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百周目の勇者と異世界転生した私  作者: 銀月
百周目の勇者と異世界転生した私
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3.私の旅

 いよいよ出発である。


 オリさんにも森でできうる限りの装備を用意して、準備を整えた。もちろん、エルフ製の鎖帷子(チェインメイル)長剣(ロングソード)だ。

 ゲーム内ではエルフ装備なんて出てこなかったけれど、人間の一般品よりずっと性能が良くて扱いやすいはずだ。

 たぶん。

 だって、エルフ製の武具ってだいたいどのゲームでもそういう扱いだし。


「まあとにかく。魔王攻略方法なら任せてくれたまえよ」

「どうでもいいですけど……サーリス、その弓と矢筒って」


 得意げに言い放つ私に呆れ顔を返すカシェルは、私の背に輝くピカピカの弓と矢筒を見て「あーあ」と小さく吐息を溢す。


「あ、わかった? とーちゃんの“追尾の弓(ハートシーカー)”と“無限の矢筒(エヴァーラスティング)”、パクってきちゃった。

 だってハートシーカーなら体感で命中二割増しだし、エヴァーラスティングなら延々矢が出てくるんだよ。無駄撃ちと残弾数気にして矢を出し惜しみなんて戦闘中にやりたくないじゃん?」

「……おじさん、今頃泣いてるんじゃないですか?」

「こういうのは使ってこそでしょ。家宝だとか言って神棚に祀り上げてるのバカじゃねーかなって常々思ってたし。

 そういうカシェルだって。ちゃっかり高神官に下賜される力の御印(パワーシンボル)持ち出してるじゃない」

「僕はいいんです。ちゃんと任官を受けて支給されたんですから」

「任官の翌日に辞表送ったくせに」


 なんとも言えない表情で、オリさんが私たちを見る。


「本当に、来るのか?」

「何度も言ったじゃない。ひとりでやったら死ぬよって。冒険も討伐も家に帰るまで終わりじゃないのにさ。

 あとは、私たちこの世界のジモティだし、オリさんだけに任せておくのがそもそも筋違いだと思うんだよね。それに、私は遠隔である程度の補助もできて、カシェルは優秀なヒーラー兼バッファーなの。オリさんがガツガツ魔王殴れるよう、ふたりいれば全力バックアップできるから」


 バンバンと背中を叩いて笑う私に、オリさんも苦笑を返す。


「んーと、それじゃまずは……最初は女神解放しないといけないんだよ、たしか。解放のキーは果ての村の女神の泉にあるから、そこ行ってから封印の塔かな。

 あ、その前に、人間の王様に勇者ですこんにちはって挨拶しないと。一応ね」




 そんなこと言いつつ、私もカシェルも実のところ森を出たのはこれが初めてだったわけだが……なんでもっと早く出なかったんだろう。

 毎日毎日森の中で狩りだけやって満足とか、器が小さすぎやしないだろうか。


 それに、考えてみたら、魔王のことは知ってたくせに、退治に行こうなんてかけらも考えなかったんだよな。

 チート万歳してたわりに。




 人間の王様へのご挨拶は、万事つつがなく終えた。

 王様は、オリさんの「勇者」の名乗りにいたく感銘を受けていたようで、あれこれ便宜を図ってくれることを約束した。


 お城で手に入れた世界地図を広げて、私は迷いなく印を付けていく。

 もちろん、これからオリさんが行かなきゃならない町やら攻略しなきゃならないダンジョンやらの場所だ。


 そして予定どおり旅を進めて、まずは“果ての村”で無事キーをゲットできた。海峡を渡る船を見つけるのに手間取ったけれど、苦労はそのくらいだ。

 途中襲ってきた魔物を粉砕した手応えから、オリさんも私もカシェルもレベルは十分だろうとも思えた。


 “封印の塔”はちょっと入り組んだ地形の、この世界の端っこに、目立たないように立っている。ゲームどおりなら出てくる魔物は悪魔族みたいな魔王の眷属ばかりで、戦闘はちょびっと厳しくなるはずだ。

 まあ、薬だなんだと補助アイテムはしっかり備えたし、憂いはないだろう。




 この世界は女神が作った、とゲームでは語られていた。

 実際、エルフの伝承でも、女神セレイアティニスは己の作り上げた楽園に眷属と信徒を引き連れ移住した、と語られている。

 もっとも伝承では、美しき楽園はその後間もなく現れた魔王によって穢され、常闇に閉ざされた終わりの世界へ変えられてしまったと続くのだが。

 つまり、ゲームで言うところの、魔王は人々を絶望に落とし、世界を“魔界”へと変えてしまったというやつである。


 ゆえに、エルフの女神の神官(ミスティック)たちの秘蹟もだんだんと力を落としている。




 いったいなんだって手をこまねいたまま、エルフがダンマリを続けているのか謎だったけれど……そのことを疑問に思わなかった私ももちろんその謎に含むけれど、単純計算で今から十年後、次代勇者の時代には、もしかしたらエルフは滅んでいるのかもしれない。


「うわやっべ、マジやっべ……つまり私は救世主ってこと? チート過ぎだし設定盛りすぎなのでは」

「サーリス、妄想してないで早く左なんとかしてください」

「あ、ハイ」


 カシェルの言葉に、左から現れた魔物に慌てて氷の矢を放つ。俗に“鞭の悪魔”と呼ばれる魔物は、たちまち凍りついた足のおかげでそれ以上近づけない。

 その隙に、カシェルはオリさんを回復させる。


「さすが、キッツいよねえ。この塔全体が魔物の巣って感じ。魔法使い欲しいわー。“焼き払え!”てやってほしい!」

「悪魔族に魔法も炎も効きにくいはずですけど」

「わかってるよ!」


 粛々と魔物を倒すオリさんをその後ろから魔法矢で援護しながら、私は溢す。


 そう、何かが足りないと思ってたが、我々は深刻な魔法使い不足だったのだ――とはいっても、すぐにスカウトできそうな野良魔法使いなんて、これまでまったく見かけなかったのだけれど。


 ま、いないものはしかたない。

 私は気持ちを切り替えて、オリさんに倣って粛々と矢を射っていく。

 対象が物陰に隠れようと問題なく当たるし、対象の弱属性も付与できるし、つくづく魔弓使い(フェイアーチャー)になっておいてよかった。




「というわけで、やっと到着しました」


 塔の最奥……というわけではない。

 ゲームではどんどん風化が進みバキバキに抜け落ちていた床は、まだ無事だった。アレだろうか。魔王の力が強まるほど、ここの風化が進むというシステムなのか?


 パッと見には、ただの打ち捨てられた神殿跡のように見えるけれど、ここの女神像こそが正真正銘、女神の封じられし聖なる神像なのだ。


「オリさん、そのキーアイテム……ええと、聖なる女神の御印を、その像の胸の窪んだところにはめてください」

「わかった」


 半信半疑のオリさんは、それでも神妙な顔で取り出した御印を、指示どおりに神像のいかにもな場所へと押し付ける。

 たちまち闇を祓う聖なる輝きがあたりに満ちた。

 この世界に生まれて初めて「眩しい」と感じるほどの光が、フロアを照らし出す。


『やっと現れたのね。わたくしの聖なるしもべが』


 柔らかい声が頭の中に響く。

 神像を見れば、そこに二重写しになるように、美しい女エルフの姿があった。


「――しもべ?」


 オリさんが、思わずというようすで聞き返す。


『ええ。この楽園はわたくしの創り上げた世界なのですよ、当然でしょう。わたくしの力でなくては、この世界を救えないのです。

 さあ、ここまで辿り着いたお前を聖なるしもべとして迎え、力を授けましょう。わたくしにお前の信仰を捧げなさい』


 は? 信仰? 捧げろ?

 そんな設定あったっけ?


 見れば、オリさんの眉間には深い深い皺が寄っていた。


「女神よ……ではなぜ、あなたの信徒から“勇者”を選ばない? 俺に神託を授けたのはあなたではなく、光の神のはずだが」

『それは――』

「そもそも、あなたの力無くてはこの世界を救うことはできんと言うが、ではなぜ魔王なぞに封じられていたのだ?」


 あ、まあ、たしかに。

 魔王はこの世界に現れてすぐ、女神を封印したってのが設定だったはず。

 ……つまり、女神って魔王より弱いのでは?


『わたくしは、別に魔王に封じられたわけではありません。魔王の穢れに侵されぬよう、わたくし自らの手で自身を封じただけなのです』

「なぜ、己を封じる前に、戦わなかった」

『戦いの女神でもないわたくしに戦えと?

 光の神はお優しい方。か弱きわたくしに、こうして強いものを選び、わたくしに寄越してくださったのです。

 ならば、わたくしの元に来たお前がわたくしに信仰を捧げ、わたくしのしもべとなるのも道理にかなっているでしょう?』

「――道理なわけがあるか!」


 一応、カシェルはこの女神の神官(ミスティック)だったはずだけど……と見れば、どうにもしょっぱい顔になっていた。

 私も、そうだよな、と頷いてしまう。


 この女神、他力本願すぎやしないか。


 自分の世界という割に、世界を放ってさっさと自分を封印して魔王の手を逃れるあたり、自助努力とか足りないのではないか。


「俺が与えられた神託は、光の神の名において魔王を倒し、人々を救えというものだ! 貴様のしもべなぞになることではない!」

『なんと……わたくしという神を前に、なんと不遜な』

「貴様が神だというなら、なぜ自らの手で信徒を助けようとしない!」

『そのために、光の神がお前を寄越したのではなくて?』

「知らん! 俺の受けた神託に貴様のことなど触れられていなかった――つまり、貴様の力などなくても魔王を倒すことはできるということだ。

 貴様はその像に引き篭もったまま、ただ見ていればいい!」


 オリさん、ガチ切れである。

 気持ちはわかる。信仰とか、たとえ神であっても他人に押し付けるもんじゃない。宗教が原因で戦争すら起こることを、女神は知らないのか。

 その女神のこめかみに、ビキッと青筋が立ったような気がした。


『――お前のような不遜で不敬な輩に、わたくしの助力を与えることは決してないでしょう。疾く去りなさい』

「言われなくても、二度とここに来ることはない!」


 オリさんはくるりと踵を返すと、女神を一瞥もせずにずんずん歩き去る。

 私とカシェルも、慌ててその後を追った。


 カシェルはしょっぱい顔のままで、私もまさかこんな裏設定があるなんてと考えて――


「あれ、これでカシェルが秘蹟使えなくなったら、私たちヤバくない?」


 これはすぐに検証しないといけない。

 それに、この先の手順を考えるに、女神の加護以外で魔王の瘴気をなんとかする方法も見つけないと、魔王城攻略まで辿り着けないのでは?



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