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百周目の勇者と異世界転生した私  作者: 銀月
千年目の邪神復活と滅亡する世界

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18.黒い世界樹

 この世界に神自身が直接介入することは、神々の法により許されていない。

 そのため、フォルケンセ神はここに自身と世界の橋渡しをする世界樹を置いた。その世界樹を中心に形成されたのが聖なる森である――と、伝わっている。


「ねえ、魔物みたいになってるよ?」


 その、いわば神の化身でもある世界樹がどう見ても瘴気の中心……いや、中心どころか今まさに瘴気を噴出中で、その幹も枝も葉も何もかもが黒く魔物じみた姿になっている。おまけに、今にも動き出しそうなどころか、太い枝も細い枝も明らかにざわざわ蠢いている。


「とにかく浄化しないと」

「こんなに真っ黒なのに浄化できるのかな」

「わかりません。でも、やってみないことにはなんとも」


 どれだけ浄化したら元の世界樹に戻るのか、それとももう手遅れなのか。

 その判断すら三人にはつけられない。けれど、「駄目そうだから放っておく」という選択肢はないのだ。とにかくやるだけやってみるしかない。


 カタリナはロッサを守るように前へ出る。ザールも、周囲を警戒しながら魔法の用意をする。

 ロッサは光のしずくを掲げて、いつものように浄化の祈りを――


「あっ」


 世界樹から、シュッと何かが伸ばされた。カタリナがとっさに棘付鎖を振るって絡め取り、断ち落とす。

 鞭のようにしなる細い枝だった。いや、触手と言ったほうがいいかもしれない。


「世界樹が魔物になっちゃったの?」

「わかりません。ですが、あちらはこちらを敵認定したようですね」


 黒い世界樹の枝がざわざわと動き出す。ずずずという振動とともに地中から根を持ち上げ、まるで木の姿をした動物のように地上に立ち上がる。


「やっつけていいのかな」

「――倒しきらないように手加減してください。ロッサの浄化がうまくいくことを祈りましょう」

「ええ……」


 困惑した表情で、カタリナは大きな世界樹を見やる。

 カタリナは手加減が苦手だ。いやむしろ、いつもいつも魔物は初撃で倒すことを目標にしているので、手加減の経験なんてほぼ皆無と言っていい。

 なのに、こんなでかくて強そうな魔物相手に手加減なんてしていいのか。そんなことしたら「先に殴って大ダメージ」を自分が食らってしまうのではないか。


「そんなあ」


 手をこまねいてたってしかたない。

 だが、どの程度の強さなら「手加減」になるのかわからず、恐る恐るのカタリナの一撃は、もちろん枝にぺしりと叩き落とされた。


「手加減しすぎですよ!」

「だって、わかんないんだもん!」


 もう一度、今度は強めに攻撃してみるが、また叩き落とされる。

 その間にも世界樹はじわじわと距離を詰めてくる。

 このままでは埓があかない。


「――わかりました。いつもどおり全力で行ってください。僕が、カタリナも世界樹も死なないようにフォローします」

「わかった!」


 ザールは仕方ないと覚悟を決めた。それなら安心だと、カタリナが笑顔で走り出す。ロッサはそれを見送りながら、浄化の祈りをひたすらに続ける。


 カタリナの攻撃は今度こそ命中した。

 容赦ない一撃に油断ならない相手だと判断したのか、幹を震わせた世界樹が、ゆらゆら揺らめかせるだけだった枝をすべてカタリナに集中する。

 ザールはカタリナに防御と回復を唱えながら、カタリナがやり過ぎないようにと気を配らせる。

 こんなに瘴気に冒されてしまったといっても、いちおう神の化身に等しい存在だ。倒してしまって本当によいのかがわからない。カタリナがやり過ぎたら、即ザールが回復の秘蹟で死なないようにしなければならない。

 いつもの戦いより、ずっと疲れる戦いである。


 それでもひたすら応戦するカタリナと、黒い世界樹以外にたいした魔物がいないおかげで、ロッサの浄化の祈りが完了した。


「足りません、もっとです!」

「そんなに!?」

「ロッサがんばってー!」


 浄化を一回やっただけじゃ、世界樹は黒いままだった。ほんとうにこれを浄化できるんだろうか――ロッサの心にそんな不安すらわき上がってくる。

 けれど、この聖なる森全体を覆うほどの瘴気の量を思えば、とにかく気力が尽きるまでひたすら浄化の祈りを唱えるしかないのかもしれない。

 そんなに浄化しまくって、光のしずくは大丈夫なのだろうか。




 結果、ロッサの魔力が尽きるまで、光のしずくはがんばってくれた。

 だが、まだ世界樹は黒いままだ。


「ザール、どうしよう。俺、もう無理……」

「これ使ってください」


 ぽいと何かを投げられたモノをとっさに受け取ってみたら、つい先日見つけたばかりの魔力回復の指輪だった。どのくらいの魔力が回復するかはわからないが、とにかくこれでつなぐしかない。

 ロッサは指にはめてじっと祈る。何を祈ったらいいかわからないが、とりあえず、毎朝、時の神(クァディアマル)に祈る時の言葉を呟いた。

 ちょっとだけ気力が戻ってきた気がする。

 その気力が続くうちに、また浄化の祈りを唱える。




 けれどそうやってどうにか魔力を保たせてひたすら浄化したのに、世界樹はやっぱり黒いままだった。もうこれは駄目かもしれない。どんなにがんばっても無理なものは無理なのだ。

 ロッサが半ば諦めかけたところに、ザールが「カタリナ、そこです!」といきなり大きな声を上げた。


「取ったあ!」


 世界樹の根元に近い幹のど真ん中めがけて、カタリナが棘付鎖(スパイクトチェイン)を打ち込んだ。

 ロッサはもうふらふらだというのに、いったい何を取ったというのだろう。


「ロッサ、あと一回だけ、あれめがけて浄化をお願いします!」

「え、あっ、わかった」


 カタリナが黒い世界樹の中から絡め取った何かを指して、ザールが言う。弱々しい光を纏っているような気がしないでもない何かだ。

 ともかく、ザールがやれって言うなら必要なんだろう。

 ロッサはほとんど反射で浄化の祈りを唱えた。

 カタリナはその何かをザールのところにぽいっと放って、また黒い世界樹の相手を始める。


「“――この地にはびこりし穢れを清め、ここを清浄な場となさしめよ!”」


 ロッサの祈りが完成すると、ザールの腕の中の何かの纏う光が増した。

 と同時に、黒い世界樹が震えて崩れ始めた。


「勝ったあ! やったあ!」


 カタリナの歓声に、「勝ったでいいのかな……?」とロッサは呟いて膝を突いた。ザールもほっとしたように片手に掲げていた杖を下げた。

 心なしか、あたりが明るくなったような気がする。

 黒い世界樹が崩れていくにつれ、噴き出す瘴気が薄れていく。


「ザール、それ、何だよ」

「たぶん、これは世界樹です」


 勝った勝ったと喜ぶカタリナは放って、ロッサがザールに声を掛けると、ザールが気の抜けた笑顔を返す。


「でも、世界樹はもう瘴気にやられて駄目だったんじゃ? 崩れただろ?」

「次の世界樹といったほうが正しいかもしれません」

「次?」


 世界樹も代替わりするものなのか。

 よろよろ立ち上がったロッサが、ザールの腕の中を覗き込む。けれど、そこにはうっすらと光を放つ小さな枝があるだけだった。

 光も枝も、不安になるほど弱々しく見える。


「これが世界樹? たしかに、清浄な力は感じるけどさ」

「えー? 新しい世界樹? 生え替わるの?」


 ひとしきり喜んで気が済んだのか、カタリナも駆け寄って来た。


「僕は森の神(フォルケンセ)の神官位を持ってるんですよ。その僕が言うんですから、間違いありません」

「なら、黒いほうもザールが浄化したほうがよかったんじゃ?」

「神官としての力はロッサのほうが上ですから、適材適所ですよ」


 ザールが笑いながら黒い世界樹の立っていた場所へ行く。

 その後ろをついて行きながら、ロッサとカタリナは首を傾げた。


「ロッサ、ここも浄化してください」

「え。もう無理。ほんと無理。少し休ませて。明日やるから」

「ここにこの枝を植えなきゃいけないんですよ」

「だったら明日にしてくれよ。明日ならしっかりできるからさ」


 さすがにもう疲れすぎてて簡単な浄化しかできないとロッサが必死に首を振ると、ザールは仕方ないですねとようやく頷いた。


「それじゃ、簡易な浄化だけやって、本番は明日にしましょう」


 容赦のないザールの要求で、ロッサはなけなしの体力を振り絞って今日最後の浄化をし――そのまま気絶するように眠ったのだった。



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