15.伝説の勇者の遺したもの
そもそも、テル坊は魔王を押していた。
あたりまえだ。そこまでレベルを上げずともソロクリア可能なシナリオなのに、テル坊は本来の仕様を越えたゴリラだったのだ。おまけに、私たちという援護もあって、負けるわけがない。
イレギュラーな要素としては、「殺さずに魔王の矜持をへし折らなければいけない」という縛り要素くらいである。
ゲームじゃ、魔王改心ルートなんてものが追加されたことはなかったしな。
だが、続編でちらりと登場して「もう敵対はしない」みたいなことを言ってた記憶がほんのりとある。だから、はっきりとシナリオでは言及されてなくても、魔王が改心しておとなしくなるルートもあるということだ。
たぶん。
そして、今私が全力で注意を払っているのは……「魔王を殺さない」ための回復支援である。
いかにタクティカルなコンボを組み立てられ、かつダメージ計算を完璧にできたとしても、ゲームとは違ってHPを数字で確認できるわけではない。
あくまでも、「残HP1まで追い込め」は比喩的なたとえでしかない。
もうちょっと殴ってもイケるだろうと思ったらトドメ刺しちゃった……じゃ、目も当てられないのである。そんなことになれば、次は怒り狂ったグリトラと戦闘なんてことにだってなりかねない。
ドラゴン戦連チャンはかまわないが、後味が悪いのはごめんである。
なので、もうこれは消化試合だろうという様相が明らかになった後、私とカシェルはテル坊がうっかり強く殴り過ぎちゃっても大丈夫なよう、魔王が死なないように回復待機へとシフトしたのである。
「――そうは言っても、さすがドラゴンですね」
カシェルは感心したように呟いた。
そう、魔王はさすがドラゴンだった。いつまでたっても白旗を上げないという意味で。
いい加減負けは見えてるというのに、絶対に抵抗を止めないのだ。
「プライドじゃお腹は膨れないんだけどなあ」
テル坊のそばではガリルーが呪歌まで使って降伏勧告をしているというのに、絶対に負けを認めようとしないのである。
「……しかたない、あんまりやりたくなかったんだけど」
「サーリス?」
「強制起き上がりこぼしとか、やっちゃおうか」
「おきあがりこぼし?」
「平たく言うと、君が泣くまで僕は殴るのを止めない作戦」
「は?」
怪訝そうな顔で、カシェルが振り向いた。結構エグい作戦だし、カシェルの反応もさもありなんだろう。
「つまり、遠慮無く殴って死にかけたらカシェルがちょっとだけ回復してまた死にかけるまで殴るを、魔王が折れるまで繰り返すの。話の中なら大抵の悪党が数回繰り返すうちにごめんなさいしてたから、ドラゴンにも有効じゃないかなと」
「――悪魔のようなこと考えますね。ただの拷問じゃないですか」
「そうかなあ?」
「カステルの情緒にも悪影響でしょう」
「あー、うん……じゃあ、テル坊と交代して私が全力で甚振れば――」
「そういう問題じゃありません」
ちぇーと口を尖らせる私に、カシェルがしょっぱい顔になる。
「そんな拷問を行わなくたって、カステルは――」
「もう、もう止めるのだ、我が背の君よ!」
カシェルが言いかけたところで、広間の扉がドカーンと轟音を上げて開き、グリトラが飛び込んだ。
もう我慢の限界だったのだろう。剣を止めたテル坊と魔王の間に身体をねじ込ませ、「勇者どの、どうか御慈悲を」を哀願する。その姿に、私は「ドラゴンも哀願するんだ」なんて変なことを考えてしまう。
魔王は何を考えているのか、驚愕を顔に浮かべ、おとなしくグリトラにかばわれるがままだ。
「元はと言えばこの城に残る瘴気に当てられたことが原因なのだ。その時にこの方を止められなかった妾にも責任はある――どうか、どうか、ここは妾に免じてこの方を許してはもらえぬだろうか、ゴリラの称号を持つ勇者よ」
「グリトラ……そなた、どうして」
「妾はあなたのつがいとして定められたドラゴンです、愛しい背の君よ。
あのとき、妾がもっと真摯にあなたの悩みを受け止めていれば、あなただってこんな瘴気に流されることなどなかったでしょうに」
ん? と、テル坊が首を傾げる。
カシェルも、ん? と首を傾げる。
「――悪いのは魔王ではなくて、瘴気っていうやつですか?」
「そう、そうなのだ、勇者よ!」
これまで、魔王自身の名誉のために黙っていたが、魔王となったこのドラゴンは、王となるべき卵から生まれたものの、ドラゴンにしては他人からの評価を気にするちょっと気弱なドラゴンだったらしい。
そして、気弱ではドラゴンの王として君臨できない。
成長していろいろわかってくると共に、もしや自分は性格的に王に向いてないんじゃなんて悩みまで抱えるように……だが、周囲の理解を得られず、「あなたこそがドラゴンの王なのです」というプレッシャーに追い立てられる毎日を送るうち、思いあまって飛び出して――
「この魔王城に辿り着いて、ただよう瘴気に当てられて、ついつい魔王を名乗って手始めにお姫様誘拐を企てた、と」
グリトラが必死にこくこくと頷いた。魔王はちょっと気まずげな顔で視線を逸らしている。
カシェルはしょっぱい顔のままだし、ガリルーは良いネタを見つけた時の顔で目を輝かせている。
テル坊は「そっかあ」なんて痛ましげな顔で話を聞いている。
「ちなみに、なんでお姫様誘拐だったの?」
「モノの本で、ドラゴンは姫を攫うものだと……」
ああうん、物語ではありがちだもんな、と私も頷いた。
魔王は大きな溜息を吐く。
「こうなっては仕方ない。潔く負けを認めよう。我を殺して首を取るがいい、勇者ゴリラよ。我はすでに魔に自身を委ねた身だ」
「でも、瘴気なら浄化できるんじゃないですか?」
「無理だ。お前が光の神の使徒であり、スラニルの輝きを手にしているというなら別だが、そうではないのだろう?」
今度は私が、ん? と首を傾げた。「スラニルの輝き」という単語には聞き覚えがある。たしか、それはアベちゃんが地上で魔王の影を倒した後にゲットするアイテムだったはずだ。
「あー! そういう風につながるんだ!?」
「サーリス?」
「やっぱアベちゃん送還前に、ちゃんと勇者セット置いてってもらわないとだめだったんじゃん!」
私は頭を掻きむしる。
アベちゃんが帰れなくなってこの世界に骨を埋めることには、ちゃんと意味があったのか。でも、どう考えてもアベちゃんとオリさんはセットで元の世界、すなわち家に帰すのが最善だったのに。
頭を掻きむしりながら、他に何か手段はないものかと考えて、考えて……
「カシェルさ、この前、最高位の時の神の神官になれたかもって自慢してたよね」
「言いましたが自慢はしてません。最高位の秘蹟を下ろしてもらえるようになったと言っただけです」
「その秘蹟で、ポリっと浄化してよ。この魔王の瘴気とか」
「……時の神はそういう神ではありませんが」
「いや、神なんだからそのくらいやってくれたっていいじゃん?」
無茶を言うなとカシェルに睨まれる。いかに神であっても、その神格が司るべき範囲は決まってて、それを越えるようなことはできないのだ、と。
「……スラニルの輝きって、きらきら輝く光の玉ですか?」
「そんなんだった気がする。実物は見たこと無いけど」
テル坊が「うーん」と唸りながら、そんなことを聞く。
アベちゃんに実物を見せてもらう暇がなかったので実物は知らないが、ゲームじゃかっこいい台座にはまった輝くオーブみたいなイラストで描かれていた。
「僕の実家の祭壇に祀られてたのが、たしかスラニルの輝きだったと思うんです。あれをこっちに持って来れれば……」
テル坊がそんなことを言いながら、カシェルを見る。
「カシェル師匠、神様にお願いして、持ってきてもらうことはできますか?」
「え、いや、それは……」
「神様もきっと、こういう悪いものを放っておくのは不本意じゃないかと思うんです。実家から光る玉を持ってきてもらうくらいなら、お願いできませんか?」
カシェルならきっとやってくれる。
そんな期待に満ち満ちたテル坊の視線に耐えられるカシェルなんていない。
「し、仕方ありません……ダメ元でやってみましょう」
そんなツンデレ風味のセリフを吐いて、カシェルはテル坊の期待どおり、最高位の秘蹟を通じて、時の神にアベちゃんが祭壇に残したはずだというスラニルの輝きをここへとお願いすることにしたのだった。





