プロローグ
「ああ、我が家は呪われているのかしら」
エーデルカルト男爵夫人は嘆いていた。
男爵家には跡取りがいない。上に三人の子供がいるが、すべて女の子だし、夫である男爵は半年前にこの世を去った。
なんとしても、我が家を守らなければいけない。最愛の夫を失った夫人は使命にも似た覚悟で、お腹の中にいる子供にどうか男の子たれと願いを託し、出産した。
腕の中ですやすやと眠る赤子は愛おしい。それでも、元気な産声をあげて母乳を人よりも倍飲む利発な整った顔立ちを眺めると、自分の不甲斐なさを責めずにはいられない。
(この子が男の子だったら……私が男の子として産めていたら………)
夫と仲睦まじく愛し合っていた夫人は、だからこそ貴族の務めを誰よりも把握している。お家を存続させることがまず第一だ。
「奥様、この子のお名前はどうなさいますか?」
使用人が慮った様子で尋ねるが、名前など今はどうでもいい。
しかし、ある考えが男爵夫人の頭に過った。
「そうね………決めたわ」
「まぁ、なんでございましょう」
「シリウスよ」
「………え?」
「この子の名前はシリウス」
「お戯れを。それは男の子の名前でございましょう?」
「戯れではありません。この子はシリウス。男の子として育てます」
使用人は固まった。
「シリウス。あなたは我が家、エーデルカルト男爵家の跡取りよ」