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こんにちは。最近書き始めた小説が終わってないのに新連載です。よければそちらもご覧頂ければ。こっちとは、全く系統が違います。
ライゼニア帝国。
今や大陸の半分を領土とし、目覚しい発展を遂げる大国である。先の隣国であるナナハド王国との戦争では、圧倒的な戦力差を見せつけ勝利。属国とすることとなった。
この国をここまで大きくした皇帝は、血も涙もない男と呼ばれ、一部では『血の皇帝』と恐れられている。
そう、恐れられているはずなのだ──────
「嫌です」
「そうは言わずにさぁ〜僕の息子の護衛してよ〜」
「お断りします」
皇帝の執務室に呼ばれたのは、ライゼニア帝国騎士団第一部隊副隊長であるブリジット・エラルージュだ。氷のような透き通った水色の髪と瞳を持ち、スラリと長い手足、眉一つ動かさない無表情さ、更に氷魔法の使い手として名高い為、彼女は『氷結の女騎士』と呼ばれている。
彼女の短く顔の横で揃えられた髪がボサボサになるほど揺らしているのが、大国・ライゼニア帝国の皇帝その人だ。
「第一、私は未婚の女です。いくら騎士といえど、婚約者もいない未婚の男性、しかも第二皇子の護衛となると、あらぬ噂も立つことでしょう。それは皇室にとっても宜しくないことなのでは」
「僕的には、別にリュカと君がくっついても問題ないけど?」
公の場ではないとはいえ、皇帝がこれはいかがなものか。ストッパーとして、皇帝の右腕である宰相が口を挟んだ。
「大ありです。陛下、お言葉ですが、そのようなことを皇城内で仰ってはなりません。嫌な輩に聞かれれば邪推されます」
「はいはい」
彼は宰相を軽くあしらうと、赤い豪奢な椅子に腰をかける。足を組み、肘掛けに手をつけた。
──────雰囲気が変わる。
それは先程までの緩いものでは無い。
『血の皇帝』と揶揄される、ライゼニア帝国皇帝そのものだ。
彼の黒い髪が闇に溶け込み、血のような紅い目が蒼を貫く。所謂"殺気"や"威圧"と呼ばれるそれは、戦場に立っているかのように、この場にいるものを錯覚させる。思わず、皇帝以外の全員の背がスっと伸びた。
「これは皇帝、オスカー・マナカディアから帝国騎士団第一部隊副隊長、ブリジット・エラルージュへの勅命だ。
第二皇子、リュカ・マナカディアの側近兼護衛として傍につきなさい」
ブリジットは、右手を心臓の前に当て、頭を下げる。騎士の礼だ。
彼女は、彼の前で何度もこの形をとった。しかし、それは他の団員がいる中での話だ。向き合って一対一のーー正確に言えば宰相や皇帝の護衛騎士もいるがーー『勅命』を受けるのはこれが二度目だ。一度目は新入りであったことから、あまり上手な礼ではなかった記憶がある。
それから数年たち、今、皇帝の目の前で見せるこの礼は、美しく、皇帝は彼女の成長を感じた。
「はっ。皇帝陛下のお望みのままに」
「うん、じゃあよろしくね。そこの君」
「はっ」
「リュカに明日からブリジットが付くと伝言を頼むよ」
「かしこまりました」
扉の前にいた騎士に声をかけ、第二皇子に言付ける。騎士は直ぐに第二皇子の元へ向かった。
「ブリジット」
「はい」
「リュカのこと、よろしく頼むよ」
それは、父親からの頼みだった。ライゼニア帝国の皇帝ではない、リュカという息子を心配する、ただの父からの願いだ。仰せの通りに、とブリジットが頭を再度下げれば、満足気に微笑んだ。
「じゃあ、今日は下がっていいよ」
「失礼いたしました」
女騎士は、丁寧にお辞儀をしてその場から出ていく。残された二人は少しの間沈黙に包まれたが、それを破ったのは宰相だ。
「オスカー、いいのか。いくら『氷結の女騎士』といえど、平民の女だぞ」
「構わないよ。僕の『勘』がそれがいいと言っているんだ。リュード、お前も知っているだろう? 僕の『勘』が外れたことはないって」
「それはそうだが……」
宰相ーーリュード・ヘンゲルーーは、皇帝ーーオスカー・マナカディアーーの幼なじみだ。誰よりもオスカーの苦悩と力を知り、信じている。それは、盲目的なものとも言えるだろう。リュードは、自分がオスカーに対し、信頼をも超越した"何か"を感じてはいたが、主従において、それが邪魔になるとも思えなかったので放置している。
リュードは知っていた。オスカー・マナカディアは、皇族に伝わる能力『第六感』が初代皇帝に匹敵するほど強く、また、息子である第二皇子のリュカ・マナカディアがそれを強く受け継ぎ、現皇帝や初代皇帝を上回るほどの力を秘めていると。第二皇子の力に関しては、オスカーから聞いたものなので確かではないが。
「大丈夫だよ、リュード。リュカは賢い子だ。まだ、自分の才能に気づけず燻っているが、あの子は将来この国に貢献してくれる。その起爆剤が彼女というわけさ」
「……俺はつくづくお前が怖いよ」
「奇遇だね、僕も僕の才能に怖いと思っていたところさ。
さて、無駄話はこの辺で。政治の話をしよう」
オスカーは立ち上がって、一枚の紙を手に取った。無論、宰相であるリュードには、それがなにかわかっている。わかっているが故に顔を顰めた。
「この案件、もう少し大きくなったらリュカに任せようか」
「しかし……!」
「ヘンゲル宰相」
「……申し訳ございません、出過ぎた真似を致しました」
宰相は一歩踏み出した足を戻し、頭を下げた。
月もない暗い室内。ランプの光が歪な皇帝を照らし出す。爽やかな笑顔で言い放った皇帝は、窓から第二皇子の部屋の方を見た。
「ああ、面白い日々が始まるよ」
リュカ殿下に何事もなければ良いが……。リュードは、皇帝の遊びに付き合わされる第二皇子を哀れに思った。
皇帝の手には、『モニア族の経過報告』という題の報告書があった。