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38話

目が覚めたとき、シリウスの目に入ってきたのは見慣れた天井だった。


体を起こそうとすると、あちこちに引き攣った痛みが走る。ベッドの脇にはルッタがすやすやと寝息をたてている。


 記憶を掘り起こそうとする。クローディアとエリクを担ぎ駈けて、街道で馬車を拾った。そのまま御者を急かし、事故でもおこしそうなスピードで走らせて離宮に辿りついた。


 何事かと仰天したルッタに出迎えられて、そこで意識がフラッとしてしまい・・・・・・。


 そこからの記憶がない。


「ルッタ?」

「う、うう~ん。むにゃ、いけない。私ったら」


 瞼を擦りながら欠伸をするルッタと、目が合った。途端に彼女は寝ぼけ眼をパチパチと瞬かせてシリウスを見つめる。


「し、シリウス様?」

「おはよう」


 みるみるうちに、ルッタの目から涙が溢れてくる。ぽろりと一滴零れたと同時に、シリウスに抱きついた。


「うわああああああああああああああああああああああああん! シリウス様ああああああああああああああああ!!」

「ぐ!?」


 ルッタが力のかぎり抱きしめる。体中に尋常ではない負担がかかるが、痛みとルッタへの気遣いで、背中に回した手をゆっくりと擦ることしかできない。


「よかった、お目覚めになられたんですね! 死んでしまうかとおもいました!」

「あ、ああ。うん・・・・・・・・・って僕よりもクローディア様は!? エリクは!?」

「へ? あ、あのお二人は大丈夫です。エリク様がクローディア様の魔術を解いて、そのあとに呪いを抑えて元通りです」

「そ、そうか・・・・・・・・・エリクも無事だったんだね?」

「はい。毒のせいで上手くできなさそうでしたので、私も手伝おうとしたのですが。シリウス様の傷を手当てしろと」

「そ、そうか・・・・・・・・・よかった・・・・・・・・・」

「なにがあったのかは聞きました。本当に・・・・・・・・・・皆様よくご無事で・・・・・・・・・」


 ぐす、としゃくりあげ潤んだ瞳がまた悲しそうに揺れる。


「どれくらい寝ていたのかな?」

「半日です。つい先程エリク様もご自分の毒と怪我を処置して寝てしまったところですわ」

「クローディア様は?」

「あの御方も大丈夫です。それよりも、シリウス様はご自分のことを心配されませ。本当に、意識を失ったときは何事かとおもいましたし、死んでしまったかと・・・・・・」

「そんな柔な鍛え方はいていないよ」

「ですが、そんな大怪我の手当をしたの初めてだったので不安でもありますし」

「問題ないさ。むしろ―――」


 ここで、シリウスはハッとなにかに気づいて固まった。


「もしかして、僕の服脱がせたかい?」


 傷の手当てをするためには、自然と服を脱がせなければならない。そして体にも触れる。つまり、ルッタにシリウスの体を見られて女であるとバレてしまった可能性が。


「い、いえ・・・・・・・・・それははしたないかとおもいまして。私も本当は見た――ごほんごほん! 服を脱がせたほうが早いとわかっていたのですが」


 もじもじと恥じらうルッタの反応、と自分の服が骸骨達と戦ったときの物で脱がされた形跡がないことをたしかめ、シリウスは安堵した。


「目立ったところは手当をしたのですが――あ!? なんでしたら今から服の下も手当いたしましょうか!? 別の場所が悪化でもしていたら!」

「いや。大丈夫だよ。ルッタがしてくれた場所以外では怪我していないし」

「いえ、しかしいざということも――」

「大丈夫。ありがとう」


(熱心な子だ。それだけ自分を気遣ってくれているのかな)


 残念そうにしているルッタを尻目に、ニコニコと破顔するシリウス。二人の心は微妙に擦れ違っているのだが、シリウスは気づかない。


「では他になにかございますか?」

「そうだなぁ・・・・・・・・・う~~~ん」

「なんでも仰ってくださってよろしいのですよ? それこそお風呂も入りにくいでしょうしトイレに行きにくかったらお手伝いも」

「い、いや。そこまでは」


 どちらも自分の性別がバレる可能性が非常に高いしデリケートなことだ。曖昧な微笑みで気持ちだけ受け取る。


「私は忸怩たるおもいをしているのです・・・・・・・・・皆様が大変なときに私は一人安全な離宮で・・・・・・・・・少しでもお役にたちたいのです・・・・・・・・・」

「ルッタ・・・・・・・・・」


 なにもできなかったという罪悪感からだろうか。ルッタは泣きそうな小動物めいた可愛らしさを醸しだし、断りづらい。


「あ、じゃあちょっとお願いがあるんだけど」

「はい、なんでしょうか!?」

「肩を貸してもらってもいいかな?」

「え?」


 ルッタは暫く呆然としたが、再度請われると求められるままにシリウスが立って歩くのを助けた。マシになったとはいえ、よろよろフラフラと覚束ない足どりのシリウスを支えるのは女の子にはキツいだろうに尾首にも出さない。


「すまないね」

「いえ。シリウス様はどんなときでもクローディア様が一番なのですね」


 少し悲しげな顔をしたルッタに気づかず、シリウスはクローディアの部屋を目指す。


「ですが、ご無理はなさいませぬよう。エリク様は心配ないと仰っていましたし」


 しかし、昨夜クローディアの呪いが発生したのはエリクにも予想外だったのだ。彼を疑うわけではないが、やはり心配になって人目たしかめたい。


 それに、エリクも気になる。毒を消す薬は本当に効いたのだろうか。


 自分が飲ませた薬は―――


「シリウス様?」


 口づけしたことをおもいだしてしまった。


 あのときの感触、熱、不思議なときめきと高揚感がそのまま蘇りそうで、頭がふわふわとする。


「わ、私、もっとお役にたってみせます。クローディア様の、そしてシリウス様が傷つくのは嫌ですし。誰が相手でも負けません!」

「あ、ああ!? うん! ありがとう!」


 ルッタの言葉は、あまり聞こえていなかったが、おかげでハッと我を取り戻した。急速に冷えていく頭をブンブンと振り、そんなことをしている暇はないとゆっくり歩みを再開した。


 考えなければいけないことは山ほどある。


 だが、今はクローディアの無事をたしかめたい。


 なんとか私室までやってきたシリウスは訪ないをせずドアを開いた。


「え?」

「どうしたのかしら、二人とも」


目を瞠った。まだ寝ているものとおもっていたが、既にクローディアは起きていたのだ。


「く、クローディア様・・・・・・・・・起きられたのですか?」

「ええ。つい先程。どうしたの?」

「い、いえ。申し訳ございません・・・・・・・・・」

「く、クローディア様・・・・・・・・・」


 非礼を詫びるルッタを置き去りに、シリウスは呆然としたままヨロヨロとベッドへと近づいていく。


「ご、ご気分は? どこか痛いところは? 昨夜のことを覚えていますか?」

「一度に質問されても応えられないわ。落ち着きなさい」


 これが落ち着いていられるだろうか。一時は生死すら彷徨い、命を狙われたのだ。なのに本人はなにもなかった、とばかりに普段通りなのだ。


「そもそも一言声をかけるべきではなくて?」

「う、うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」

「「!?」」


 号泣を抑えられなかった。


「よ、よがっだ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ・・・・・・・・・グ゛ローデ゛ィ゛ア゛さ゛うぁあああああああああ!! ぶああああああああああああああああああああああ!!」


 豪快に、泣きじゃくる。鼻水も涎もそのまま垂れ流し、幼い子供みたいに。


「ちょ、シリウス?」

「うををををををををんんんんんんん!! ばばだがぶじ゛う゛ぇうぉがっだああああああ!!」


 最早人語をまともに介すことができないほど激しくなっている。いつものキリッとした精悍さと涼やかな騎士然とした面影はどこにもない。顔は面白いほど歪み全体的にふにゃふにゃとだらしがなく、口を大きく開けて滝のように涙が流れ続ける。


 片やドン引きし、片や慮りの愛想笑いで眺めている。


「本当に貴方は・・・・・・・・・昔から泣き虫なのね・・・・・・・・・」

「ひっぐ、えぐ・・・・・・・・・だっで、だつて・・・・・・・・・」

「私が蝶蝶を追いかけているときも転んで膝をすりむいたときもそのように泣いていたわね――――」

「ぞるぇはグローデ゛ィ゛アざ゛う゛ぁがあああああ―――」

「「ってえ?」」


 はたと、二人は違和感に気づいた。おもわず顔を見合わせるほど奇妙な、違和感だった。


「く、クローディア様、ひっく、ぐじゅ・・・・・・・・・今なんと?」

「私、え? 今? どうして? 私は貴方のこと覚えていないのに・・・・・・・・・」


 まさか。聞き間違いか。嫌、二人だけではなくルッタも同じ違和感を抱いている。しかし、どうして、何故、そんなはずは、と。


 覚えている。はっきりと。クローディアが口にしたことは、シリウスの大切な思い出の一つなのだ。今から何年と何ヶ月何日何時間何十秒前かはっきりと答えることができる。


 期待による胸の高鳴りと膨れていく疑問が一緒くたになり、胸の底から蠕動する。


「貴方との過去を・・・・・・・・」


 呪いでシリウスを忘れていたクローディアが、過去を思い出したことが確定したのだ。


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