには、失敗は許されない。
幸いにも、私には時間はまだある。
あのぼんくらブラザーどもに、当主の座を奪われてたまるものか。
「しっかりするのよ……リリアーナ」
人間界で魔力の鍛錬は、公安の目があるためになかなか困難を極める。見つかれば、魔法界に連れ戻されてしまう。
しかしこのホテルの地下には、結界が貼られた魔法使いだけが行ける秘密の空間がある。そこの空間だけなら、魔法を好きに使っていいというハートナー家のオーナーが秘密裏に作り上げたものだ。
存分に、ありがたく使わせてもらおう。
濡れた髪を絞ってタオルでまとめると、今度は気持ちを入れ替えて、身体を洗うことにした。
曇った鏡にシャワーをかけると、そこには焦りと不安そうな表情を浮かべた少女がいる。
気のせい、気のせいよ。
ーー私は、いつだって優秀な魔法使いなんだから。