序.城、襲撃される
「陛下、外門を突破されました!」
「民の避難状況はどうした」
「八割ほどが内門へ移動しましたが……」
「急がせろ。第三の騎士団を市街に回せ!」
月影の国の王都は、現在襲撃されていた。
もっとも、隣にある火輪の国に攻められたわけではない。
百年ほど前、この国の王女と破邪の国の王子が婚姻を結んで興った火輪の国との関係は現在も友好だ。
火輪の国の向こう側にある破邪の国との関係だって、言わずもがなだ。
ではどこに襲われているのかといえば……
「魔物と人間の混成部隊とは、よくもまあ集めたものだな」
月影の国の女王は火の上がる城下を見て、考える。
たかが魔物であれば、こうも遅れを取ることはなかったろう。城下に入り込まれる前に退けていたはずだ。
「ロッサ」
「はい」
「お前は火輪の国と破邪の国への伝令に立て」
「姉上と母上は残るんですか? そりゃたしかにおふたりなら戦力として十分かもしれませんけど、そもそもこの襲撃は父祖カシェルが予告していたものでしょう? だったら、俺より姉上が――」
「そう、これはお前の予想通りの有事だろう。だからこそ、お前が二国への使者となるんだ。女王と王太女は、今から国の守りで手一杯になるのだからな」
ロッサはくっと唇を噛む。
たしかに、母と姉ならこの襲撃も凌ぎ切れるだろう。だが、だからこそ、伝令に立つべきは姉なのではないか。
ここで伝令となる者が、後に“勇者ゴリラ”の称号を得ることになることを考えれば、この役目は姉のほうこそ相応しい――
ふ、と母が笑った。
「大丈夫。わたしはお前だからできると判断し、信じて送り出すのだ。お前は決して力不足ではないよ」
言い聞かせるような調子に、ロッサはたまらず大きく息を吐く。
「――わかりました。母上、ご武運を」
一礼し、くるりと踵を返したロッサは、そのまま振り返らずに、王座の間を退出した。
この月影の国の父祖とされる女神の使徒、貴きエルフ族であるカシェルは、今からおおよそ百年前、いくつかの予言を遺して忽然と姿を消した。
彼の善き相棒であり勇者を育てる者サーリスは、カシェルよりも少し先んじて姿を見せなくなった。
貴き御使いがなぜ姿を消したのか。
呼応するように魔物がじわじわと数を増し、不浄なる神を崇める教団の噂が聞こえ始めると、かつて魔王が女神を封じたように、邪教の神にとって目障りなふたりを封じたのではないかと囁かれるようになった。
破邪の国、火輪の国、月影の国……三国が何をしようが魔物はどんどん数を増し、邪教に堕ちる人間も増えていく。
そして今日になってとうとう、サーリスとカシェルのふたりが警告したように、邪神復活を目論む邪神教団が姿を現した。
この月影の国を沈めるべく、牙を剥いたのだ。





