理導術の基礎 3
結局のところ、その日はチーを含めて何人か以外は変換をすることができなかった。僕とソフも変換する段階まではできるけど、変換しようとすると理の力が身体からふっと抜けていってしまう。
ツホォーフ先生が言うにはこれもイメージが重要らしく、その方法もその人によって変わることが多いらしい。先生の場合は理の力を貸してもらった際に消費した理力とは別に、自身の理力で理の力を包み込むイメージらしい。そのまま身体の中に理の力を留まらせて術式へと変換、発現という流れで行うそうだ。ただこれは先生が理導術のベテランであるためできることらしく、普通は無理矢理身体から出さないように頑張るというのが多いらしい。そうすることで身体が理の力に馴染んでコントロールしやすくなるそうだ。
「ふっふっふ、もしかして私は天才じゃない?」
チーがものすごく自慢げな顔でこっちを見てくる。確かに先程からチーは僕達の先を行ってるが負けてはいられない。それからしばらく練習を続けたが結果は変わらず、とつとう授業の終了を知らせる鐘が鳴り響いた。
「はい、本日はここまでにしましょう。先生の予想より皆さんは上手に基礎が出来ています。本来の予定ではあと4日程かかる見込みでしたが、この調子だとあと2、3日で理導術の発動ができるでしょう。」
どうやら他の学級も終わるようだ。みんな練習をやめてそれぞれの担任の先生の話を聞いている。
「明日はいつも通りの登校時間に学級へ来てください。出欠を確認して全員が揃ったらまたこの校庭で練習をします。家に帰ってから練習をしてもいいですが、必ず保護者の方がいるところで練習してくださいね。何らかの事故が起こらないとはかぎりませんから。」
先生は僕達全員の顔を見渡すと最後の挨拶をした。
「それでは以上を以って今日の授業を終了します。皆さんまた明日会いましょう!」
その言葉を最後に学級の生徒は帰り出した。今日は適正検査や理導術の実技の練習をするので荷物を持ってくる必要がなく、校庭から帰る生徒もいた。僕達は昼ごはんを食べる際に教室へ荷物を移動させたので、3人で教室へ移動しながら今日の内容について話し合う。
「チーはすごいね。今日の内容全部出来てたし。」
「確かにすごかったわ。もしかして家で練習していたのかしら?」
「いやいや、今日が初めてだよ!前にお父さんとお母さんに理導術を教えて、ってお願いしたことがあるんだけど、ちゃんと先生に教わるまで駄目だって言われたんだよ。」
「そうなの?チーのお母さんはともかく、お父さんはチーにすごく優しいからこっそり教えてるかな、って思ってたけど違うんだ?」
チーのお父さんの溺愛ぶりが凄いのは今までの授業参観などで学級のみんなに知れ渡っている。また全身の鍛えられた筋肉とまだ20代に見える整った顔のおかげで子ども想いで格好いい男性として多くのお母さん達に人気らしい。
「うん、お父さんはこっそり教えようとしてくれたんだけど、毎回お母さんに見つかっちゃってさ。5回目くらいに見つかった時にお母さんが、チイマの言うことことばっかりを聞いて私の言うことは全然聞いてくれない、って怒りだしちゃったからねー。」
チーのお母さんは普段はおっとりしているけど、一度怒るとしばらく怒りっぱなしになるらしい。また、チーから聞いた話によるとチーのお父さんから告白して結婚までに至ったらしく、お母さんには頭が上がらないそうだ。
「そういえば、うちの母さん達も駄目だっていってたな。ソフのほうは?」
「私も駄目だと言われたわ。以前に親に渡すように言われた封筒の中に授業で習うまでは教えないように、って書いてあったそうよ。」
そういえば1年くらい前に理導術の勉強を始める前に、親宛てで大きな封筒を渡されたような気がする。母さん達に聞いたらこれから理導術の勉強を始めていきます、という内容だったと話していたような。
「あ、前になんか白くて大きい封筒を渡されたけどもしかしてそれかな?」
どうやらチーも思い出したようだ。
恐らくうちの学年の生徒達はみんな同じ経験をしたんじゃないだろうかな?親に理導術の実技を教えてもらおうとして
しかし今日から実技の練習が解禁されたので、親の前なら実技の復習も出来るはずだ。家に帰ってからの楽しみが増えたのはいいことだと思う。そうこうしているうちに教室に着いたので鞄へ弁当箱などを入れて帰る準備をする。
「よし、私は準備できたよ!」
「私も準備できたわ。」
「ごめん、ちょっと待って。」
少しだけ2人から遅れて準備が終わるとそのまま下校した。いつもなら家に鞄を置いたら3人で集まることが多いけど、今日は家に帰って母さん達から理導術について教えて欲しかった。そのことを2人に話すと同じことを考えていたらしく、今日はこのまま帰ることになった。
「じゃあ2人共また明日ね。」
「ええ、また明日。」
「じゃあねー!」
別れた後2人の姿が見えなくなると、僕は走り出した。早く家に帰って母さん達に会いたかったからだ。母さん達の適正や僕の適正、チーが理の力を貸してもらうのと力を変換するのがとてと上手だったこと、3人の中でソフの適正が1番高かったこと、僕とソフは力の変換ができなかったことなど母さん達と話したいことがいっぱいあった。
しばらくすると家が見えてきた。今日はブジウ母さんは仕事が休みだったので多分みんな家にいるはずだ。玄関の扉の前で止まると呼吸を落ち着かせる。
「ただいま!」
家の中に入って靴を脱いでいると妹のアムコタが顔を出した。
「おねえちゃん、おかえりー!」
元気いっぱいの妹は靴を脱ぎ終わった僕の腰に抱きついてきた。ニコニコ笑っていてといつ見ても愛くるしい、僕の大事な妹だ。
「ただいま、アム。お姉ちゃんがいない間はいい子にしてた?」
「うん、いいこにしてたよ。さっきもおかあさんたちのおてつだいをしてたの!」
それを聞いて僕は頭を撫でるとアムはとても嬉しそうにしていた。
「おねえちゃんこっちにきて!」
そう言うとアムは僕の手を引いて台所へと向かった。先程からいい匂いがすると思ったら母さん達が料理を作っていたみたいだ。
「お帰り、プノー。」
「お帰りなさい、プノー。」
「ただいま、母さん達。」
まだ手が離せないのか母さん達は顔だけこちらを向いて挨拶をしてきた。
「ちょっと待っててね。もう少しでひと段落するから。」
ジャハ母さんは鍋の中をかき混ぜながらウインクしてきた。
「こっちももう少しかな。プノー、先に弁当箱を出して鞄を置いてきなさい。」
ブジウ母さんは肉を焼いていた。この感じだとまだ何品か作る料理があるんだと思う。夜ごはんまではまだ時間があるからだ。
「じゃあ鞄を置いてアムと遊んでるよ。」
「今日は早めにごはんを食べるから家の中にいなさい。」
「うん、わかった。」
今日に限ってなんで早くごはんを食べるんだろう?とりあえず鞄を置いてからアムと本を読んだりしていると料理の準備が出来たようだ。
「そろそろ食べるから手伝ってちょうだい。」
そう言われて僕はアムと食器などを並べ始めた。一通り並べ終わると母さん達が鍋ごと料理を持ってきた。ワドハ焼き、7〜8種類位の新鮮な野菜が入ったサラダ、鉄板の上でまだ肉の焼ける匂いと音がしている厚切りの豚肉のステーキ、透明だが魚介の旨味がたっぷり詰まった濃厚なスープ、数時間煮込まれ柔らかくありながらしっかりとした食感のある牛肉の煮込み、とろりとした甘酸っぱい餡がかかっている鳥肉、みかんやキウイ、うちの家族が大好きなジャハ母さん特製のアップルパイなどかテーブルの上に並んだ。
「今日はすごい豪華だね。何かあったの?」
「プノーは今日から理導術の実技が解禁されたんでしょう?そのお祝いよ。」
と、ブジウ母さんは言った。確かに今日から理導術の実技が解禁されたけど、ここまでご馳走を用意するほどのことなんだろうか?そう考えて首を傾げているとジャハ母さんが口を開いた。
「あっ、違うの。習い始めたことに対するお祝いじゃないの。理導術を学び始めるということは大人の仲間入りの始めの一歩になるからよ。」
「理導術は子どもが扱うのは禁止されているわ。それは子どもの遊び感覚で理導術を使い、周りに被害を出さないようにするためなのよ。10歳になるということはまだ大人になりきれていないけど、間もなく社会を動かす立場になる準備期間であると言えるわ。」
「まだ親の元にいるけれど、行動した時にはその結果の責任を負わなくてはいけない。そういう自覚を持つという意味でも10歳という歳は特別なのよ。」
「本格的に大人として扱われる12歳まであと2年ね。12歳になったら働くこともできるし、お酒などの大人だけが対象の嗜好品を味わうこともできる。その時はまたお祝いするけど、今日は大人に一歩近づいたお祝いよ。」
ブジウ母さんは全員のコップにジュースを注いでいる。色からすると多分ぶどうのジュースだと思う。
「それじゃあ話はこれくらいにして食べようか。いただきます!」
「「「いただきます!」」」
それからは僕とジャハ母さんが肉ばかり食べていると見かねたブジウ母さんにサラダを食べさせられたり、アムがステーキにソースをかけ過ぎてブジウ母さんから注意されたり、いつも通りの食事風景を過ごした。ただいつもより早く食べ始めた分、食べ終わるのも早かった。
「そういえば料理が豪華なのはわかったけど、いつもより早く夜ごはんにしたのはなんで?」
母さん達は顔を見合わせると軽く微笑んでから、僕の顔を見た。
「だってプノーは理導術を習うのを楽しみにしてたでしょ?色々話したいことがあるんじゃないかなー、って思ってね。」
「それに私達が見ている時だけど、理導術の予習と復習をしてもいいって先生から言われてるから、簡単なことなら教えてあげられるわよ。」
そのために時間を早めてくれたことに感謝しつつ、僕は今日学校で勉強した内容や今度弁当を持ち合っておかずを交換しようと約束したことなどを母さん達に話した。