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百周目の勇者と異世界転生した私  作者: 銀月
百周目の勇者と異世界転生した私
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2.私の旅

 善は急げというのは、きっと万国万世界受けする概念だ。

 そんなことを考えつつ、片手にカシェルを掴んだまま、私はふんふんふーんと鼻歌を歌いながら藪を突っ切っていく。

 ――が、違えようもないその匂いに気づいて、いきなり足を止めた。


「サーリス、なんですか急に――」


 開きかけたカシェルの口を咄嗟に手で塞いで、鋭く「黙って」と囁く。


「血の匂いがする」

「え?」


 カシェルの表情も、たちまち緊張したものに変わる。

 さすがの私だって野生のエルフ生活は長いのだ。前世がいかに平和ボケしていたとしても、このくらいは何の迷いもなく嗅ぎ分けられる。

 なにしろ獲物を捌いて処理するまでが狩りだし、魔物とだって戦うのだから。


「カシェルはここで待ってて。見てくるから」

「気をつけてください」


 森の中の偵察は私のほうが得意である。

 カシェルもすぐに大人しくその場にしゃがみ込むと、気配を抑えた。私は藪を揺らさないよう細心の注意を払い、そろりそろりと血臭へ向かって移動する。


「――カシェル、こっち来て!」

「サーリス?」

「早く! 死にそうな行き倒れがいる!」

「ええ!?」


 慌ててガサガサ藪を掻き分けてやってきたカシェルに、私は足元に倒れ伏した血塗れの誰かを示した。

 そこには鎧を身につけた大柄な男が、血に塗れて倒れている。かなりの重傷だ。虫の息と言っていいだろう。

 カシェルはすぐに男の傍に膝をつくと、もぞもぞ祈りの言葉を唱え始めた。


「ねえカシェル。これどう見ても人間だよね」

「人間ですね」

「あー、森に入れるわけにいかないかあ。どこに置いとけばいいかなあ」


 そう、倒れてたのは人間だった。

 エルフではない。

 ここは森の中で、しかも結構な奥のほうだと思う。それこそ、普通、人間なんて入って来ないくらいに。


「こんなとこまで入って来るから、襲われて死にかけるんだよねえ」


 カシェルが頷きながら、人間に回復の秘蹟を施していく。


 森の、エルフの領域に人間を招き入れるのは御法度だ。

 だから、森の外に捨ててくるしかない。


 けれどカシェルがこの場で最大限回復させたとしても、動けるようになるまではしばらくかかるだろう。

 そんな人間をそこらに放り出すのは、さすがに気が咎める。

 どうしたものかと考えて、私は「しかたない」と腹を決めた。


「私のとっておきの秘密基地に連れてくか」

「秘密基地? いい歳して何作ってるんですか。どうせどこかの洞窟に野営セット持ち込んだようなものでしょう」

「いいじゃない。そういうチープ感がたまらないんだからさ。それに、そこなら魔物避けの香草も貯めてあるし、領域の外側だし、誰にも怒られないよ」


 カシェルが小さく溜息を吐く。

 幼い頃からいつも、なんだかんだ最後まで付き合ってくれるのが、カシェルという幼馴染なのだ。


 強化の秘蹟をもらって男を担ぎ上げた私は、カシェルも連れて“秘密基地”へと向かう。

 良い水場も近く、風雨も避けられる小さな洞窟に、何年もかけて板壁や床を張ってちょっとした狩小屋並に設備を整えた、自慢の“秘密基地”だ。

 ここなら安心だろう。


 それにしても――と、私はもう一度まじまじと人間を見つめた。どことなく見覚えがあるのは、私の知る誰かに似ているということだろうか。

 思い切り首を捻ると、私は洞窟を出て、魔物避けの香草を焚いた。



 * * *



「――オリヴァル・ロアレス?」


 へえ、と感心しながら、私とカシェルは人間の名乗りを聞いた。

 男はあれから三日ほどで起き上がれるようになっていた。


 そして、なんと、彼は勇者だという。

 勇者というともっと若い、ティーンエイジャーくらいの少年を想像するものだが、彼はどう見ても三十は超えている。

 エルフならわからないかもしれないが、前世が人間だった私にはわかる。

 勇者、勇者ねえ、とカシェルが訝しむように男――オリヴァルを見つめた。


「その、人間の勇者が、なぜあんなところに倒れてたんです?」

「俺にもわからない。魔王の眷属との戦いは、確かに俺の劣勢だった。だが、何かに呼ばれたような気もして……」


 オリヴァルの話はこうだった。

 魔王討伐の神託を受け、勇者として国を出た。

 そして魔王目指して戦いの旅を続ける途中、オリヴァルを脅威と見たのか、魔王の眷属に奇襲され、ああして死に掛けてしまった、と。


「なんかどっかで聞いた話だ……」


 私はまた首を捻る。

 このオリヴァルの見た目といい行き倒れた経緯といい、細かく聞けば聞くほど、私の記憶が刺激されるのだ。

 主に、前世の方の記憶が。


 と、急に閃いた気がして、私はパッと顔を上げる。


「――いや、ちょっと待って。勇者オリヴァル? もしかして、嫁と子供いない? 嫁と息子ひとり。オリさんそっくりな」

「いる……が、なぜ知っている?」


 今度はオリヴァル――どうにもヴの音が出しづらい――が驚く番だった。

 けれど、私はつい今しがた頭に浮かんだものに気を取られ、それどころじゃない。


「勇者オリヴァルは幼い息子と愛する妻のため、平和な世を望んで旅立った。

 けれど十年前、その消息は途切れ……志半ばにして、魔王の放った刺客との戦いに敗れたのだと伝えられる。

 だから、勇者の子アヴェラルは決意したのだ。

 自分こそが、勇者たる父の遺志を継ぎ、次代の勇者になると――」

「サーリス?」


 オリさんはさらに大きく目を瞠り、私を凝視する。

 カシェルはいつもの妄言が始まったのかと、大仰に溜息を吐いている。


「ええと……オリさんて、ここをどこだと思ってる?」

「魔界……ではないのか? 魔王の君臨する常闇の世界だ」

「あー、うん……」


 たしかにこの世界、夜が明けても薄暗いもんなあ。

 常闇の魔王の世界――つまり魔界と呼ばれてもおかしくない。


「それより、あなたはなぜ俺の息子の名前を知っている?」




 結論からいうと、ここは私が死ぬほどハマったコンシューマーRPGの世界だった。

 細部は違っているけど、どう考えてもそうだった。

 百年生きてて初めて知る現実だった。


 なんで気づかないんだよと言われても、気づかなかったんだからしかたない。

 ゲームじゃ魔王がいるのは「魔界」だったし、この世界の創造主たる女神セレイアティニスは単に女神としか呼ばれてなかったし、ゲームには人間しかいなかったし、エルフなんてチラリとも出て来なかったし。


「なにしろ時代は8ビットでデータ単位もキロバイトだったんだよ」


 はあ、とオリさんが頷いた。


「シナリオだって一本道で、私はドットの荒い固定ムービーを黙ってじっと見てるしかできなかったんだよね。一応、なんちゃってでも選択肢はあったけどさ」


 あのドット絵の世界とここが同じだなんて、どうやって気づけというのか。

 無茶振りにも程がある。


すべてが確定した(シナリオの)結末に向かって、ひたすらレベラゲとアイテム集めとダンジョン攻略しながら進むわけ。あとはレアアイテムのドロップ狙いで猿みたいに魔物狩りしたこともあるけど、それはさすがにすぐ飽きたから、やり込み要素ってそのくらいだったよね」

「――彼女は何の話をしているんだ?」

「呪文か祈りとでも思ってください。時々ああやって意味不明な戯言を垂れ流すんです。発作みたいに」


 頭を抱え込んであれこれ語る私に、カシェルとオリさんがドン引きした顔でそんなことを囁きあう。


「あと五十年早くわかってたらもっといろいろできたじゃん? なんなら、勇者の世界に出張とかできたんじゃない?

 そしたらあの悪夢の固定イベントだって……いや待って。ちょっと待て私」


 そこまで考えてハッと気づいた。

 今は、十六で旅立ったあの勇者の世代ではなく、その父勇者の世代なのだ。

 しかも、ゲームじゃ見てるだけだった諸々に、今はこうして干渉できる。


「今の状況って、もしかして、ここに颯爽と私降臨、てやつ?

 私、もしかしてこのために産まれてきた?

 この世界の不確定要素となり、一本道のシナリオに本来ならば決してありえなかった明るい未来をもたらすために?

 もしや運命は変えられる? 私大勝利?」

「――サーリス、そろそろ気が済みましたか?」


 私の声のトーンが変わったと見てか、カシェルがとんとんと肩を叩いた。

 私はくるりと振り返り、カシェルの手をぎゅうっと握り締める。


「カシェル、やばい。私とてもやばい。どうしよう、推しのためなら世界すら変えられるってこのことかもしれない」

「とりあえず落ち着いて、今度は何の妄想を始めたのか説明してください」


 感激のあまり目を潤ませる私にカシェルはにっこりと微笑んで、いつものように気を落ち着かせる秘蹟を使う。


「――つまり、端的にまとめると、このまま行けば勇者のオリさんは死ぬわけ。魔王まであと一歩というところ、しかも最悪なことに次代勇者の目の前で」


 すーはー深呼吸をした後、私はどストレートな言葉で語った。

 さすがのカシェルも絶句して、訝しむようにオリさんを振り返る。オリさんも私をじっと見つめていた。


「まさかあなたは先見ができるというのか? では、魔王はいったい……」

「あ、そっちは次代がちゃんと倒すから問題ないよ」

「――ならば安心か」

「いや全然。安心なんて遥か先で、もっと重要な問題があるのよ。このままいくとオリさん、あなたが死ぬって大問題が」

「だが、それでも魔王さえ倒せるなら――」


 オリさんの言葉を遮り、私ははあっと大きく、これ見よがしに息を吐いた。


「あのね、私が何度悔しい思いをしたと思ってんの?」

「――悔しい? なぜ、あなたが?」


 訳がわからないという顔をするオリさんに、私はチッと舌打ちをする。

 そう、私は何度も辛酸を舐めたし、何度も悔しさにのたうちまわったのだ。この、勇者オリヴァルのせいで。


「――毎回毎回毎回毎回ひとの目の前で死にやがってこんちくしょうめ」

「ちょっ、サーリス!」

「今加勢すりゃぜってー負けない、魔王の右腕なんざ瞬殺キメたるわって心は荒ぶってるのに、こっちは見たくもないムービー延々と見せられて、ただ突っ立ってるだけで動けねーんだよ。コントローラーいくらガチャっても動けないわけ!」


 慌てて私を止めにかかるカシェルを押しのける。

 私に迫られるオリさんはもちろん、困惑するばかりである。


「いたいけな児童だった私が、“パパが助かる裏技あるんだよ”って騙されて何十回トライしたと思う? 小学生の純情舐めてんの? しかもそれガセだったし」

「――それは、何か、すまん」

「いやオリさんが謝ることじゃないけどね!」


 勢いに押されて頭を下げるオリさんに、私は「そういうわけで決めたから」と告げた。


「勇者オリヴァルの魔王討伐大作戦、私も参戦する」

「サーリス!?」

「いや、それは」


 慌てるカシェルとオリさんに、私はぶんぶんと首を振る。


「そもそもさ、いくら勇者だからってひとりで戦いに行こうってのが間違ってんのよ。数の暴力って言うでしょ」

「だが、俺は回復もできるし、多少なりとも魔法だって――」


 言いかけたオリさんを、私は「あ?」と睥睨する。


「自己回復とか、つまりそれまで叩き出したダメージ無駄にするってことなのわかってる? 中ボスもラスボスも自動回復してくるのにダメージ出せないターンがあるとこっちのジリ貧にしかならないってのに、ボス戦舐めないで」

「あ、ああ……よくわからないが、わかった」

「おまけに、現地人の私らが他人事みたいに引きこもって、外から来た勇者に魔王丸投げって間違ってると思わない? ね、カシェル?」

「サーリス……それはもしかしなくても、僕も数に入ってますよね?」

「当たり前じゃん。ヒーラーのカシェルがいなきゃ早々に詰むんだから」


 やっぱりかと項垂れるカシェルに、私は満面の笑顔で頷いた。


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