序.それぞれのはじまり?
何回、何十回繰り返しただろう。
どれだけ繰り返したら、望みは叶うのだろう。
いつもいつもそれだけを願ってひたすら突き進んで、なのにいつも間に合わない
「では、勇者アヴェラルよ。必ずや魔王を倒して参れ」
「……はい」
王の御前で恭しく頭を垂れて、使命を承った。
本来なら誇らしげに顔を上げ、必ずや全うすることを誓う場だったが、アヴェラルは虚空のような深い青い目を伏せたまま、じっと跪いていた。
かつて、もう十年以上も前のこと。
教会に齎された神託により、アヴェラルの父こそが真の勇者として使命を受けて旅立った。
しかし父は、その使命を果たすことなく途上に倒れてしまう。二度と家族のもとへは戻らず、ただ、使命を果たせなかったことだけが伝えられた。
そして今、“父の遺志を引き継ぎ”、果たせなかった使命を今度こそ果たすために、アヴェラルが旅立つのだ。
――アヴェラルが何度も繰り返してきたように。
この旅立ちの日を迎えるのが何度めなのか、アヴェラルはもう覚えていない。
数えていたのは最初の数回だけ。今は数えるのをやめてしまった。
魔王を倒すための道筋も必要なものも、手段も、すべて諳んじられるほどに覚えている。気が狂いそうなほど、何度も繰り返してきたからだ。
実際、アヴェラル自身もう狂ってるのかもしれないと、自嘲の笑みを浮かべてしまうほどに。
だから魔王なんて、今のアヴェラルにとってはさほど難しい敵ではない。
たしかに、今日、今の時点では力量的に難しいかもしれないが、それは魔王のもとへたどり着くまでの道程で解消できる程度の問題でしかない。
それよりも遙かに難しく、何度繰り返しても未だどうにもならないのは――
小さく吐息を漏らして立ち上がり、勇者アヴェラルはもう一度深く礼をして、王の御前を辞した。そのまま踵を返すアヴェラルに、王による選りすぐりの“勇者の仲間”たちが続く。
礼服に身を包んだ王国騎士団の騎士タルシスは、まだ二十代半ばを過ぎたばかりながらも一騎当千に値する実力の持ち主として知られている。魔物との戦いの中、一歩も引かずに民を守る姿から“盾の騎士”の二つ名でも呼ばれるほどの騎士だ。
弓使いエストラスの鋭い目と矢は、どんなに隠れたものであってもたちまち見つけ出すほどに熟練した優秀な斥候だし、魔術師パヴィアは宮廷魔術師長の愛弟子で、魔術師としてはまだ若輩ながら“魔女”の異名で呼ばれるほどに高位呪文にも長けた魔術師だ。
教会より遣わされた聖女フェレイラも、神の寵児と称されるほどにすばらしい、治癒と加護の秘蹟の使い手である。
この五人の中で、アヴェラルだけが何者でもない。「真の勇者たるオリヴァルのひとり息子」という肩書きだけの、何の実績もない小僧でしかない。
そう。だからいつも最初は大変だった。
こんな子供がなぜ勇者の子だという理由だけで、あのオリヴァルの後継となったのかと。
謁見の広間を出てすぐ、アヴェラルは四人を振り返って告げた。
「まずは、国境近くの“オクルの尖塔”を目指す」
「勇者アヴェラル、なぜそこへ?」
「必要なものがあるからだ。それから、俺のことはただのアヴェラルでいい。“勇者”の称号は父オリヴァルのもので、俺はただのアヴェラルだ」
アヴェラルの言葉に、全員が微妙な顔をする。
「そうはいってもアヴェラル様。必要なものとはいったい?」
騎士タルシスが食い下がる。
行くのは構わないが、もう少し説明が欲しい、と。
「北方から国境を越えるには、封鎖された峠の砦を抜けなければならない。その砦の封鎖を解くための鍵が、そこにあるんだ」
「そんなものが……? アヴェラル様は、どこでそのことを?」
「――文献だ」
驚く仲間達に曖昧な返事だけを返して、アヴェラルはまた歩き始める。
「出発は明日。開門に合わせてで頼む」
「わかりました」
* * *
ここが自分の知る世界とは違うと気づいた日、私は勝ち組転生キメたやったーとはしゃぎにはしゃぎまくった。
我らエルフという種族がいかに勝ち組であるかを熱く語りすぎて、幼馴染みに「頭大丈夫?」と心の底から心配だという顔で尋ねられてしまったくらい、うっきうきのわっくわくに浮かれたのだ。
そして、浮かれた上に短絡な私は、エルフといえば弓と魔法だろうと、その日からさっそく魔法と弓の修練に励んだのだ。
――しかしもちろん、私に魔法の才能などかけらもなかった。
当然だ。
いかに勝ち組種族であろうと、中の人は私である。
私が魔法使いになれるほど頭がいいはずがない。考えるまでもないことなのに、私はどれだけ浮かれていたのか。
魔法を教えてくれた年長のエルフは、早々に私の無才っぷりを見て取ると、真顔で「諦めなさい」と諭したのだった。
だがしかし、弓はいい。
前世と違って眼鏡いらずの視力に繊細な指先と天性の勘が私にあった――いや、エルフという種族にあるものかもしれないが、幼馴染みはダメダメだったのできっと私が特別だったのだ。きっとそうだ。
ともかく、弓に関しては、引いて狙って放てばそれだけで百発百中とか、我ながらほれぼれするような腕前へと大成したのである。
魔法使いはだめでも、魔力を乗せて矢を放つ魔弓使いにだってなれたほど、弓には秀でていたのだ。
すばらしすぎないか、私。
狩りだって野外活動だってお手の物だ。
私にはとことん、弓に関する諸々が向いているらしい。
もしや、これが私の転生チートというやつだろうか。
弓の才能に溢れていた私は、結局どう転んでもうっきうきに浮かれっ放しだった。
毎日毎日飽きることなく森に出かけては、その日の夕食だからと嘯きつつ狩りに励んでいたのである。
おまけに猟の結果も良かったこともあり、何十年経っても私は調子に乗りまくっていた。
そしてそんな私の制御役は、幼馴染みカシェルである。
カシェルは、身体能力はいまいち過ぎたものの、女神の神官として大成した。このまま順調にあと百年もがんばれば、神殿を預かる神官長だって夢じゃないだろう。
何しろ、カシェルの神力があればどんな重傷者でもたちまち回復するのだ。
にっくき大魔王に女神が封じられてから、神官たちの神力は弱まるばかりだったが、カシェルの力は別だ。きっと、私の狩りに付き合わされてばかりいたおかげだろう。私の生傷はすべてカシェルが治していたのだから。
「出世するって? え? 高神官?」
「はい。誰かさんのおかげで、回復ばっかり上達してますから」
そのカシェルは、そろそろ高神官にどうかと打診を受けたらしい。
いつものようなすまし顔ではなく、ちょっとうれしそうににやけた顔で報告されて、私は我がことのように喜んだ。
「へっへー、そっかあ! もっと感謝していいんだよ? じゃあ儀式の祈りの時は、このサーリス様のおかげでめっちゃ修行できましたって、女神様に報告してよね」
「そんな報告はしません。むしろサーリスが僕に感謝してください。サーリスこそ、僕の回復がなければ今頃常若の国に行ってたのですからね」
「えー、そんなことないよ?」
数少ない同年代で、幼い頃から百年近く、ほとんどきょうだい同然に育ってきたカシェルは、口さがなく容赦もない。
とはいえ、彼の出世を私が喜ばない理由がない。
「じゃあさ、お祝いするからでっかい獲物狩りに行こうよ」
「――は?」
「善は急げっていうし、今から行こう!」
「僕もですか?」
「当然じゃん! カシェルのお祝いなんだから、獲物決めるのはカシェルで獲るのが私! ばっちりな役割分担!」
いつものように浮かれた私はさっそく弓を担ぐと。何を言いだすのかとわめくカシェルを引きずって、森へとでかけたのだった。