5.邪神を崇める教団、て
ともあれ、あの洞窟での試練のおかげかそれとも自主的に始めた“レベラゲ”だからか、今回は三人ともあまり鬱屈するものは感じていなかった。
何しろ、倒せば倒すほど目に見えて強くなるのを実感できる。
昨日より今日のほうが同じだけ魔法を使っても疲れないし、魔物を一匹倒すまでに剣で斬らなきゃいけない回数だってじわじわと減っている。
「ねえ、どれくらい強くなったら塔に行く?」
「そうですねえ……そろそろ塔の周辺か最下層の魔物で様子を見ましょうか」
「でも、あそこは試練の洞窟とは違うんだ。塔に入ったら魔物に気づかれて一斉に襲ってくるんじゃないか?」
「こそこそ隠れて殴ればいいんじゃない? で、見つかったら逃げて、またこそこそ魔物狩りに行くの。なんか楽しそう」
何が楽しいのかと返そうとして、ロッサははたと考える。
たしかに悪い手ではないんじゃないかと。
「塔の魔物は無限に湧いてくるわけじゃなさそうですし……カタリナの作戦も、ありかもしれませんね」
「でも、魔物って瘴気から生まれるんだろ? あの塔の中に瘴気だまりみたいなのがあったら、魔物は減らないぞ」
「それはないと思うんですよ。瘴気だまりがあるにしては、このあたりの魔物が少なすぎますし」
「そうかなあ……」
「ドラゴンの王様がくれたあの珠、瘴気をきれいにするって言ってたでしょ? だから、瘴気だまりも見つけて片っ端からきれいにしちゃえばいいよ」
断言するカタリナに、それもそうかと納得する。
そもそも、塔の魔物を駆逐することも目的のうちなのだ、瘴気も積極的に探し出して浄化する方針で問題ない。
そこからの行動は早かった。
すぐさま塔へ乗り込み、最下層を調査しつつ荒らし回る。
前線担当のカタリナが「やっと手応えのある戦いができる」とやる気に満ちあふれているおかげで、戦闘での勢いも止まらない。ザールかロッサの制止がないと、どこまでも“ガンガン行こうぜ”で魔物を狩り出していく。
「カタリナ、俺もザールもそこまで体力お化けじゃないんだから、もうちょっと考えて抑えろよ」
塔の最下層のほぼすべてを狩り尽くした後、威勢良く「残党狩りだ!」と走りだそうとするカタリナを、ロッサが引き留める。
「休んでていいよ。このあたりの魔物、だいぶ弱く感じるようになってきたし」
「馬鹿言うな、そういう油断が命取りになるんだぞ」
カタリナは「でもお」と頬を膨らませるが、それでもロッサの言葉は無視できずに立ち止まる。
「もうちょっと暴れたい」
「休むのも“レベラゲ”のうちですよ。ちゃんと休息を取らないと、身体が思うように動かなくなりますから」
「わかってるけどさあ」
ちぇーと言いながら剣を納めて戻ってくるカタリナに、ロッサとザールはほっとする。この三人で一番体力のあるカタリナに合わせて行動したら、絶対に保たない。疲れ切って夜を迎えるのはさすがに危険だ。
そろそろ野営の準備をしなきゃいけないからと、良さそうな小部屋を選んでそこを拠点とすることに決めた。
「いちばん夜中はあたしが番するね!」
いつものように、夜番は三人で三交代だ。最初はザールで次はカタリナ、最後はロッサである。
携帯できる食べ物で簡単な夕食を取って、寝るまでに三人であれこれと話をするのも、いつもどおりだ。
「瘴気って、なんで湧いてくるんだろう」
「伝説では、最初の魔王が世界を守る殻に穴を開けたからだと言いますね」
「でも、穴は塞がったじゃない」
「塞がったけど、その時入ったヒビが残ってるんだよ。大きな穴は無くなったけど、ヒビ全部きれいにするのは神様でも無理だったって話だ」
「ヒビかあ……糊で皮貼って直すみたいにできないのかな。木の扉のヒビなら、それでなんとかなったよ」
「世界の殻と扉を一緒にするなよ」
そうならいいなって思っただけだもん、とカタリナがまた頬を膨らませる。
三人とも同じ歳だが、一番生まれ月が早いのはカタリナなのに、一番子供っぽいのもカタリナだ。
たぶん、上に姉と兄がいるから、末っ子として甘やかされたんだろう――そのわりにゴリラだけど、とロッサはくすりと笑う。
「それにしても――」
と、ふと思いついたようにザールが口を開いた。
「邪神って、たしか破壊とか滅びとか、そういうものの神のはずなんですよ。なんでそんな邪神の教団がこんなに大きくなったんでしょう」
「魔物はともかくとして、気に入らないもの全部壊したいヤツが多いだけなんじゃないか?」
「それにしても多過ぎますよ。邪神の“破壊”も“滅び”も自分自身を含むんです。世界を全部壊したうえで自分も死んで消えてしまおうなんて考える人が、そうそうたくさんいるとも思えません」
「そんなに考えてないんじゃないの? とりあえず気に入らないから壊しちゃえって考えるだけの人なら、多そうだし」
「そう単純な話ですかね……だいたい、セオリーに沿って考えるなら、破壊したあと何かを創るまでがセットなんですけどね。
それとも、創世の女神が復活する前兆ってことなんでしょうか」
伝説では、最初の魔王に封じられた女神は、その封印が解けたあとも力を取り戻しきれず、森の神にこの世界を任せて長い休息に入ったのだと語られる。
邪神である破壊の神が創世の女神と対になる神だというなら、女神の復活が近いからこそ、邪神も力を増したのだとも考えられる。
「それじゃ、邪神を倒すのはまずいってことにならないか?」
「さあねえ。そのあたりは“死の台地”に登ってから考えましょうか。何しろ、邪教の信徒が本当に世界の破滅だけを目的にしてるのかもわからないんですし」
いつの間にか、こくりこくりとカタリナが舟を漕ぎ始めていた。
興味のない話でつまらなくなったせいだろう。
「それじゃ、最初の番はよろしく」
「はい」
カタリナを毛布に包んで転がして、それから自分も毛布に包まると、ロッサはさっさと横になった。
* * *
塔の調査は順調に進んだ。
どうやら、塔の主である魔物は上から降りてくる気がないらしい。
上に行けば行くほど魔物が強くなるところを見ると、予想外ではあるが瘴気だまりが上にあるのだろう。主が動かないのは、そのせいかもしれない。
「あまり急がず、確実に進みましょう」
もう、半ば以上の階層まで登ってきている。フロアは狭くなってきたし、何より、万が一下と上から挟まれれば逃げ場はない。
確実に魔物を駆逐してから上に行かないと、命取りになる。
カタリナを先頭に立てて真ん中にザールを挟んでロッサがしんがりを守る。
それがいつの間にか三人の約束になっていた。ひと通り駆逐できたと思ったあと、もう一度フロアを回って残党がいないかを確認して次の階層へ上がる。
ここまで五回繰り返した。高さから考えると、残った階層はあとふたつかみっつだ。そろそろ、主の魔物も近い。
「ね、この階段、今までとなんか違うよ」
カタリナが次の階層へと登る階段を見上げて、それから振り返る。石を組み上げた階段は今までよりも幅が広く、立派なものだった。
「ずいぶんすり減ってるけど、彫刻なんかで飾られてたみたいだ」
カタリナの隣に立って、ロッサが登り口をじっくりと観察する。
「あと数フロアと思っていたけれど、次が最後の階層なのかもしれませんね。塔を建てた魔法使いが、下層部分を部外者避けにあてて上だけを自分の住まいとして使うという話を聞いたことがあります」
「――つまり、この階段登ると主がいるってことだね!」
戦いの予感に、カタリナが目を輝かせた。ここまでさんざん戦ったおかげで、錘入りの鞘に納めた剣も木刀か何かのように振り回せるほど、力が増している。
この塔で“レベラゲ”した成果を試したいんだろう。
「なら、ちゃんと準備をしていこう」
ロッサははやるカタリナを眺めながら、防御の加護に強化の加護……それから、他にもさまざまな加護をかけ直していった。
扉のヒビは、もちろんカタリナちゃんがうっかり入れちゃったものであり、皮の応急処置は隙間風を防ぐためにやったものだった。
女神様の伝説は、最初の魔王が倒された時、現実を受け止めきれなかった一部の神官が「こうだったらいいのに」的に願望を織り交ぜた創作がいい感じに伝わっちゃったんでしょうね。





