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百周目の勇者と異世界転生した私  作者: 銀月
百周目の勇者と異世界転生した私
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7.勇者の旅

 もしかしたら今度こそは――いつもいつもそう期待して、けれどいつもいつもその度に奈落へと叩き落とされる。

 ただの一度も期待通りになることなんてなかったのに、それでもやはり今度こそはと期待してしまう。




「魔王城だ」


 禍々しい闇と瘴気を纏う魔王城が眼前に聳え立っている。

 ある日突如として現れた魔王は、瞬く間に女神を封じると魔王城を出現させ、この世界を“魔界”に変えた。

 魔王の力の源でもある瘴気を纏う城があるのは、世界の中心であるこの地だ。人々に絶望を与える象徴として、世界のどこからでも目にすることができるように。


 その魔王城へは、一度(ひとたび)足を踏み込めば魔王を倒すまでは出られないだろう。それでもいいかと確認するように、アヴェラルは仲間たちを一瞥する。


「今さら何を心配しているのですか、アヴェラル様」

「ええ、まったく。ここまでできうる限りの準備もしてきたのに」


 フェレイラとパヴィアが視線を合わせて苦笑する。タルシスもエストラスも、同様にやれやれと破顔する。


「ここまで、アヴェラルが今まで経験しなかったことがいくつも起こっていたのだろう? なら、きっと今回こそはこれまでと違うことが起こるんだよ」

「そうそう。そのために俺たちはこうも急いでここまで来たんじゃないか」


 タルシスの言うとおりだ。

 今回に限って、アヴェラルがこれまで経験したことのない出来事がいくつも起こっているのだ。ならば、もしかしたら今回は違うのかもしれない。


 立ち寄った町で、現れた“勇者”はアヴェラルでふたり目だと言われた。

 女神の封印を解くための神具が隠された泉に、アヴェラル以外の“勇者”が立ち寄っていた。

 タルシスのために武具を取らねばと攻略したダンジョンからは、目当ての武具が無くなっていた。

 常なら障害として立ちはだかる強力な魔物が、しばらく前に倒された後だった。

 魔王城のある地へ渡るための橋が、すでに修復されていた。


 どれもこれもがアヴェラル以外の勇者の存在を匂わすもので、アヴェラルのこれまでの繰り返しの中にはなかった出来事だった。


「本当に期待しても良いのだろうか」

「もちろんです、アヴェラル様。さあ、行きましょう」


 フェレイラがにこりと微笑み、タルシスがアヴェラルを促す。

 正直言えば、ここまでギリギリの戦いばかり繰り返してきた。だから、魔王城へ入った後もギリギリの戦いが続くだろう。


 それでも、きつい戦いを幾つも越えてここまで共に来てくれた仲間たちを、アヴェラルは初めて「ありがたい」と思った。



 * * *



 全員の見守る中、アヴェラルの掲げる“スラニルの輝き”から零れ落ちるように光が溢れ出し、城を覆う瘴気の壁に穴を開けた。

 そういえば、この“スラニルの輝き”無しで、父はいったいどうやって魔王城に入れたのだろう。ふと、そんなことを考える。


「さすがに瘴気は濃いですね」


 “聖女”であるフェレイラが神聖なる守りの加護を全員に配りながら、黒く澱んで見える空を仰ぐ。

 封じられた女神を解放したおかげで、世界に満ちる魔王の瘴気をある程度まで薄めることはできた。だが、魔王城の周囲に限っては瘴気は今なお濃く漂っている。


「これまでに比べたら、かなり強力な魔物ばかりだと考えて間違い無いだろうな」


 片手に抜き身の剣を持つタルシスも同意する。エストラスも弓の弦を張ったまま、周囲に油断なく目を配っていた。


 ここから先は、これまで以上に厳しい戦いになるはずだ。

 だけど、一戦一戦を確実にこなせば必ず進んで行ける。


「来た!」


 エストラスが警告と共に弓を射った。

 こちらへ向かって来る魔物の群れへと放たれた矢は、先頭の魔物――おそらくは大型の悪魔族だろう――に、深々と突き刺さる。


「さっそくか」


 壁のように大きな盾を構えたタルシスが前に立ち、その後ろに身を隠したパヴィアが呪文の詠唱を始めた。

 アヴェラルもタルシスの横に並んで剣を抜き、魔物たちを迎え打つ。


「ここから先は敵陣だ。いつ休息が取れるかもわからない。なるべく力を温存しながら進むぞ」

「ええ、もちろんわかっているわ。

 でも、深手を負うような事態は避けないとね」


 パヴィアは笑いながら幻惑の魔法を放ち、魔物の動きを阻害する。

 フェレイラが神に祈りを捧げて皆へ加護を配る。

 エストラスも次々と矢をつがえては放つ。


 魔王城での戦いの火蓋は、こうして切って落とされた。



 * * *



 しかし、城内を奥へと進むうち、だんだんと様相は変わっていった。


「魔物が減ってるように思うんだ」


 斥候を務めるエストラスが、しばし戻って不審げに述べた。


「俺たちがこの城に侵入したことは、魔王はもちろん魔物たちにだってわかっているはずだ。なのに出てくる魔物が妙に少ない」

「――追いついているんだ」

「え?」


 ドクン、とアヴェラルの心臓が鼓動を打つ。

 魔王城までの道のりでは今までになかったことがいくつも起こっていた。しかし、ここで起こっていることに変化はない。


「奥へ進むほど魔物は数を減らす。そのうち、誰かが魔物を倒した痕跡があちこちに見られるようになって……」

「つまり、魔物が少ないのはオリヴェル様が今まさに先行されているからですね?」


 フェレイラが引き継いだ言葉に、アヴェラルは頷いた。


 初めての時はいったい誰がと訝しんだ。魔王と戦おうなどと考える酔狂な者は、自分以外に皆無だと思っていたから。

 だが今は違う。

 魔王と戦おうなどと考える酔狂な者は、自分と父だけだと知っている。


 ――今度こそ間に合うのか? ほんとうに?


 アヴェラルの心臓が軋み、胃の腑が締め付けられるように苦しくなる。嫌な汗が噴き出て、息までが詰まる。

 視野が黒く塗りつぶされて――


「アヴェラル様?」


 呼ばれてハッと我に返ったアヴェラルは、大きく息を吐いた。それから、心配そうに覗き込むフェレイラに大丈夫だと視線を返す。


「隠し扉から奥へと進めるんだ。その先に魔王がいる。父さんは……勇者オリヴェルは、そこへ向かっているはずだ」

「では急ごう。幸い、オリヴェル殿のお陰でそれほど邪魔も入らない」


 全員で頷きあって、また、歩き始めた。

 もしかしたら……本当に、もしかしたら、今度こそ、間に合うのかもしれない。

 アヴェラルの足が自然と速くなる。


 進めば進むほど待ち受ける魔物の数は減り、先行者の痕跡は増えていく。


「――ひとりじゃなさそうだ」

「ひとりじゃない?」


 また残されていた戦闘の痕跡をあらためながら、エストラスが頷いた。


「矢が残ってるんだよ。それも、結構な数の矢が。

 接近戦の最中に、オリヴェル殿がわざわざ弓に持ち替えて戦うとは考えにくいだろう? つまり、もうひとり別な奴、それも弓使いがいるんだと思うね」


 弓使い? とアヴェラルの眉が寄せられた。

 たしかに、これまでも同行者がいるような話は聞いた。けれど、これまで追いついた時の父はいつもひとりで、同行者がいた形跡なんて少しもなかったはずだ。


「じゃあ、その誰かのお陰で、いつもと違うことになっている……?」


 期待が増す。

 今度こそ、ようやく、間に合うのかもしれない。


「急ぎましょう、アヴェラル様」


 フェレイラに促されて、アヴェラルは通路の先へと視線を移した。

 暗い闇が落ちてはいても、その先には――


 ほとんど走り出しそうな勢いで、アヴェラルは歩き始める。



 * * *



「あの角を曲がった先が、“いつもの戦いの場所”だ」


 暗い闇が落ちているはずの通路に微かな灯火の光が揺れている。音は何も聞こえない。けれど、明かりがあるということは誰かがいるということだ。

 おそらくは、その誰かがオリヴェルなのだ。


 足を止めたアヴェラルは、マントの、心臓のあたりをぎゅっと握り込んで大きく深呼吸をする。

 いつもなら、あの角を曲がって戦うオリヴェルの姿を目にした途端、身体が固まったように動かなくなった。

 助けることはもちろん、目を閉じることも顔を背けることも――瞬くことすらできないまま、オリヴェルが戦い、そして生命を落とすさまを見せられるだけだった。

 駆け寄れるのは、すべてが終わってオリヴェルの生命が消える、その瞬間だけだった。いつもと違う今回なら、今度こそオリヴェルを助けられるかもしれない――本当に?


「行きましょう」


 フェレイラが、完全に足を止めてしまったアヴェラルの背中を押す。

 少しの逡巡の後、アヴェラルは意を決したように再び足を踏み出した。


 角を曲がると、いつものように剣戟と魔法の、戦いの音が聞こえて、そして、今度こそは……


「そんな、どうし――!?」


 アヴェラルが悲鳴のような叫びを上げる。

 けれどすぐにその声も途切れ、アヴェラルも仲間たちもまるで凍りついたかのように指一本動かせなくなってしまったのだった。


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