仕事終わり
三題噺もどき―さんびゃくじゅういち。
「あーつっかれたなぁー!」
誰も聞いていないことをいいことに、大声で叫びながら、そのあたりにあったソファに腰かける。
腰かけると言うか、ほとんどしりもちをついたんじゃないかというぐらいの勢いで落ちた。
「んーーー」
思っていたより、跳ね返りの強かったソファに座ったまま、足を伸ばし腕を伸ばす。
盛れた声がおじさん臭くて少し笑える。
そんな年でもないんだけどなぁ……。仕事の年数はまぁ、長いけど、年齢的には、若輩者だ。
「――っはぁ……」
伸ばしていた腕と足から、一瞬にして力を抜き、どさりと落とす。
落とした右足が少し濡れたが、気にしない。汚れが目立たないような靴下を履いているし、まぁ、最悪脱いでいけばいいか。
「ふー……」
全身の体重をソファに落とす。
慣れている事とは言え、重労働もいいところだし、疲れるには疲れる。
体力もさほど保つ方ではないんだ。仕事中は何とかできるにしても、終わってしまえば、気も抜けるし、力も抜ける。
「ん~」
背もたれの低いソファだったので、その上に頭をのせるようにして天井を見上げる。
そこに何かあるわけでもないが、こっちの方が個人的には楽な姿勢なのだ。
首は痛めるかもしれないが。
「あ~……」
この部屋が冷房が効いているところでよかった。
どこにリモコンがあるのかは知らないし興味もないが。いつからついていたのか分からない冷房機器が、ものすごい勢いで風を送り続けている。
夏場もこの仕事は暑すぎでへばってしまうのもあるにはあるので、その点ここはありがたかった。少し前に行ったところなんて、暑すぎて倒れそうだった。なんで夏場にクーラー点けてないんだよバカかと思った記憶がある。
めちゃくちゃ快適~。楽に動けて感謝感謝だ。
「ぁ、のどかわいた」
仕事も終わったし、帰る準備も終わったし、少し休憩してから行くことにしよう。
次の仕事までは少しじかんがあるはずだ。
……まったく。社長も人使いが荒いよなぁ。人の少ない業界とは言え、1人に仕事をさせすぎだ。そのうち過労死でもしてしまいかねない、かもしれない。
まぁ、あのひとにはいろいろと恩があるので、どうこう言えない所があるんだけど。
「んしょ」
ソファを降り、キッチンがあるはずの方へと向かう。
水たまりをよけつつ。
キッチンには冷蔵庫があるはずだ…ここはそれなりに人数が多かったみたいだから何かしらの飲み物は置いていてくれるだろう。
あぁ、そう。たまに自室だろう場所に小さな冷蔵庫を置いているのを見るけど、あれって何のために置いてるんだ?部屋で飲み物飲むのかな…。
「ぉ…」
冷蔵庫発見。
いいやつ使ってるのかな、なんか表面に電子で何かの数字が示されている。
中身はなんだろーなー。飲めるものが入っていればいいんだけど。
この間行ったところは、冷蔵庫の中身なんて空っぽに等しくて、少しかわいそうに思えるレベルだった。ビールともやし。
仕事中にビールは飲めないので、大人しく帰ってから、社長と飲んだ。
「わ、いいのあるじゃ~ん」
子供もいたから、きっとそのためのこれだろう。子供はジュース好きだって聞くしなぁ。
それなりの年の自分が持つと少々小さく見えるが、すきなものなのでありがたく頂こう。
パックにりんごの絵が描かれたそれを手に取り、付属していたストローをさす。
「ん、うま。これどこのりんごジュース…?」
昔から、りんごジュースがすきで、今でもほとんど毎日のように飲んでいるのだが。ちなみに今日の朝も飲んできた。
いつもは、大き目のパックに入ったものを適当に飲んでいたんだけど……このサイズなら持ち歩きもできていいな。家に帰らずに直で次に行くことなんてザラにあるし。
「ふーん……今度探しに行こぉ」
暇があればだけど。ま。最悪、社長に頼むことにしよう。
今の世の中には、便利な通販というものもあるにはあるし。
「……ちょっともらってこ」
冷蔵庫に残っていたりんごジュースを数本頂き、閉める。
ちらりと時間を確認すると、そろそろ出なくてはいけない時間だった。
「よし、かえろかえろ」
床に広がる血だまりを軽くよけつつ、リビングへと戻る。
机の上に置いていたリュックサックを手に取り、そのままの勢いで背負う。
机に備えられた椅子には、1人の大人と2人の子供が座っている。
全員が顔を突っ伏したまま、永眠している。
「……おもっ」
床には、1人の大人が寝転がっている。
首から上は、そこにはない。
勢いを失った血液が、ダラダラと流れ、そこに血だまりを作っている。
「……ぁ~これ持って帰んのめんどい~」
持ち帰る部位は色々で。
今回のように頭だったり、両腕だったり、両足だったり、手足だったり、耳だったり。全身でなかっただけまだましって感じだ。
全部社長の指示なので、この後これがどうなるかは知らない。ま、興味もないな。
その前段階が楽しいからやっているだけだし。
「さようなら」
リュックサックのせいで、完全に体を折ることは出来ないので。
首だけを曲げて、家族の皆様に別れを告げる。
「……あ」
その時、リュックサックの肩紐を持つ手が汚れていたことに気づいた。
いけない、いけない。
さすがにこれでは外に出ることができない。
他人の血液がこびり付いた真っ赤な手をした奴なんて、一体どこにいる。
「……洗面所~」
リビングに背を向け、玄関近くにあったはずの洗面所へと向かう。
横スライドの扉を、足で開き、中に入る。
綺麗な洗面所だなぁ。
その前に立ち、蛇口をひねり、冷たい水に手をさらす。
「ん……」
全てを丁寧に洗い落とし、軽く払い落しながら、顔を上げる。
目の前の鏡には、にこりと笑う、楽しそうな、殺人鬼の自分がいる。
「おつおつ」
さ、かーえろ。
お題:りんごジュース・リュックサック・殺人鬼