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ここからは基本ブリジットsideで進めていきます。視点が変わる場合は、前書きに書きますのでよろしくお願いします。

 皇帝陛下から直々に勅命を受け、部屋へと戻る。私は騎士団の第一部隊副隊長という役もあり、一人部屋を貰っている。

 隊舎の女子区画、五階建ての大きな建物の最上階が数少ない女騎士達の生活区域だ。


 東奥の角部屋が私の与えられた部屋だ。

 慣れたようにドアノブをひねろうと手をかければ、中に見知った気配があることに気づく。


「はぁ……」


 心の中では抑えきれず、思わず口に出してしまった。

 中では、この状況なのか読んでいる本なのか判断はつかないが、面白おかしく笑う声が聞こえ、いつもの事ながらどう説教しようかと脳内シミュレーションを繰り広げた。


 いつまでもこうしていても埒が明かない。

 ごく普通に扉を開ければ、他の団員よりも大きめのベッドでくつろいでいるオレンジ色が一人、転がっていた。


「勝手に侵入するのやめてって何回言えばわかるの、ヤナ」


 ヤナ、と私が呼んだ彼女は、私と唯一の女騎士の同期、ヤナティック・オフカイド第一部隊副隊長補佐だ。

 ヤナは、髪と同じ色の瞳をこちらに一瞬だけ向けると、手元の本にまた視線を戻す。そのままの体制で言葉を発した。


「いいじゃない、ブリジット。あたしと貴女の仲でしょう?」

「良くないわよ。貴女、本当に図々しいわね」

「あたしがブリジットに対してこんななのは、今に始まったことじゃないでしょう?」


 開き直ったかの様子で言われるのは、何も今回が初めてではない。

 騎士学校は、特殊な事情がない限り一人部屋にはならない。それは、高位の貴族や皇族だとしても例外ではない。

 私たちの代は、女が二人しかいなかかったために、必然的にルームメイトとなった。彼女とすごした三年間はそれなりに楽しく、今でも『親友』として、プライベートでは関わっている。


 今はルームメイトも解消され、私は副隊長用の大きめの部屋に、彼女は私の隣の少し小さめの部屋に、それぞれ一人で住むようになった。しかし、ヤナは一週間に一回ほどの頻度で私の部屋に来て、一緒に寝るのだ。同じベッドで、一緒に寝ようと強請るのだ。

 正直、ルームメイト時代はそんなことはなかったので、当初は困惑した。本人によると『部屋が一緒じゃないからブリジット不足になって、抑えが効かない』とのことだが、訳が分からなすぎて理解することを放棄した。


「ヤナ……私一応貴女の上司よ? しかも直属の。分かってる?」

「分かってるわよ。隊では上下関係を適切に守っているじゃない。部屋くらい良くない?」

「良くないわよ」


 先程も別の話題で同じような応酬をした気がする。

 ここまで来るともう何言っても聞かないので、諦めることにした。


「着替えてくるわ。部屋に戻るかそこで大人しくしておいてね」

「さっすがブリジット。分かってるわね」

「はぁ……」


 副隊長になると、部屋の中に小部屋がある。そこに着替えなどを入れておくのだが、正直私の服はそこまで多くないのでいらないと言えばいらない。強いて言うなら、こういう時に着替えを見られずに済むことくらいか。

 とは言うものの、彼女とは長年ルームメイトをしてきたので、お互いの下着姿など見慣れたものであるし、戦場で着替えが恥ずかしいなどと言っていられない。男女混合になることの方が多いのだ。この世界に踏み入れた時点で、女は捨てたも同然だ。


 紺の軍服から簡単な緩い部屋着に着替え、大部屋に戻る。

 ヤナは先程と変わらない位置で、本を読んでいた。

 それを横目で確認すると、小さな机に座り、机の引き出しから日記帳を取り出す。幼い頃からの習慣で、元々は祖父母から文字を覚えるために、と言われ練習がてらやっていたものだ。戦時中でも変わらず、小さなメモ帳を持ち歩き、いつでも一文でもいいから書くようにしている。


「あんた、よくそれ続くわね」

「やらないと落ち着かないのよ。もうこれが板についていてね……。何も無くても一行は書くようにしているのよ」

「知ってる。……ところでさ、第二皇子の護衛兼側近命じられたのって本当?」


 ────ピシッ。


 持っていたペンが悲鳴をあげる。

 それを気にするよりも先に、まだ公にはなっていない情報を知っている親友をどうにかするしかないと思った。


「本当みたいね……」

「……どこから仕入れたの」


 私の様子から図星だということがわかったのか、同情した空気を含ませた言葉が飛んでくる。諦めて肯定するように言えば、彼女は可愛い声で言った。


「ナイショ。あたしを誰だと思っているの?」

「……………私、貴女のそういうところ嫌いよ」

「あらそう? あたしはあたしのこういうところ大好き」

「それは良かったわね」


 彼女は風魔法使いだ。風魔法は本来、大気に干渉し、自在に操ることが出来る。

 つまり、空気を振るわせて"音"とする声を拾うことは、彼女にとって造作もないことだ。だが、普通の風魔法使いは、そこまで考えつかず、またする能力が足りない。

 ヤナには、『聴覚操作』という遺伝能力もあった。空気の微弱な振動も感知しようとすれば出来る。だからこそ、風魔法との相性は抜群で、その才能から戦場でも重宝されている。


「ねぇ、ブリジット」

「なに?」

「第一皇子のことも解決してないのに、第二皇子についても大丈夫なわけ?」

「……陛下に聞いて……。恐らく、あの方の直感が『それがいい』と言ったのよ。ならば、私たちはそれに従うしかないわ」


 机に肘をつき、額を手で覆う。諦めたように頭を振れば、ヤナは興味もなさそうに『ふーん』と一言言って本に戻った。

 ヤナの自分が聞いたのに興味の欠片も持たないところは昔から変わっていない。私は、そのあけすけなところが好きだった。


「そろそろ寝るわよ」

「はーい。おいで、ブリジット」

「おいで、じゃないわよ……」


 机のランプを消し、ベッドに腰掛ける。ベッド脇の棚にヤナの本を置こうとして本の題を見ると『人体解剖学』と書かれていた。

 この本は、ヤナのお気に入りの本で、出会った頃からずっと読んでいる。ページと行数を指定すれば、暗唱できるくらいには彼女は読み込んでいた。それ以外にも多くの本を持っているのだが、最近は専らそればかりを読んでいる。


「貴女……またこの本読んでいるの?」

「うん。だって面白いじゃない? この本を参考に人間の体を解剖すると綺麗な臓器がこう顔を覗かせて────」

「あーはいはい、分かったわよ」

「もう! ちゃんと聞いてくれてもいいじゃないの!」

「貴女の本の趣味は聞いたけれど、臓器趣味は聞いていないわ」

「ブリジットの作ってくれた死体は、凍らされてすごく綺麗なのよ。だから私、あなたのことだーいすき」


 微妙に話が噛み合っていないことをこの子は分かっているのだろうか。いや、恐らくわかっていないだろう。

 そんな寝転がっているヤナの笑顔は、ベッドサイドのランプに照らされ、よく見えた。

 貴族の女性の綺麗な笑顔だ。

 狂気のひとつも感じられない、完璧な笑顔。オフカイド子爵家の三女として、二十一年間生きてきた、貴族子女のそれ。


 彼女は整っているその容姿からかなり男性人気が高いが、婚約者はおらず、これから作る気もない。

 理由は彼女の歪な性癖にある。


 彼女は死体しか愛せないのだ。


 綺麗な死体から出てくる綺麗な臓器をこの世で一番愛している。生きている人間を愛せない。だからこの道に進んだのだと騎士学校二年の終わりに恍惚とした表情で告げられた。同時に私の作る凍った死体が好きだとも。

 その顔は、男性が見れば一気に欲情してしまいそうな顔だったが、私としてはすごく嫌な気持ちにしかならなかった。


「はぁ……貴女が好きなのは私ではなくて、私の魔法でしょう?」

「そうとも言うかもね。でも、あたしはブリジットの変わらない表情と白い肌が死体みたいですごく好きよ。あなたになら抱かれてもいいくらい」

「嬉しくないわね。生きている姿が死体と言われ、その上親友に抱かれてもいいとか言われるとは思わなかったわ」


 話を切るようにベッドサイドのランプを消せば、部屋は月明かりのみが照らす空間となる。私たちは"仕事上"夜目がきくので、お互いの顔も何もかもが見える。

 ヤナの隣に潜り込み、ヤナに背を向けて寝る体勢を作った。


「ブリジット」

「なに?」


 ヤナが私のお腹に後ろから手を回し、私を抱きしめるような形になる。これもここで一緒に寝るようになってからのヤナの癖だ。


「あなたのことは、本当に好きよ。もちろん、友人としてね。たとえあなたの氷が溶けることがあったとしても、そんなあなたも私は悪くないと思っているわ。だから、安心して?」

「────……なんのことか分からないわね」

「いじわる」


 後ろのヤナから笑った息が漏れる。そうしてヤナは私の背中に顔を埋めて、小さな寝息を立てた。


「そんなこと心配してるわけないじゃない。何年貴女と過ごしていると思っているのよ。お馬鹿なヤナね」


 お腹に回っているヤナの手に自身の手を重ねれば、彼女の手がとても暖かくて少しだけ羨ましかった。


「おやすみなさい、ヤナ」


 そう言ってゆっくり私は目を閉じた。


 明日からは、隊で過ごす時間が少なくなる。第一部隊副隊長としてではなく、騎士ブリジット・エラルージュへの勅命だからだ。

 第二皇子への漠然とした不安を抱きつつも、平和な世で必ず来る明日を待ち望む。


 願わくば、第二皇子殿下が自身の主になってくれると信じて─────


 そうして夜は更けていった。

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