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お目にとめていただき、ありがとうございます
リリアーナは走る。
王宮の廊下を一心不乱に走っている。
両手でドレスの脇をたくし上げ、淑女らしからぬ姿で走り続ける。
時折ぶつかりそうになる侍女の悲鳴や、リリアーナ様と叫ぶ呼び声、中には聞き覚えのある声が聞こえるような気がするが「気のせい!」と思いこみ、走り続ける。
ここにいる誰も助けてくれないことをよくわかっているから。
誰も信じない。信じられるのは己の足だけ。逃げるんだ。逃げ切るんだ。その思いだけ。
そしてもう少しでドアに手が届きそう!と手を伸ばしたところで、後ろから現れた手に肩をつかまれ後ろに引き込まれる。
「ひゃあ!」と間抜けな声を上げ、男の腕の中に羽交い絞めにされてしまう。
絶体絶命である。
「リリー、捕まえた」
軽く息を切らせながらリリアーナを自分の胸に抱き込み、さわやかな笑顔で言うその人は、ゼノン王国 第二王子フランシスである。
「リリー、また足が速くなったんじゃない?今日はちょっと大変だったよ。
僕ももっと鍛錬しなきゃだね」
そう言ってリリアーナをギュウギュウと抱きしめる。
「た、たすけて・・・く、るしい・・・」
後ろから羽交い絞めにあいながら、なおもドアの取っ手をつかもうと右手を伸ばす。
すると、今まさに掴もうとしていたドアがガチャリと開いた。
中から王太子妃の高級侍女殿が顔を覗かせ「またですか。ふぅう」と残念そうな顔をしながら部屋の奥に顔を向ける。
「マリアンヌ様、やはりフランシス様とリリアーナ様でございます。いかがなさいますか?」
侍女はやれやれと言った感じで部屋の中にいる主に問う。
「うふふ。いつも、いつも楽しそうね。走り回って喉が渇いたのではなくて?
一緒にお茶でもいかが?」
ソファーに座って編み物をしていた王太子妃マリアンヌは、少し膨らんだお腹に手を当て立ち上がり、ドアの側まで来ると廊下でひと悶着している二人を眺める。
「あら、まあ。今日は大分いちゃいちゃ加減が過ぎるのではなくて?
いくら婚約者同志とは言え、ここは王宮内後宮よ。廊下で人目もはばからずいささか破廉恥なのではなくて?
フランシス殿下も少し遠慮をなされた方がよろしくてよ。うふふ」
そう言ってふわりと笑みをこぼし部屋の中へと誘導したのだった。
「リリー、せっかくのお誘いだ。遠慮なくお呼ばれしよう」
そう言ってギュウギュウと締め上げる腕を解き、リリアーナの肩を抱くように並んで王太子妃の部屋へ歩を進める。
リリアーナは走り疲れ、死んだような目をしながら身を任せるだけだった。
王太子妃マリアンヌと向かい合わせにフランシスと並んでソファーに座ると、侍女がお茶の用意を始めた。
リリアーナとフランシスには紅茶を、現在、第一子を妊娠中のマリアンヌにはハーブティが運ばれる。
そして目の前には色々な形のチョコレートが並ぶ。
ゼノン王国ではチョコレートは輸入品になるので、王宮でもまだまだ珍しく珍重品になる。
それが目の前に並ぶ様子はリリアーナにとっては夢のような光景だった。
「マリアンヌ様。これはチョコレートですね?こんなに沢山の種類は初めて見ました。
眼福とはこのような事を言うのですね」
そう言って満面の笑みで今にもよだれを垂らさんばかりにマリアンヌを見つめる。
「うふふ。リリーったら相変わらず食いしん坊さんね。どうぞ、いくらでも召し上がれ」
そう言いながらチョコレートが並ぶ皿をリリアーナの目の前にすーっと移動させる。
「よろしいのですか?嬉しいです。では、お言葉に甘えて遠慮なくいただきます!」
言うが早いかチョコレートをひとつ手で摘まむと、ポイっと一口で口に放り込む。
「う~~ん。甘くておいしい!!マリアンヌ様、私とても幸せです」
目を潤ませながら、まるで愛しい人に愛を告げるような顔つきでマリアンヌに訴えかける。
「ちょっと待ってリリー。そんなにチョコレートが好きなら僕がいくらでも食べさせてあげるから、その顔は僕に向けて欲しい」
リリアーナの頬を両手で挟むと自分の方に向けさせて、瞳を逃さないように顔を近づける。
「フ、フランシス様。ち、ちか、いです」
頬を挟まれた両手から逃れるように背をのけぞり遠ざけようとするが、フランシスの手が緩まることはなく逆にぐいぐい押され気味になる。
リリアーナは両手でフランシスの顔を手で押しのけた。
「うぐっ。」フランシスから王子らしからぬ声が漏れ、顔を離そうとする拍子に手が緩みリリアーナはフランシスの手から逃れることができた。
「うふふ。本当に仲がよろしいわね。リリー、遠慮せずにもっと召し上がれ」
「はい。ありがとうございます」
リリアーナはフランシスをそっちのけで、次はどれにしようかキラキラした目で選び出した。
それを横目にフランシスは「次はどうしてやろうか」と虎視眈々と狙ったまなざしで、口角を上げながらリリーを見ていた。
「フランシス殿下。今とっても悪い顔をしていてよ」
言われてハッ!と気が付き、「そんなに?」と少し顔を赤らめて下を向いた。