9.私の旅
強くなっている。
どう考えても、勇者からスーパーゴリラ勇者に進化したくらい強くなっている。
正直、私はオリさんのポテンシャルと伸び代を舐めていた。
だって、ソロ冒険というハンデはあっても、ゲームじゃ魔王到達前に敗戦のうえお亡くなりになっていたのだ。
あれがオリさんのピークだとすると、実は伸び代あんまりないんじゃないか、とまで予想していたのだ。
「つまり私が、超スーパーな勇者トレーナーだったってことなのかな」
「何ぶつぶつ言ってるんですか。次が来ますよ」
「あ、ハイ」
現在は風雲魔王城周回中である。
さすが魔王のお膝元。いい感じに濃ゆい瘴気からどんどこ魔物が湧いてくる。
すごい。
おかげで経験点には不自由しないけど、休息には不自由する毎日である。
もっとも、この世界にも“経験点”なんてものが実在するかは謎であるが。
そしてさらにすごいのは、無限増殖してるとしか思えないほど無尽蔵に現れる魔物どもを、次々と薙ぎ倒していくオリさんである。
そうか、オリさんはヒトに見えてその実ゴリラだったんだ。
そう考えずにいられない無双っぷりなのだ。
これなら魔王もチョロいのでは――なんてことまで考えてしまうほどに。
これが勇者の本気というやつなのか。
あの大河の魔物を瞬殺した後、私たちは意気揚々と魔王城へと突撃した。
もちろん魔王ご本人へのチャレンジはまだ先だ。
その前に魔王城の魔物でさらに強くならねばならないのだから。
オリさんは今すぐにでも魔王に突撃したそうだったが、そこはグッと耐えてもらった。無茶な突撃は犬死にの素なので。
そして魔王城外郭部から少しずつ内部へ移動しながら、慎重に周回を進めた。
もちろん、うっかり魔王に目をつけられて潰されてもいけないし、休息中の寝込みを襲われてもいけない。
あくまでも慎重にだ。
休息には、ゲームの中でなぜか人間が留まっていたポイントを利用した。
ゲームの中とはいえ、魔王の手下でも何でもない人間がいられたってことは安全だということなのだ。利用しない手はない。
それに、全回復可能なセーブポイントなんてもの、このゲームには存在しない。
8ビットが主流の時代に、そんな親切設計のRPGなんて皆無だったのだ。
全滅すれば、主人公以外全員棺桶になって強制的に最後のセーブポイントへ引き戻されるか、前回セーブしたところからやり直しかの二択しかない時代である。
――さらに言うなら、セーブポイントなんてものがない現状、全滅したらどうなるかなんて言わずもがなというものだ。
全滅以前に、死んだらおそらくはそれまでだしな。
ゲームでだって、呪文や教会で蘇生できるのは次代勇者の仲間だけである。我々がモブである以上、蘇生なんて期待できるわけがない。
「それにしても、オリさんマジ強いな。強すぎて半端ない。これは勇者という選ばれし者のポテンシャルなのか、それとも人間という種族の伸び代なのか」
「どちらにしても、あれなら魔王を倒すのも問題ないのでは? 魔王城の魔物すら、既に敵ではないんですし」
私もカシェルも余裕を持って見ていられるくらい、オリさんの戦いぶりは安定していた。さすが、ソロで魔王ブッコロに行こうと考えるゴリラ勇者である。
オリさんの強さは、勇者だからとか人間だからとかではなく、単に「勇者オリヴァルだから」という理由だけなのかもしれない。
「そうは言っても、万が一に備えるのができる冒険者ってやつなのよ。
私の知ってるゲームシナリオじゃ、オリさんの戦死は揺るぎないイベントだったからね。念には念をいれて、オリさんだけじゃなく、私たちの取れる手も増やしておきたいんだよね」
「そうは言っても、これ以上何を?」
まだ何かするつもりかと呆れるカシェルを、私はじっと見つめる。
「カシェルっていうか――あの女神様って、蘇生の秘蹟はくれなかったよね。森でもそんな話、聞いたことなかったし」
「当然ですね。女神様は、生と死は神の手にこそとおっしゃってましたから」
「だよねえ……でもさ、私が知ってるゲームで、勇者が連れてる聖女様はレベルが上がると蘇生の秘蹟が使えるようになってたんだよ。
その差ってなんだろ」
は? とカシェルが思いっきり顔を顰めた。
私は時折オリさんのZoC……つまり攻撃圏内を外れようとした魔物に矢をお見舞いし、牽制ながら考える。
まあ、そうやって考えても、「あの女神に蘇生の秘蹟を降ろすほどのパワーがないだけじゃね?」という結論にしかいかないんだけど。
とはいえ、カシェルはまだ納得がいかないようで、私以上に悶々と考えていた。
「蘇生だなんて、本当に死者を蘇らせたのですか?」
「たぶん? 実際、こっちで本当に生き返らせてるところ見たわけじゃないから、断言できないけど、少なくともゲームではしょっちゅうだったよ」
最後の魔物を倒したオリさんが戻ってきた。
さすがに少し疲れているけれど残っている負傷はどれも擦り傷ばかりで、それもすぐにカシェルが回復させてしまう。
さすが最終ダンジョンに臨む勇者だ。
余裕ありまくりじゃないか。
「このあたりの魔物はもうオリさんの敵じゃないね。もっと奥に移動しようか」
「そうだな」
よっこらしょ、と荷物を担ぎ上げて、私たちは移動を開始する。この世界、変なところでゲーム準拠なおかげか、旅の荷物が嵩張らないのはありがたい。
カシェルは私の「蘇生の秘蹟がある」という言葉が気になって仕方ないのか、ぶつぶつと何やら呟きながら少し遅れて後に続いた。
* * *
「さて、いよいよ問題の“魔王の影”です。ゲームの固定イベントのとおりなら、ここでオリさんの息子くん勇者が追いつきます」
オリさんはまだ半信半疑という顔だ。カシェルも、そんなにうまいタイミングで本当に? と、疑い混じりの表情を浮かべている。
「この戦いで最優先する目標は“オリさんが生き残ること”です。私もカシェルも全力でサポートするので、オリさんは気持ち防御寄りで継戦を意識して戦ってください。
これは絶対です」
私は一息吐いて、オリさんとカシェルを交互に見比べる。
「――万が一オリさんが致命傷を負ったりしたら、私ガチ泣きしながらソロで魔王に凸ったうえに裏シナリオまで進むからね。
オリさんはくれぐれも“生命だいじに”でがんばって」
「ああ、わかった」
裏シナリオ? と首を捻りながらオリさんは頷いた。
ここまで散々この手の発言を繰り返してきたせいか、カシェルも「心得てます」と肩を竦める。
裏シナリオとは、リメイク版で追加された、父勇者救済シナリオのことである。
レベルカンストしても勝利が難しい、くっそ強い魔物だか邪神だかを倒せたらご褒美にパパを生き返らせてくれる、ボーナスステージのことである。
もっとも、私は「違う! そうじゃねえんだよ開発!」と叫んで手を出さなかったんだけど。
だって私がやりたいのは、この戦いで無事に父勇者を助けて合流し、共に打倒魔王を果たすことなのだ。
単に生き返らせりゃいいってわけじゃない。
カシェルのバフを受けて、オリさんを先頭に、魔王の謁見の間の手前で待ち受ける魔王の側近、通称“魔王の影”へと向かった。
“影”はすぐに私たちに気づくと、嘲笑にも聞こえる吼え声を上げる。
『よくぞここまで来れたものだな人間! 近ごろ城が騒がしいと思っていたが、もしや貴様らのせいか』
「この勇者オリヴァルが、魔王に引導を渡してやろうと来てやったのだ!」
「貴様程度を魔王様が直々に相手をすることなどあるものか! 我の腹の足しにでもなるがいい!」
影を相手に啖呵を切るオリさんの後ろから飛び出して、私はキリリと弓を引き絞る。カシェルも、私と反対側へと飛び出した。
こいつは範囲攻撃をしてくるから即散開せよ、とはふたりにもしっかりと言い含めてある。固まって全員で範囲を喰らうとか、愚の骨頂もいいとこだ。
カシェルは距離を保ちながら、私とオリさんに次々と加護を飛ばす。私はデバフ効果を乗せた魔法矢を次々射掛けて、影のパワーを削っていく。
オリさんは正面から斬り掛かる。
次代勇者が追い付くのは、この戦いの終盤だ。
ゲームなら、オリさんが倒れるまさにその瞬間に現れるのだけど……まさか、オリさんが倒れなきゃ追い付くフラグが立たない、なんてことはないよな?
ま、その時はその時だ。
影を倒して魔王を倒して、後塵を拝した次代勇者に「残念、パパが倒しちゃいましたー!」と言ってやればいい。
デバフ矢の合間に影の体力を削りながら、私はまだかまだかと次代の登場を待つ。オリさんも粛々と確実に影にダメージを与え、カシェルがオリさんに強化と防御と回復の加護の秘蹟を飛ばす。
戦闘はとてもうまく回っている。
さすが、ダンジョンと魔王城で死ぬほど周回繰り返してきただけはある。
脳味噌使わずとも脊髄反射で適切な行動を取れるほどに、我々は訓練されている。
なんの心配もない。
――はずだったのだが。
なぜか、私たちはじわじわと追い詰められていた。
オリさんの動きがいつもの三割減くらいに感じるな、というのが最初だった。
気づいた時には、私のデバフ矢の効果も今ひとつ効きが悪く、カシェルの加護もどうにも冴えなくなっていた。
魔王本体ならまだしも、私たちの戦闘力で影程度を相手に苦戦するとも思えない。
なのに、何故だ。
「おかしい」
私は援護に徹して矢を放ちながら、周囲を伺う。
もしやこれはシナリオの強制力というものなのか。
勇者オリヴェルは、ここで魔王の影に負けて死ななければいけない、というシナリオの強制力。
ただの勇者からスーパーゴリラ勇者へとレベルアップしたオリさんだからなんとか堪えているだけで、本当ならオリさんはそろそろ死に掛けなきゃいけないし、それに合わせて次代勇者が現れなきゃいけなかったりするのだろうか。
私は、シナリオ通りなら次代勇者が現れるはずの通路を振り返る。
「あ、うそ。マジでいた」
そこには、驚愕の表情を浮かべた次代勇者一行がいて――
『お前の如き不遜な輩がわたくしの世界を救おうなどとは烏滸がましい。すでにわたくしのしもべがいるのですから、お前は退場なさい』
聞こえたのは、あのクソ女神の声だった。





