理力適正検査
あれから案の定ツホォーフ先生が暴走してしまったため、他の先生達が止めに入り15分程遅れて理力適正検査が始まった。
校庭に出た生徒達は皆先生の暴走で遅れてしまったことよりこれからのことについてわくわくしている。先程のウドス・キイコヌモもチラチラと話題になっている。
「なあ、この間のウドスの活躍聞いた?」
「ウドスファンなら当然知ってるだろ!大量発生した骨砕き狼の群れに突っ込んでいって蹴散らしたってやつだろ?」
骨砕き狼は強靭な顎と牙を持っており獲物の骨すら残さず食べきる狼だ。そう聞くと恐ろしく感じるが実際には大人しく縄張りに近づいてても威嚇をするだけで、こちらから手を出したり威嚇を無視して縄張りに入らない限りはヒト種には手を出すことはない。本気を出したヒト種は自分達の群れ以上の数で襲ってくることも、戦った場合には自分達の群れが危機的な状況に陥ることを理解しているためだ。
ただ今回は事情が異なり子を宿した雌の骨砕き狼がいる群れが他の群れの縄張りに気付かずに侵入してしまったこと、縄張りの骨砕き狼も何らかの理由で通常の警戒ルートにいなかったことという特殊な状況が重なり争いに発展した。その際に子を宿した雌と縄張りにいた生まれたばかりの子が犠牲になり、互いに一触即発の状態になってしまった。またそのために睨み合いを続けることで、食糧がなくなり通りがかった動物や商人の馬車を襲う事例が発生したので、討伐することになったらしい。
「そう、それそれ!かっこいいよなー、俺も早く大人になってウドスみたいな傭兵になりたい!」
「だよな!俺も学校卒業したら傭兵になろうかなぁ、って思ってる!」
「それじゃあ一緒に傭兵団を作ろうぜ!俺とお前で団頭になってウドスみたいに有名になろう!」
「よし、やろうぜ!…あれ?ウドスってどこの傭兵団にも入ってないよな?ウドスみたいになりたいのに傭兵団を作って成り上がるっていいのかな…?」
「あれ?…まあ、細かいことは気にするなよ、相棒!
これからよろしく頼むぜ!」
「そうだな!よろしく頼むぜ!」
男子2名が浮かれ気味に騒いでいる。フモソキ族である僕には男子の浮かれ具合も女子の引き気味の気持ちもわかる。
「2人共おはよう。あの2人あんなにはしゃいでるけど、本当に卒業後に傭兵団を作るつもりなのかしら?」
そう言って話かけてきたのはもう1人の幼馴染であるソフマ・スヘドハだ。彼女はイソエク族らしく引き締まった下半身と頭部から生えている角が特徴的だ。
「おっはよう、ソフ!どうなんだろうね?私はちょっと面白そう、って思ったけど。」
「おはよう、ソフ。僕は長続きしそうな気はしないと思うけどね。家の用事は終わったの?」
本来ならいつも通り僕、チー、ソフの3人で登校するつもりだったんだけど、家の用事があるから遅刻すると昨日ソフに言われたので僕とチーだけで登校してきたのだ。
「ええ、そっちは終わったわ。ついさっき登校したんだけど、本来なら適正検査は始まってるわよね?あんまり進んでないように見えるけど何かあった?」
「いやー、ほらツホォーフ先生が暴走しちゃってさ。10分か15分遅くなっちゃったみたい。」
「なろほどね、それなら納得だわ。まあ、個人的には2人と一緒に適正検査を受けれるから運が良かったけどね。」
「確かにね、そう考えれば僕も先生の暴走には感謝かな。」
「私も感謝!」
そう言うなり先生に向かって手を合わせて感謝の意を示すチー。その時たまたま目があった先生がチーの姿を見て一瞬ポカンとした表情になるが隣にいる学年主任の先生に睨まれて慌てて前へ視線を戻した。
「ほら、チー。そろそろ順番になるから並ぶよ。」
「おっ、とうとう順番が回ってきたね!適正どうなるんだろうなー。」
「ちょっと緊張してきたわね。」
並び始めて少ししてから僕の順番が回ってきた。前の人が小さなテントから出てきて少し待つ。
「次の方は中へどうぞ。」
2人と目配せして声を掛け合う。
「それじゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい!」
「なんだかんだでプノーも緊張してるみたいね。顔が強張ってるわ。」
そんな言葉を背にテントの中に入ると目元と口元のみ穴が空いてる服を着た人が椅子に座っていて目の前の机には円盤状の厚みのある道具が置いてある。
「椅子に座ってください。」
国の機関の人から座る様に指示をされた。とりあえず座るとしよう。
正式な名前はわからないけど、この国に暮らす全てのヒト達の個人情報を管理している機関だそうだ。この機関のヒト達から情報の漏洩を防ぐために個人を特定させないようにする措置が取られており、契約術と呼ばれる特殊な術を使ってこのヒト達も情報を漏らさないように口止めをしているらしい。
「それでは理力適正検査を始めます。まず目の前の装置に両手を置いてください。」
目の前の装置と言われても先程の円盤しかないので十中八九これのことだろう。言われた通り両手をそれの上に置く。
「次にあなたの名前と生年月日を話しながら理力を手の平から放出してもらいます。この1年の理導術の授業で理力の放出方法は学校から教えてもらってると思いますが、補助は必要ですか?苦手な方もいますので、補助をすることもできます。」
「いえ、自分でできます。」
「わかりました。授業での理力の放出より多く引っ張られる感覚があると思いますが、そのまま続けてくださいね。それではどうぞ。」
名前と生年月日を言いながら理力の放出を始める。確かに授業で使っていた練習用の装置より理力を吸われる量が多い。しかし練習の時と比べ違和感がある程度で他には問題がなかったのでそのまま続ける。
「はい、大丈夫です。最後に思いっきり理力を放出してみてください。これが終われば終了になります。」
言われた通り思いっきり放出してみると装置は止まった。機関の人から手を離す様に言われたので離すと装置を弄り始めた。もしかして壊してしまったのかと思い、固唾を呑んで見守っていると機関の人は装置をカパっと開いてこう言った。
「はい、これで完成です。光沢のある個人証明書と光沢のない個人証明書がこの装置の中にありますが、光沢のない方は我々で管理します。そして光沢のあるほうはあなたに差し上げます。これはあなたの個人情報が載っていますので、無くさない様に注意してください。勿論あなたの理力を通した時か然るべき場所にある特殊な装置を使わないと情報を読み取れませんが、再発行されるまであなた個人を証明するものはなくなってしまいますからね。旅先などで紛失してしまい再発行されるまでしばらく滞在することになったという事案が何度かありました。」
受け取ってみると個人証明書は子どもである僕の片手で隠れきってしまう程の小さい物だった。今後これが僕が何者かを証明する証になる。
「それでは早速確認してみましょう。今度は装置の上にあなたの両手ではなく、証明書を置いてみてください。」
装置が最初の状態に戻されていたみたいなのでその上に証明書を置いてみる。すると文字が浮かび上がってきた。
「あなたの名前、生年月日、そして理力適正が表示されているのがわかりますか?」
名前、生年月日と確認してその下に理力適正と表示されている部分がある。
「あなたは火と土の適正が高め、風が普通、水が低めですね。全体的に適正は高めですね。」
正直言って高めなのが1つあればいいほうかな、と思っていたので正直嬉しい。
「お疲れ様でした。以上で理力適正検査は終了になります。ここから出てテントの列から離れた所で待機していてください。」
そう言われたのでテントから出ることにした。外に出るとチーとソフが色々と聞きたそうにしていたが、僕は口を手で隠す仕草をしたので2人もそれ以上は我慢したようだ。
次はチーの番だ。ソフも終わったら3人で理力適正について話したいと思いながら、2人が戻ってくるのを待つことにした。