コトリバコの使い方 四 【願い】
“コトリバコ”。
外見は唯の寄せ木細工の箱だ。
呪いたい相手に送ると相手は死に至ると呪殺の箱。
そんな都市伝説が存在する。
この世には……。
それは冬のある日のことだ。
独り身が決定した時のことだ。
妻の浮気が原因で離婚。
息子を引き取ったが養育費を妻は出さなかった。
男で一つで息子を育てたが駄目だった。
引き取った息子が借金を作ったのだ。
商売に失敗して。
教育に失敗した。
息子の連帯保証人に等なるんじゃなかった。
息子の借金の返済に明け暮れ数十年。
漸く返済し終えたと思った。
だが息子は商売で借金を更に増やしていた。
それに呆れ果て僕は親子の縁を切った。
こうして僕は独り身になった。
僕の人生はなんだったんだろう?
そう思える人生だった。
息子とは親子の縁を切った次の日のことだ。
そいつに会ったのは。
そいつに出会ったのは偶だった。
そう偶。
古物商で。
人物画を見て購入するかどうか検討している時に出会った。
人物画はベトナムのとある地方の田舎を背景に。
青年が一人描かれていた。
とても裕福そうな青年が。
その人物画を見ている時に出会った。
経費削減のために照明を消している古物商で。
「失礼」
「なんです?」
「貴方も此の絵が好きなんですか?」
「いや……僕は背景の風景だけを見ていた」
「素晴らしい」
「はい?」
「人物ではなく背後の風景にこそ真価が有ると理解してる人が居るとは」
「はあ」
行き成り僕を称賛する青年に眉をひそめる僕。
「これは失礼」
青年は胸の前に手を置き頭を下げる。
不思議と絵になる青年だ。
名前を名乗った気がするが覚えてない。
この古物商は薄暗く顔がはっきりと分からない。
だがこれだけはハッキリしている。
何故かだが。
この青年に人間味を感じない。
作り物めいた顔をしている。
そう感じた。
ベトナム人の青年は裕福な家庭で育ち。
ベトナムでも有名な大学に入学した青年は考古学を専攻。
それなりの大学生活を満喫していたらしい。
卒業前に各地を見て回りたいと思い大学を休学。
外国旅行に出かけたらしい。
そのベトナム人の彼が眼前にいる。
「なにそれ?」
僕はその言葉に首を捻る。
「そうですか?」
「意味なくない?」
「ははっ」
胡散臭い笑い。
というか作り笑いに見える。
作られた笑い。
作為的に作られた。
あらかじめ決められた様な笑いを浮かべていた。
……というか薄暗い。
この古物商は。
薄暗いから目元がハッキリと分からない。
だからハッキリとは分からない。
だがそれでも分かる。
コイツが笑っているということを。
「いえ唯……普通に卒業するのがつまらなかったんです」
「つまらない?」
僕は彼の言葉に首を傾げる。
彼。
ベトナムから旅行で来た。
等とフザけた青年だ。
眼前の青年は顔がはっきりと分からない。
だが大体の輪郭は分かる。
だから断言出来る。
こいつはベトナム人ではない。
そう断言できる。
ベトナム人は会社に現場研修生として仕事に多数来てる。
だから大体だがベトナム人と日本人の区別はつく。
だからコイツがベトナム人ではないと断言できる。
なにか企んでいるのではないかと勘ぐってしまった。
とはいえ警戒心を強めた程度だが。
「それでその旅行客が僕になに?」
「旅費をうっかり使いすぎたのでコレを買ってくれませんか?」
「コレ?」
「ええ「猿の手」です」
「はあ?」
「正確に言えば猿の手が入った代物です」
僕は眉をひそめた。
「これは3っつ、どんな願いでも叶えてくれる物だそうです」
3つの願い。
それでとある事を思い出した。
というか連想した。
だがまあ~~気のせいだろう。
「それを買ってくれと?」
「ええ」
胡散臭い話だ。
というか値段は五万円。
高いが買えないわけでは無い。
しかし……。
既に僕の貯金は残りわずか。
普通にキツイ。
病気で倒れ入院出来ないレベル。
それもこれも元嫁と息子のせいだ。
元妻は浮気相手に家の金を持ち出し。
息子は借金を作る。
……もう良いか。
この辺で。
僕は青年から購入した。
「猿の手」を。
願いを叶えるか……。
思い出すのはアレだな。
猿の手。
確か内容はこうだった気がする。
老いたホワイト夫妻とその息子ハーバートの一家は、
願いを3つ叶える魔力がある「猿の手のミイラ」を譲って貰う。
運命を曲げようとする者には災厄をもたらすという猿の手。
それを自ら譲り受ける。
1つ目の願いは。
家のローンを完済するため二百ポンド欲しい、と猿の手に願う。
二百ポンドはハーバートの死と引き換えに弔慰金として貰う。
2つ目の願いは。
妻は、ホワイトに息子を猿の手で生き返らせてと懇願する。
玄関をノックする音に息子が戻ったと確信した妻は狂喜して迎え入れようとした時。
ホワイトは恐ろしい結果を予感した。
猿の手に最後の願いをかけ2つ目の願いを取り消した。
まさかね……。
「とりあえず大金が欲しい」
元妻に使われた金と息子の借金の総額を考え願う。
猿の手は動かない。
そうだよな。
あれはフィクションだからな。
といううことは此れは唯の偽物。
まあ~~良いか。
元々気がついてたし。
夢を買ったと思えば良いだろう。
この時はそう思っていた。
そう。
だが急変したのは二週間後だ。
会社に緊急の電話が掛かってきた。
元妻と息子の訃報がきた。
仕事先の上司と揉め殺されたらしい。
後日その息子の弔慰金が支払われた。
元妻とは離縁しているし息子は親子の縁を切ったのにだ。
元妻に使われた金と息子の借金の総額丁度だった。
血の気が引いた。
まさか。
まさか。
本物?
「いかがですか? 「猿の手」は」
「君は……」
「お久しぶりです」
そこに居たのは自称ベトナム人の青年だった。
気がついたら其処に居た。
古物商で購入した人物画を飾っていた居間に。
我が家の居間にだ。
「どこから僕の家に入ってきたっ!」
「それよりどうでした? 本物でしょう」
「本物?」
「またまた「猿の手」ですよ」
ニヤリと嗤う青年。
「とぼけないで下さい」
本物?
「うぷっ」
嘔吐感がこみ上げてくる。
まさか。
まさか本物?
この「猿の手」は本物?
だったら……。
元妻と子供を殺したのは僕?
「どうしたんです?」
「どうしたって……」
「ああ~~結果的に元奥さんと息子さんをしなせたことですか?」
「貴様分かっててっ!」
「やだな~~言ったはずですよ「猿の手」と」
グニャリと視界が歪んだ気がした。
気がついたら僕は床に這いつくばり吐瀉物塗れになっていた。
「後2つ願いは残ってますよ」
僕の手には何時の間にか「猿の手」の入った物が握られていた。
「結末は知ってるのに使えと?」
「やだな~~あれはやり方を間違ってたんですよ」
戯けるようにケラケラと嗤う青年。
「やり方?」
聞くな。
聞くな。
聞くな。
聞くな。
碌なことにならないぞ。
「死体を生前に近い形に加工するんですよ」
青年は嗤いながら蹲る僕の耳元で囁く。
まるで悪魔のように嗤いながら。
「どうします?」
腕を後ろに組み背をそらす青年。
嗤う青年の顔は薄暗く見えない。
見えないはずだ。
そう。
見えない筈。
人物画の青年の顔など。
嗤いを浮かべる青年の。
絵画に描かれた青年の嗤いなど。
僕は「猿の手」の入った寄せ木細工の箱を握りしめながら……。
そう。
思い込んだ。
後日。
僕は刑法第190条、死体損壊等の罪。
「死体遺棄罪」で捕まった。