46話
「あらシリウス! お久しぶり~~~~!」
シリウスの二番目の姉、カトレアは再会するなり熱いほどの抱擁をかましてくる。
「姉上。少し痛いです・・・・・・・」
「もうこの子ったら中々我が家にも帰らず手紙も返事をよこさないじゃない!」
感情表現がめまぐるしく移り変わる。さっきまで感激していたかとおもえば、今はぷくりと頬を膨らませていて相対しているシリウスが付いていけないほどだ。抱きしめる力が強すぎて抗議の声を発するシリウスなんておかまいなしである。
「相変わらずですね、姉上・・・・・・」
「もっと顔を見せて? ああ、懐かしいわ!」
「母上とエレオノーラ姉上はお変わりなく?」
「ええ。もちろんよ。姉上は嫁ぎ先で旦那様を尻に敷いているし、お母様も敏腕を振っているわ。エーデルカルトの領地も平穏そのもの」
「それはようございました」
「でも、まさか貴方が本当に皇女殿下の護衛騎士になっているなんてねぇ~~~」
愛しの妹を充分に堪能したらしいカトレアは、感慨に耽りながらソファーに座り直す。
「昔はお母様の教育にぴぃぴぃ泣いていて転んでは泣いて使用人に話しかけられただけで泣いていたのに」
「昔の話です」
「私が一緒に寝てあげなければこわがって一人でベッドに入ることもできなかったことを覚えていて?」
「・・・・・・ですから昔の―――」
「そうそう! 皆でお花を摘みに行ったときも歩き疲れて泣きだしてエレオノーラお姉様に叱られてもっと酷いことに――」
「ですから! それは昔の話です!」
まったくもう、と。恥ずかしい過去を懐かしがって話されるのはいかんともしがたい。
「私からすれば貴方はいつまで経っても小さくて可愛らしい妹なのよ? シリウス」
「で、ありましょうが。昔とは違います。今の僕は騎士です」
「騎士でも女であることには変わらないでしょう?」
「女として生きるよりも大切なことがありますので」
「もう、この子ったら。クローディア様のことになると馬鹿になってしまうのは相変わらずね。お母様もお姉様も心配していたのよ」
「ば、馬鹿とは・・・・・・・・・僕はただクローディア様をお守りしたくて」
そこから、二人は様々な話をした。数年ぶりの姉妹の再会はやはり嬉しく、少し積もる話が山のようにあり、顔が綻び、心がほぐれていく。
「けれど。大丈夫なの? 皇女様は。噂が遠い男爵家にも聞こえてくるの。病が篤くて治る気配がないと」
「ええ。大丈夫ですよ。絶対」
そう? という姉の問いかけに軽くいなし、本題へと移る。
「しかし、驚きました。まさか姉上が第二夫人に招待されるなんて」
手紙の内容は、そうであった。
第二夫人は各地の貴族達を大勢招いて晩餐会を開く。招待状がシリウスの実家エーデルカルト男爵家にも届いたのだ。
十九歳であるカトレアは、まだ結婚していない。第二夫人とお近づきになれる機会と素敵な殿方と出会える機会の両方を、いきなり手に入れたのだから喜びが文字にも現われていた。
きっと皇位継承権を争うための地盤固め。味方を増やすための策なのだろうと容易に想像できたが、渡りに舟。姉を利用するみたいで心苦しいが背に腹は変えられない。
「実は、その件で姉上にお願いしたいことがあるのです」
「あら。なぁに?」
「僕も姉上とともに第二夫人の晩餐会に参りたいのです」
晩餐会のときに、第二夫人の元へ行って魔術と呪いの証をこの手にする。第二夫人に警戒されている筈だし、おおっぴらな調査にも乗り出せない今を変えられる。
いや、変えるのだ。なんとしても。
「どうしてかしら・・・・・・・・・?」
「実は僕も第二夫人とお近づきになりたいのです。クローディア様は、あまり宮廷には参りません。なので宮廷ではクローディア様を快くおもわない人々も多いでしょう」
「第二夫人と懇意になれば、それがなくなると?」
「はい」
姉を巻きこむことには、したくない。嘘で罪悪感が胸をキリキリと圧迫する。
「従者でも下女でもかまいません」
「シリウス。貴方嘘が上手になったのね」
「!?」
しかし、すぐにバレた。
「他の人ならいざ知らず、私は貴方の姉よ? 癖や表情は成長しても隠せない」
「な、な、」
まさかの事態に、驚きを隠せない。まさかバレるとはおもっていなかったので次の作戦なんて考えていなかった。
「本当はなんなの? おっしゃいなさい。嘘をついてまで第二夫人の元に行きたい理由はなに?」
「それは――――――」
口を噤んでしまう。
「そいつぁ俺から説明しよう」
客間の扉が無遠慮に開かれ、ずかずかと踏み入ってくるのはエリクとその後にそろりそろりと入ってくるルッタ、そしてクローディア。呆気にとられる二人をよそに、どっかりとシリウスに隣に座ったエリク。
「な、なんで君が・・・・・・・・・」
「心配してきた。お前じゃ不安だったからな」
「しかし、クローディア様もなんて・・・・・・・・・」
「え? え? シリウス。これは何事?」
問われても、自分とてどうなっているのかわからずカトレアとまったく同じ表情と素振りで見回すしかない。
「シリウス様のお姉様。こちらは離宮の主、クローディア皇女殿下でございます」
「は、はじめまして。カトレアと申します。以後、よしなに」
「ええ。よろしく」
貴族の令嬢、帝族としての礼儀に則った挨拶を交し、ルッタが運んできたお茶とお菓子に手を伸ばす気分にはなれない。三人は一体どうしてここに来たんだ? クローディアには姉が来る話はしていたが、晩餐会に潜りこむなんて隠している。
エリクとルッタには説明しているから二人が来るのには納得ができるのだが。
「では貴方は? 年齢、お仕事、身分、お名前を是非教えて――」
「エリク。私のお抱え薬師で私を治そうと一緒に住んでいるわ。身分は平民。それがなにか?」
「い、いえ・・・・・・・・・単なる興味本位で――」
目を輝かせていたカトレアは、落ち着きつつも剣呑としたオーラを纏うクローディアにすごすごと引き下がる。
「シリウスが貴方と共に晩餐会に行きたいのは、私のためなの」
「え? どういうことでしょうか?」
「私は以前、命を狙われたことがあるわ」
「え、」
「クローディア様!?」
「座ってろ」
「けど!?」
「・・・・・・・・・シリウス」
カトレアはいつになく真剣な面持ちなので、シリウスは黙りこむしかできなくなる。
「そして、第二夫人が怪しいとおもったの。私もつい最近までは知らなかったことなのだけれど」
(ルッタ、エリク、君達喋ったな・・・・・・・・・)
クローディア達にはバレないように、恨めしい感情を籠めた視線を二人に送る。片や何食わぬ顔でやり過ごし、こっそりと手を合せて頭を下げる。
「シリウスは第二夫人が私を害そうとしている証拠を探しに晩餐会に行こうとしているの。私のために」
「そんな・・・・・・・・・真ですか?」
「ええ」
「なんということでしょう・・・・・・・・・」
ショックを受けたのか。カトレアは俯いてしまった。怒ることはあっても悲しみという負の感情とは無縁だった姉は、事実をどう受け取ったのか。
「お願いです姉上! 協力してください!」
シリウスは姉の前まですぐに飛んで、そのまま土下座をした。
「姉上に迷惑は絶対かけません! 姉上にもしなにかあっても僕がお守りします!」
「わ、私からもお願いいたします! ほら、エリク様も!」
「お、まぁ頼む」
二人が続いて頭を下げるもののカトレアは沈黙を保っている。
「お願いできないかしら? カトレア。随分と勝手なお願いをしているとはおもっているの。もし真実を明らかにできても、協力に見合った代価を差し上げるという約束もできない。けれど―――」
迷うようなクローディアは、少し言葉を切った後ぎゅっとスカートの裾を握りしめた。なにかを決意したような強い瞳。
「私は私を大切におもっている人達に、命を懸けてくれているこの子達に報いるためにも第二夫人の悪事を暴きたいとおもうの」
(く、クローディア様・・・・・・・・・)
歓喜の涙が出そうになるが、一番大変なのはカトレアだ。
まさかほくほくと喜び勇みやってきた途端、とんでもない陰謀を聞かされて協力を請われているのだから。
「お、お、お、」
その証に、体がブルブルと震えて―――
「面白そう!」
「「「え?」」」
「シリウス! どうしてそれを言わなかったの! そんな大切なこと!」
「あ、姉上?」
「そんな物語や本でしかお目にかかれない出来事に巻きこまれているなんて! ああ、来て良かったわ!」
「え~~~~~っと・・・・・・・・・」
明らかに今日一番のテンションが高くなっている姉をぼけ~~~っと見上げながら、
(ああ、そうだった。この人はこういう人だった)
危険だろうが不謹慎だろうが人の不幸の種だろうがなんにでも興味を持つ。そしてほくほく顔でシリウスや使用人達にほくほくと上気しながら話す、好奇心の強さと噂好きの女性なのだと。
「はっ!?いえ、違うわね・・・・・・。勿論喜んで協力させていただきます皇女様! 宮中に巣くう悪者なんて男爵家の者としても許せませんもの!」
「そ、そう・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・」
「いえいえ! むしろお礼を言うのはこちらですわ! こんな楽しいこと―――げふんげふん! 誰にも言えないことを私になんて光栄の至りです!」
それからカトレアは、上機嫌になりながら晩餐会の場所と日時を説明する。周りのテンションなんて置き去りにして。
「シリウス様、素敵なお姉様ですね・・・・・・・・・」
「いや。どこが?」
お茶とお菓子を新しいのを用意するルッタを手伝うため、客室を離れた。なんだか姉に気疲れをしてしまったようで、ぐったりとした脱力感が拭えない。
「ご自分のお姉様を悪く言われてはいけませんよ? 現に助かっているのですから」
「それはそうだけど」
大丈夫かなぁ・・・・・・・・・? という不安が隠せない。
「そういえば、どうしてクローディア様に話をしたんだい?」
「申し訳ございません・・・・・・・・・ですがエリク様が・・・・・・・・・」
「彼が?」
「ええ。呪いの件はいいとして。本人には少なからず話しておくべきだと」
なんだか納得がいかない。
「シリウス様を心配なさったのではないでしょうか」
「僕を? はは、それはないない」
「そうでしょうか?」
だってあいつは僕の心配をすることなんてない。そんな余裕なんてないだろう。
「クローディア様を連れてくるときも、必死さがありましたし。それにいざというときはお姉様に魔術を行使するのも辞さない、晩餐会に行ってもかまわないと私にこっそりと」
「あいつ・・・・・・・・・! けど、それはクローディア様をお助けするためだよ」
自分で言って、考えこんだ。クローディアに事情を話さないと決めたのはシリウスだが、何故クローディアに本当のことを告げた?自分の正体を晒すことにも二の足を踏んでいる彼が、わざわざ隠そうとしたことを自ら話、危険を冒すような真似をするだろうか?
呪いと魔術のことをクローディア本人にも隠しているほど徹底している。以前二人でいるときに迷っている胸中を感じとったが、それでもだ。
それほど切羽詰まっているのか? それとも心変わりをしたのだろうか?
「ああ。あんたの弟には苦労させられているよ。例えば――」
「まぁ。ごめんなさい。でも悪い子じゃないのよ? ただ頑張り屋で周囲に目線がいかなくなっちゃう性格で――」
客室の戻ると姉と二人で盛りあがっているエリクを見ると、脱力しそうになる。
「あら。お帰りなさい。今丁度貴方の話をしていたのよ?」
「さようで。ですが姉上。あり――」
「あら。ルッタさん。このお菓子はなぁに?」
「そんなこよりも! 改めてありがとうございます! 当日は姉上を絶対お守りいたします!」
話が脱線しそうになるのを防ぐため、声を大に張った。
「ああ。そのことなのだけれど。シリウス? 貴方当日どうやって晩餐会に入るの?」
「え? それは森惇姉上の使用人に扮してですが―――」
「無理に決まってんだろ。な? やっぱ正解だったろ?」
「え?」
「だって貴方の顔も声も第二夫人はわかっているのでしょう? いくら服装を変えたところで使用人として振る舞っていてもバレるでしょう」
「大丈夫です。いざというときは顔を隠します」
「・・・・・・・・・あのね? シリウス。貴族が顔を隠している使用人を連れていたら周りはどうおもうかしら?」
「・・・・・・・・・あ」
どうしよう。大切な作戦に綻びが生じようとしている。
「大丈夫。私に良い考えがあるの。貴方は少し恥ずかしいかもしれないけれど」
「え、本当ですか!? 大丈夫です! 僕はクローディア様のためなら例えマグマの中荒れ狂う海の中! なにがあろうとやり遂げる所存です!」
にっこりとしたカトレアに、なんだか嫌な予感がする。
小さいとき、なにか悪巧みをするとき。シリウスにとっては好ましくないお願いをするとき。決まってこういう笑顔をした。
「実は私のドレスを何着か持ってきたんだけどね?」




