25.ふう、あぶないところだったぜ
「――え?」
目の前でとんでもない爆炎魔法がはじけて、さすがにこれは駄目だと思ったのに、まだ意識があった。
意識があったどころか……
「生きてる」
「ロッサぁぁぁぁぁ!」
さすがザールの結界だ――と言おうとしたところで、気づいた。
結界が消えている。
少し離れたところからザールが唖然とした顔でロッサを見ていて、もっと離れたところでは、カタリナがロッサロッサと叫びながら魔物を蹂躙していた。
戦い終わって改めて、ロッサは自分の身体を確認する。
あの後、治癒の秘蹟はほぼカタリナに回したから、自分にはほとんど使ってないはずだ。ザールも、強化と弱体その他を優先していた。
「なんで生きてるんだ? 火傷ひとつ負ってないし……」
最後の爆炎魔法を食らった時、ザールの結界はさすがに保たなかったらしい。
つまり、ロッサが感じたとおり、あの時に爆炎魔法の直撃を受けていたのだ。それも、普通よりも強大なものを。
「アレですよ。死なずの加護」
「あ」
そういえば、と思い出す。
勇者を育てる者サーリスは、台地の上へと続くこの洞窟こそが一番の難所で、だからこそ、世界樹に“死なずの加護”を与えてくれるようにと頼んだのだ。
そのサーリスの予想どおりだ。加護が無ければさっきの爆炎魔法直撃で、ロッサは間違いなく死んでいた。
そして、弱ってしまった世界樹の加護は、予定に反して一度きりしか効果を現さない。ここから先、ロッサが死ねば生き返ることはない。
「――カタリナ、もういきなり突撃はやめてくれ」
「うん……ごめんね」
しょんぼりと反省するカタリナに、ロッサは小さく溜息を吐く。
ここからは、本当に慎重にならなければいけない。
「僕とカタリナはまだ一回ずつ加護がありますが、それをアテにすれば油断が生まれます。ここから先は、いっそう慎重に進みましょう」
「うん、わかった」
「斥候のできる者がいればよかったんですが、僕たち三人とも斥候向きではありませんし……それでもなるべく、先を確認しながら進みましょうか」
「そうだな」
そこから先は、潜伏と奇襲に徹して洞窟を進んだ。
進む速度は遅くなるけれど、背に腹は代えられない。何度か戦ううちに、ここをうろつく魔物はどれもこれも侮れない強さのものばかりで、少しでも慢心すればサーリスの予言したとおり命はないと思い知ったのだから。
「白いの三体、それから小さいのが二体と黒くてでかいのが一体」
「あたし、黒いのいくね」
「了解。僕は白いのを抑えるので、小さいのの呪文をお願いします」
こそこそと隠れつつ移動すれば、待ち受ける魔物を先に見つけて奇襲をかけるのはたやすかった。
今回遭遇した三種の魔物も、いきなり出会ってしまえば苦戦するけれど、こちらから不意を打てればそうでもない。
白いのは魔法も接近戦もそこそこだが連携を取ってくるので厄介だ。小さいのは、魔法に長けているけれど接近戦に弱い。黒いのは魔法も接近戦も脅威である。だから、黒いのは魔法を使う隙を与えないよう、カタリナが直接相手をする。白いのはザールが幻術その他で惑わして戦いには参加させないようにする。小さいのは、ロッサが呪文を阻害しながら直接攻撃で仕留める――そういう分担だ。
「――よし、これで終わり、と」
「では、すぐに移動しますよ」
「はーい!」
危なげなく六体を倒し切ったら、次が来る前に速やかにその場を離れて身を潜め、先を急ぐ。ひたすらそれを繰り返し、ひたすら上を目指す。
とにかく時間勝負だからと、倒した後に何かを調べたりするヒマはない。
魔物たちは、もちろん、三人の侵入にはとっくに気づいているだろう。強い魔物ばかりが徒党を組んで現れるのが、その証拠だ。
「勝つのも大変になってきたね」
何度目かの休息で、カタリナがぽろりと零す。
さすがのカタリナでも、ここから先は苦戦が続くと感じられるようだ。
「でも、言うほど苦戦はしないと思いますよ」
「そう?」
「ザールはそう思うんだ?」
けれど、珍しく、ザールが楽観的だ。
「入り口の初戦からここまで、魔物の顔ぶれはあまり変わっていません。つまり、教団の主力の魔物は今出てきているものが中心ってことですよ。
でなきゃ、確実を期すためにもっと強い魔物を投入するはずです」
「そうかな……」
「それに、ここでの戦いもレベラゲとして十分でしょう?」
「あ、そうだね! あたしすっごく強くなった感じするもん!」
「感じじゃなくて、実際強くなってるよな」
カタリナもロッサも、ほっとしたように表情を緩める。
「そうですよ。僕も、以前より魔力に余裕が出てきたように感じてます。
だから、ここを出る頃には、僕たち三人とも、教団を相手にするのに十分なくらい強くなっているんじゃないでしょうか」
ザールがにやりと笑った。ロッサとカタリナも、つられてにやりと笑う。
その後の戦いも、最初に比べればずいぶんと楽になっていった。
勇者の試練でさんざん痛い目にあった“環境効果”も、今は三人の味方だ。
洞窟という制限された空間を活かして、三人は自分たちに有利に戦えるよう場を作り、これまで散々辛酸をなめつつ学んだことを役立てていく。
ここへ入ったばかりの頃は少しぎこちなかった連携も、場数を踏むうちにスムーズになった。今ではお互いの少しの目配せだけで次に何をすべきかがすぐにわかるほどにだ。
「そろそろ着いてもいいころだよね?」
「感覚的にはずいぶん登ったと思うけど……ザールはどう思う?」
「そうですね――数日中には出られるといいんですが」
何日も何日も、時間感覚がおかしくなるくらい日数をかけて洞窟を登っていった。いくらゆっくり進んでいるからといっても、もういい加減台地の上に出たっておかしくないくらいの日数は経っているはずだ。
「あたしたち、迷ってるわけじゃないよね?」
「ほぼ一本道でしたし、隠し通路がありそうな場所もなかったですよ」
「信者が通る道なんだから、迷いやすくはしないと思う」
ときどき不安になりながら、それでも魔物を倒しつつ進んで――
「あ! 明るいよ! 出口だよ! 行こう!」
先頭を歩くカタリナが、真っ先に洞窟の出口を見つけた。
喜びで駆けだしそうになるカタリナの腕を、ザールがとっさに掴む。
「慌てないでください。出口には絶対待ち伏せがいます。これまでどおり慎重に、様子を確認してから行きましょう」
「最後の最後に気を緩めるのは無しってことだな」
「う……わかった。気をつける」
出口を前に、三人は岩陰に身を隠した。
さすがに外のようすまでは伺えないが、出口の外はおそらく開けた場所になっているから、打ち合わせが必要だ。
「外に出たら、風を起こしましょう」
「飛ぶの? もう登ったのに?」
しばし考え込んだ後、開口一番ザールが言う。
「結構な数がいると思うんですよ。それを全部まともに正面から相手をするのは、あまりやりたくありません。
なので、意表を突くのがよいかなと」
「なるほど……あいつら、俺たちがいきなり飛ぶとか思ってなさそうだしな」
「じゃあ、空からやっつけるの?」
カタリナが不敵に笑う。ザールも、その笑顔を受けてにやりと笑う。
「おそらくですが、この洞窟の魔物を使っているヤツもいると思うんですよ。ここまで、魔物たちは結構な連携を見せていたでしょう? 指示を与えているヤツ……つまり、この洞窟のボスがいると思ってよいかと」
「じゃあ、あたしがそいつ殴るんだね」
「基本はそれです。ロッサはカタリナのフォローをしつつ、近くの魔物を優先にお願いします。他は、僕がなんとかします」
うーむとロッサは考え込む。なんとかすると言って、想定外の数がいたらなんとかできるのか。
「やっぱり、まずはどうにかして外のようすを探ろう。数が多すぎたら、見つからないように出ることも考えたほうがいいと思うんだ」
カタリナは眉を寄せる。どんだけいたって蹴散らしていけば関係ない、とでも言いたそうだ。けれど、ザールは少し考えて「……たしかに、慎重論でいったほうがよさそうですね」と頷いた。





