6.私の旅
私語りが多い回です
魔物百本ノックはダンジョン百本ノックへと変わった。
宣言通り、オリさんの装備強化のために訪れたダンジョンで、無尽蔵に湧き上がる魔物どもを片っ端から潰しつつ、入り口から目的の宝箱があるダンジョン最奥まで行軍したらまた入り口に戻り――というのを、延々と繰り返すのだ。
正直頭がおかしくなりそうだし、ひとりだったら間違いなく病んだだろう。私、メンタル強いほうでよかったな、としみじみ考えてしまう。
「というわけで、周回予定回数を無事終えたので、箱を開けたいと思います」
宝箱を目の前に、ふたりはどこかホッとした顔で頷いた。
それから、罠その他を念入りに調べた上で、私が三人の代表として開封すべく、箱のそばに立つ。オリさんとカシェルは、念のため十分な距離を取っている。
ゲームじゃどの宝箱にも罠なんてなかったが、ここはゲームではなくあの女神が作った世界なのだ。油断してはいけない。
息を詰め、油断なく身構えつつ宝箱を開けると――
「やった!」
パパラパッパッパー!
と、脳内でファンファーレが鳴り響いた気がした。
私の想定どおり、宝箱から出てきたのは“雷鳴剣”である。勇者的雷パワーで強化された、この世界最強の片手剣だ。
ゲームでは勇者専用装備として出てきた“勇者の剣”が最強であり、これはあくまでも次点という扱いだった。
しかし、勇者専用装備は現時点じゃ望めないのだ。これが実質最強で問題ない。
もっとも、これより強い剣はまだあるにはあるが、それは魔王城で拾えるやつでしかも呪われてるから、カウントには入れてない。
私の手招きで寄ってきたオリさんに剣を渡し、「これならオリさんのパワーを余すところなく発揮できるはずだから」とドヤ顔で述べる。
「――すごいな。軽く扱いやすいように見えて、斬撃はしっかりと重い。とんでもない魔剣だ」
「かなりの魔力が封じられた魔剣のようですね」
「今、用意できる最高の剣は、コレしかないんだ。でも、これでも十分に魔王とタメ張れるはずだから、あとはオリさんが強くなれば問題ないかな。
んじゃ、締めの周回、始めようか」
周回再開を宣言した途端、オリさんもカシェルも、げっそりした表情に変わった。
それからさらに周回と戦闘を重ね、ここの魔物はもう十分狩ったと満足したところで、次への移動を決めた。
移動前には十分な休息をしたほうが良いだろうと、ひさびさにしっかり狩りをして獲ったたっぷりの肉で、肉三昧である。
――エルフのくせに菜食じゃないのかって?
菜食でこんな戦闘種族なんかやってられるか、と思うよ。
森を荒らす生き物は、容赦なく滅するからね、エルフって。ある意味、森が第一な国粋主義者みたいなところあるしね、エルフって。
「それにしても、あんな閉鎖空間なのにちょっと時間置いただけですぐ次の魔物が出てくるとか、ほんと不思議だよね」
お腹もくちくなったところで、パチパチはぜる焚き火を眺めながら、私は何とは無しにぽろりとこぼす。
「何言ってるんですか。魔物は魔王の瘴気から湧き出るものなんですから、ああいう場所で数多くの強力な魔物が尽きないのは当然でしょう」
「え、そうなの!?」
今までどれだけ話を聞いてなかったのか、とカシェルが溜息を吐いた。
だって、気にしたことなかったんだから仕方ない。
「カシェル殿の言うとおりだ。故に、魔王に近づけば近づくほど魔物は力と数を増す。これまで魔王を倒せなかった理由の大部分は、そこにある」
「そっか……なるほどなあ」
たしかにそうでもなきゃ、あんだけ狩り尽くしてもすぐ魔物が復活するなんてことはありえない。
よくよく考えてみれば、普通の生き物なら生まれて育つというプロセスが必要だけど、魔物は明らかにそんなプロセス通ってなさそうな出現っぷりだった。
普通じゃない発生のしかたをしているなら納得だ。
「あ、だから魔王倒すと魔物がいなくなるのか!」
「本当に、今さらですね」
私のはじめての気付きに、カシェルが溜息を重ねる。
「でもさ、そうなるとやっぱり、なんで誰も魔王倒そうと思わなかったのかが不思議すぎない? この世界、そんなに力弱い奴しかいないの?」
「――それについては、やはり女神様が封じられたことが大きいと思います」
カシェルがやれやれと首を振る。
「女神が封じられたということは、つまり、加護や秘蹟の力も弱体化しているということです。森でもさんざん、治癒の秘蹟が効果を表しにくくなってるって言ってたじゃないですか」
「たしかに、魔王は“魔王”と呼ばれてはいても、神に等しく数えられる存在だ。こちら側にも神の加護という後押しがなければ、抵抗は難しいだろう」
オリさんもカシェルの言葉に同意する。
神に対抗するには神の後押しを得よ、ってことか。邪悪パワーを神聖パワーで中和して、あとは勇者パワーで押し切れと……あれ、ちょっと待て。
「ねえ、オリさんて、神様からお告げをもらって勇者になったんだよね?」
「そうだが?」
「その神様、オリさんは光の神て言うけど、つまり女神と別ってことなんだよね?」
「当然だ」
オリさんが怪訝そうに私を見る。
カシェルも、今さら何言ってんだと呆れた顔になる。
「てことは、オリさんはすでに神様の加護のもとにあって、神様直々に魔王に勝てるお墨付き貰ってるってことで……」
「サーリス、急に何なんですか?」
「ねえカシェル。つまり、私たちあの女神の加護は蹴っちゃったけど、オリさんはすでに他の神の加護貰い済みってことだよね?
実は、現時点ですでに魔王の瘴気は問題にならないってことでは?」
「――あ」
「考えてみりゃ、あんな魔物がガンガン出てくる場所に何日も籠ってたのに、私たち、何も異常ないよね?
つまり、オリさんの加護は有効でばっちり効果出してるんじゃあ……」
そういえばたしかに、とカシェルは唖然とオリさんを見た。
魔王の瘴気というのはとても厄介だ。
濃い瘴気にあてられ続けると、何かしらよくない影響を受ける――例えば魔物に変わったり悪堕ちしたり――ものなのだから注意しろと言われていた。
もっとも、エルフの領域はそういう瘴気が入り込まないよう清浄に保たれてるし、あの森自体、それほど瘴気の影響は受けていない。
だからここまで、私もカシェルも瘴気って言われるほどたいしたことないのでは? などと楽観的に考えていた。
しかし、あれだけ強い魔物が際限なく現れるほどの強い瘴気を浴び続けたくせに、私もカシェルもたいして影響受けてないというのは、実はおかしい。
本当なら、じわじわ魔物の仲間入りしててもおかしくないはずだが――オリさんの加護が私たちのことも瘴気から守っていたというなら納得できる。
「だから、勇者は父に追いついたんだな」
なるほどなあ、と私は独りごちる。
オリさんは、ただ光の神の加護だけを味方に、ひたすら自分を鍛えて魔王を目指したから、とてつもなく時間がかかった。
次代勇者はいろんなところから力を借りたから、最速で魔王へ到達できた。
その差が、あの魔王城での父子の邂逅だったんだろう。
「まあ、今回は私とカシェルがついてるから、オリさんの息子が来る前に全部終わらせられるよ、きっとね」
懸念事項は、次代が手に入れてた“光のカケラ”だが、まあ、行ってダメだったら撤退して次代が追いつくのを待てばいいだろう。
「――ところで、サーリス殿。ここまで流されるままに来てしまったが、ひとつ、聞かせてほしい」
「ん?」
「なぜ、あなたはそれほどまでに多くを知っている? もしや、あなたも神より何かの天啓を賜っているのでは?」
オリさんの至極真剣な表情に、あ、と思う。
そりゃ、何も説明せず、でも自信満々にアレしろコレしろと引き摺り回しているのだ。ごく自然な疑問だろう。
カシェルも私を見る。
適当な言葉でふたりをケムに撒くのもありだけど――
「ええと、天啓とかじゃなくて……信じるか信じないかはどっちでもいいけど、私、前世の記憶があるんだよね」
「前世?」
「サーリスとして生まれ変わる前の、ここじゃない世界の人間だった時の記憶」
オリさんもカシェルも驚いたという顔で瞠目する。カシェルにも、前世のことをまじめに話したことはないのだ。
生まれ変わりの概念はこの世界にもある。だが、生まれ変わった後にその前の記憶を持ってるひとなんて、まずいない。
「そこで、オリさんの息子の話が、ええと、物語として語られてたのよ。
それも、ただ話として聞くんじゃなくて、こっちからもちょっとだけ介入できるような形の物語で」
「介入? もしや、サーリス殿の前世は神だったということか」
オリさんが思わず漏らした呟きに、カシェルがたちまちしょっぱい顔に変わって「まさか」と返す。
ちょっと傷つくじゃないか。
「そんなんじゃなくて、介入って言っても、レベル……息子くんがどのくらいの強さになったら次の戦いで勝てるだろうとか、どういう順番で世界を回ろうとか、そういうのを決められるくらいで、ストーリーは一本道なんだ。
イベントも固定ムービー……避けられない事件はただ見てるしかできなかったし、だから、本当の意味で介入できたわけじゃないよ」
「だが、それでも――」
「だから、私は魔王の倒し方も、次代の勇者であるオリさんの息子のアヴェラルくんが確実に魔王を倒せることも、既定の未来として知ってる」
オリさんがごくりと喉を鳴らす。
それならなぜ、私がわざわざオリさんを助けて魔王と戦おうとするのかと、問いたげな顔で。
「ここからは、あんまり喋りたくないんだけどさ」
私はここで小さく溜息を吐く。
近い将来あなた死ぬから! なんて告げられてうれしい人なんていないだろう。
「オリさんは、魔王へ到達する直前で息子と再会するんだよ。
でも、そこでおしまいなの」
「おしまい? どういう意味ですか?」
「文字通りだよ、カシェル。オリさんは目的を果たせず、自分に追いついた息子に全てを託してそこで死ぬってこと。つまりおしまい」
私の断言に、オリさんはもちろん、カシェルもさすがに言葉を無くして口を噤む。
「前世で見た物語では、その事件……オリさんの死には一切介入出来なかった。
当時の私は子供だったし、それが本当に嫌でさ。全員が笑顔で終わる大団円を信じてたのになんでこんなエンド見せられるんだって、ずっと気に入らなかったの。
オリさんを助けられる裏ワザの話を聞いて、迷わず飛びついたくらいにはね」
当時は本当に子供だった。だからきっとなんとかできる裏ルートがあるに違いないと信じて、何度も何度も繰り返しプレイしたのだ。
勇者のレベルとかパーティ構成とか思いつくことはなんでも試したし、RTAに近いことまでやっていた。
「それでもやっぱり、物語に介入できる方法なんてひとつも見つからなかったの。どう足掻いても、息子勇者に託して父勇者が死んじゃう物語は変わらなかった。
わかるんだ。そのほうが、物語としては盛り上がるからね。
大人になった今は、あの物語のメインに息子が父を越えて成長するストーリーもあったんだって、理解もできた」
けど、だから納得できたわけではなかったのだ。
主人公には、父を助けて共に家に帰る、幸せなエンドを迎えて欲しかった。
行って、そして帰るまでが冒険という物語なのだと、偉いファンタジー作家だって言ってたはずだ。
「でも今、私たちは物語の登場人物じゃなくて実際に生きてるわけで、物語に語られてた事件だって既に確定した過去ではないわけでしょ?
だったらきっと未来は変えられるんだと思う。
オリさんは死なず、追いついた次代勇者と一緒に魔王瞬殺して、無事帰る未来にだってできるはずじゃない?」
「だが、サーリス殿。その物語とは、運命を綴ったものなのでは? それが運命であるなら、やはり俺は――」
「運命だとしても、絶対じゃないと思うんだ。だって、今ここには私とカシェルがいるんだから。
物語には、私もカシェルも登場してなかった。でも、今、オリさんといる。物語に語られてることは既に変わってるんだよ。
つまり、未来も変えられるってことじゃない?」
いつの間にか真剣な顔で考え込んでいたカシェルが、「たしかに」と頷いた。
「サーリスの言葉にも一理あります。
その物語に語られていないことが起こっているなら、すでに未来は未知数なものに変化してるのかもしれません」
「だから、私が前世の記憶持って生まれ変わった意味って、たぶんコレだと思うんだよね。きっと運命の神様が、私に思う存分介入してオリさんを助けろって、ワンチャンくれたんだと思うんだ」
胸を張ってVサインをする私に、オリさんはようやく苦笑を浮かべた。
「なら、俺はその運命の神にも感謝すべきだろうな」
「そうそう。私というチート存在が前世知識をもとに介入しまくって、首尾よくオリさん助けて魔王倒しちゃうからね!」
威勢のいい私の言葉に、カシェルもやれやれと笑って表情を緩めた。
「とは言ってもサーリスですから。足元を掬われないよう注意もしましょうね」
「カシェル、それどう言う意味なの」
ペシっとカシェルの背中を叩いて、私は思いきり顔を顰めてみせる。
「それはそれとして――次の鎧ダンジョンでもがっつり周回するからね。あっちの魔物はここより強いから、もっと回数こなせるはずだから」
「あ……」
また周回か、とオリさんが小さく嘆息して天を仰ぐと、カシェルもたちまちしょっぱい顔になるのだった。
以下、更新が遅れた言い訳です。
先週は夏季休暇だったんですが、DQXIを買ってしまったため、ワクチン副反応が治まり次第ゲーム廃人にしふとしてました。
一週間で60時間、魔王倒して最初のEDまで行けましたよ。
いいですね、ホメロス。すれ違って拗らせて闇堕ちとか、私の大好物じゃないですか。原因のグレイグはほんとお前そういうとこだよ、と何度も突っ込まずにいられない豪放にみせての無神経だし、ほんとそういうとこだよな、と。
ン年ぶりにRPGハマっちゃったよあたい。
おかげさまで、心の中学二年生がめちゃくちゃ元気です。