20話
「こ、子犬!? なんでお前がここにいやがる!?」
第二夫人は普段宮廷で暮らしているため、側に仕える者達も同様に寝起きをしている。レイモンド達も例外ではなく、専用の居室を与えられていた。
シリウスとエリクが訪れたとき、全身に包帯と湿布を巻いた痛々しいまでのなりだが、急に来訪をしたシリウスに驚愕している。
「お、お前!?」
傷に障ったのか、顰めながら傷を庇うように身を縮めている。
「おーおー、こりゃまたお前派手にやったなぁ」
「剣は使っていない」
「だから?」
エリクはレイモンドの側までいくと、強引に包帯と湿布を剥がしにかかった。そのたびに「ぴぎゃ!?」「うぐ!」と短くも悲痛な呻き声が生じる。
「骨はやられてねぇようだな。まぁ無謀な喧嘩を吹っかけた勉強代だとおもっとけ」
「お、お前は!? なにを!?」
エリクはそれから器具と材料を置くように指示した。それから薬の調合法をシリウスに伝えると自らもとりかかる。
レイモンドの居室はあっという間に怪しい匂いで充満する。
「なにやってやがる。そうじゃねぇ」
「そ、そんなこと言われても初めてなのだから仕方ないだろう!」
「お前らなにしてるんだ?!」
執事が部屋に入ってきて、すぐに鼻と口を手で覆った。部屋の窓を全開にしながら怪訝がり、エリクに怒声を発する。
「薬を作ってるんだよ」
「く、薬だと!? 毒の間違いではないのか!?」
「そうじゃねぇっつってんだろうが。なにが騎士だ」
「お前騎士をなんだとおもってるんだ!?」
「いきなりやってきてなにやってるんだお前達!? し、執事どのこれは一体!?」
レイモンドと執事が大騒ぎをしている最中、エリクはただ黙々と薬を作り続けている。その目にはいつものエリクにはない、真剣さと光が同居していて、シリウスは息を呑む。
「おら、できたぞ。飲め。そして塗れ」
「そんな怪しい薬飲めねぇし濡れねぇよ! なんなんだお前達! 頭おかしいんじゃねぇのか!? 第一お前は誰だ! ま、まさかお前ら………俺に報復しにきたのか!? そうなんだろ!」
「おい、あいつを大人しくさせろ」
「え? し、しかし――」
「待て」
執事が、とめた。
「その薬は本当に安全なものなのか? 我らの元にいる医師とも薬師とも違う薬にしかおもえん。しかもそちらは我らと因縁があるだろう。レイモンドの申したことにも一理ある」
たしかに。
シリウスは通常の薬の製法がどのようなものかは知らないが、エリクが魔術師だということは知っている。普段目にする薬とはだいぶ見た目も違うのだし、魔術師の作ったものが知らない者からすれば怪しさしかないのだと、同意せざるをえない。
「生憎と俺は宮廷お抱えの立派な薬師でも医師でもねぇから作り方も材料も違ぜ。だがこいつは保証する。というか報復なんて無駄なことするか。そこの腰ぎんちゃくと一緒にすんな」
「な、なにを!?」
エリクはできたての薬を指で掬うと、ぺろりと一舐めした。それが毒見であるとばかりに。
「それともお前さんも試してみるかい?」
「………」
「おら、じっとさせろ」
「や、やめろくそ! ………あれ?」
シリウスに身動きを封じられながらも、じたばたと抵抗していたレイモンドが大人しくなった。
「お、あれ?」
「痛みが引いてきただろ。この薬を湿布に塗って一日二回取り換えろ。朝と夜でいい」
「あ、ああ?」
本当に効いてきているのだろう。藻掻いている間も傷を庇うような身じろぎ、そして苦痛に喘いでいたレイモンドは、不思議そうに体を動かし、痛みをたしかめている。
「おら。こいつもだ。体の傷を治そうとする働きを高めながら傷を癒す。飲め」
おそるおそるといったかんじで、レイモンドは執事とエリク、シリウスに視線を送りながら鼻を摘み、一息に飲み干した。
「明日の朝にはいつも通り歩き回れるだろう。そんで塗り薬とさっき飲んだ薬を二日も続けてりゃあ元通りに戻っているはずだ」
「お、おお?」
レイモンドに、活気が戻ってきた。ただ観察しているだけのシリウスにもそれがわかる。立ち上がり、なにかをたしかめるようにゆっくりと歩き回っている。
「………信じられん。医師と薬師は動けるようになるのにもっとかかると――」
「腕がいいもんでな」
「………ともかく、夫人にもよぅっく、申し上げておこう」
「いや、まだだ。まだこいつ自身から話は聞いていないだろ?」
「?」
「おい、腰巾着。あんたはこいつから喧嘩吹っかけてきたって言ってるそうだが、本当にそうか?」
まさかエリクはこの場でレイモンドに自白させようというのだろうか。怪我を治すという名目だけでなく、恩を与えるという形で。善意を、罪悪感を引き出そうというのか?
(流石に無理だ………)
しかし、いくらなんでも、この場で自分が不利になることなど言わないだろう。特にレイモンドは。彼をよく知っているシリウスには、無謀としかおもえない。
「そ、それは………」
ここでわざわざ持ち出して解決しようという腹積もりであっても、余計抉れることになる。
「俺達のせいです。すいません………」
「な………」
「え!?」
レイモンドは、自ら認めた。さしもの執事も、そしてシリウスもこれには閉口した。
「れ、レイモンド今なんと!?」
「こ、子犬、いえシリウスは悪くありません………俺達が原因です……」
「ば、」
わなわなと震えている執事をよそに、シリウスは唖然とするしかない。
「馬鹿者が………!」
「すみません………」
「そんで? 他の騎士達は?」
何食わぬ顔で欠伸をしながら、エリクは尋ねた。それから騎士達の居室を回って同じ処置を施していく。勿論、その都度自白させることも忘れない。
シリウスの濡れ衣は、完全に晴れたのだ。だのに、やはり素直に受け入れられない。なんだか都合がよすぎるような気がする。こうも自分にとって良い展開が連続でおこるだろうか? と。
エリクに対するモヤモヤとしたものもより強く、濃くなった。
「宮廷ってのは無駄に広いな」
「皇帝陛下とその一族だけが暮らしているだけじゃないからな」
「だったらこんなに豪華にする必要ねぇだろ」
「この国を統べるのだから権威と威厳を持たねばならないだろう。平民や貴族と同じというわけにはいかん。沽券に関わる」
「無駄な見栄でしかねぇ」
「おい!」
流石に口が過ぎる。助けてもらった形になるが、それとは別にどこで誰が聞き耳を立てているのかわからないのだ。
折角問題が解決できたのに、新しい難癖をつけられるかわかったものではない。
窘めようとした矢先、途中で席を外した執事が、二人を追いかけてきた。
「まだなにかあるのか?」
「それが――――」
執事は、複雑そうに言いよどんだ。
「夫人がお呼びだ。二人と話したいと」




