第一印象は、ね。
今回ちょっと長めです!
「ようこそお越し下さいました。」
馬車から降りると、スヴェンさんが笑顔で迎えてくれました。
「有難うございます。今日からお世話になります。」
「長旅でお疲れになったでしょうから、サロンで休憩いたしましょう。」
素晴らしい心遣いに感謝です。
「お嬢さん、頑張れよ!」
優しいオルカさんに別れを告げて、スヴェンさんの後を歩きます。
それにしても…本っっ当に広大な敷地ですね。
先程馬車で入って来た正門が、遥か遠くに見えます。
正門から本邸に続く長い一本道の左右には、見事に手入れされた庭園が広がっています。
青々とした芝生に寝転んだらとても気持ちが良さそうですねぇ。
あ!白い薔薇のアーチが連なった先に噴水が見えます!
お庭に!!噴水!!!!
あぁ!所々に配置された低い低木がチェスの形に刈り込まれていますよ!!
華やかですが全体的に色味が抑えられているため決して華美ではなく、シックな中に遊び心がある素敵なお庭です。
そして本邸はと言うと…。
まず、デカイ!!!!
来る途中、王宮と間違えた別邸を遥かに凌ぐ大きさです。
中央の円筒の建物を中心に、大小様々な円柱の塔が左右対称に幾つも折り重なる様は、時計の内部のような緻密さを思わせます。
それぞれの塔の屋根には見事な装飾が施され、それだけで一枚の絵画のような見事さです。
しかし庭園同様、品が有り、華美な感じはしません。
白い壁と藍色の屋根と言う色合いだからでしょうか。
荘厳さ、繊細さ、そして長きに渡りこの地に建つ歴史の重みを感じる素晴らしい建物です。
「素晴らしいですね。」
「恐れ入ります。こちらの邸宅は、二代目当主が建てられた物で約三百年の歴史がございます。」
そんなに‼︎
エヴァンス公爵家はやはり、歴史ある貴族様なのですね。
「王都の喧騒を嫌い、少し外れた場所にあるので周りの自然が豊かなのですよ。」
説明しながら扉を開けてくれます。
中も、凄んごいっっ!!
顔が映る程ピカピカな大理石の床、とてつもなく大きな螺旋階段。
上品にツヤ消しされたマホガニーの家具達と、とんでもなく高そうな花瓶やタペストリーの数々…。
正直、息するのを忘れていました。
万が一傷でも付けたらと思うと、心臓がバクバクしてきます。
お部屋や調度品をスヴェンさんに説明してもらいながらサロンのある2階へ上がります。
おや?
3階へ続く階段を見上げた時、ふと違和感を感じました。
1階と2階は太陽の光が入りとても明るかったのですが、3階は何だか暗いような…。
まぁ、でもここからだと少ししか見えないですし、気のせいですかね。
気を取り直して前方を見ると、大きな絵画に目が行きました。
一際目立つ場所に架けられたその肖像画は、天使の絵でしょうか。
肌の色と言い髪の質感と言い、本物の天使を見て描いたのではないかと思う程の素晴らしさです。
思わず立ち止まった私を振り返ったスヴェンさんが、私の隣まで戻って来てくれました。
「素晴らしいですね。天使の絵ですか?」
すると、スヴェンさんは一瞬吹き出しそうな、しかし苦い物を飲んだような、何とも言えない表情になりました。
「えぇ、まぁ、天使と言えば天使ですね…。」
あら、何だか歯切れが悪い。
「スヴェン、お茶の用意ができましたよ。」
急に現れた女性に驚いた私は、横でスヴェンさんが、
「しかし悪魔と言えば悪魔…いや、魔王だな…。」
などとブツブツ呟いていることに気が付きませんでした。
「初めまして。メイド長のエリサです。」
女性は簡潔に名乗ると、私達をサロンへと誘います。
私も自己紹介をしながら後ろをついて行きます。
「こちらがサロンとなります。」
案内されたのは、広々とした温かい雰囲気のお部屋でした。
中央の大きなローテーブルを囲うようにソファが置かれています。
促されるままにソファに座ると(フッカフカ‼︎)、芳しい香りの紅茶と、数種類の焼き菓子が載ったプレートが出されました。
「お疲れの時は甘い物に限ります。遠路はるばるお越し下さり感謝しております。」
エリサさんが言いながらカトラリーを置いてくれます。
あ、良かった。
あまり表情が動かないので歓迎されていないのかと思ってしまいましたが、杞憂だったようです。
「道中はいかがでしたか?」
「王都には子供の頃に1度来たきりだったので、何もかも新鮮でした。」
スヴェンさんは私の言葉に頷くと、お菓子を食べるように勧めてくれました。
「美味しい…‼︎」
バターの香りが芳醇なフィナンシェは外はサックリ、中はしっとりの絶妙なバランスです。
添えられたバニラアイスも濃厚でたまりません。
アールグレイのクッキーは、茶葉を固めて作ったのかと思う程に良い香りが広がります。
あまりの美味しさにうっとりとした私に、スヴェンさんとエリサさんは微笑みました。
「当家のパティシエは優秀でしょう。お食事も賄いとは言え毎回趣向が凝らしてあって美味しいですよ。」
「こんなに美味しいお菓子、生まれて初めて食べました。!」
「これはこれは!嬉しいこと言ってくれるわねぇ!」
またもや突然の声に驚いて振り返ると、そこには物凄く体格の良い男性が立っていました。
「この娘がルチルちゃん?可愛いわねー!細いわねー!あなたちゃんと食べてるの⁉︎」
男性はそのゴリゴリマッチョな腕でヒョイと私を立たせると、私の腰に手を当てながら言いました。
「ノーリス!勝手に触るんじゃありません。」
エリサさんが私と男性(ノーリスさん?)の間に身体を滑り込ませながら叱っています。
「もーぅ、エリサは固いんだから!女同士なんだからいいじゃないの!」
「中身はそうでも肉体は男でしょう。全く。」
そして私と向かい会って言います。
「申し訳ございません。こちらは当家のシェフ兼パティシエのノーリスタスです。」
「はぁい♡ノーリスって呼んでね♡」
ノーリスさんが私にウィンクします。
「若い女子同士仲良くしましょうね♡」
「あなたは35歳の男性でしょう。」
エリサさんのツッコミは鋭いですが、2人の様子からして「いつもの掛け合い」を楽しんでいる感じです。
きっと、とても仲がいいんですね。
ノーリスさんは2mはあろうかと言う大きな身体(しかも筋肉ゴリゴリ)をしならせながら私に話しかけて来ます。
「それにしても、あんなに素直に料理を褒められたのは久しぶりよー!!嬉しいったら!」
あまりの迫力にポカンとしてしまいましたが、こちらも自己紹介をしなくては。
「申し遅れました。ルチルと言います。よろしくお願いします。」
「うんうん。知ってるわー!楽しみにしてたのよぉ。うふふ♡」
「ルチルさん、ノーリスは自称女子の変人ですが、悪い者ではありませんので…。」
「はい!とっても素敵です!」
「え?」
エリサさんとノーリスさんがポカンとします。
「男性でもあって女性でもあるなんて素敵です!最強じゃないですか!」
「え?」
「こんなに美味しいお菓子を有難うございます!もう口の中が幸せです!!」
興奮のあまりノーリスさんにズズイっと近付いてお礼を言うと、エリサさんとノーリスさんは顔を見合わせました。
「ぷっ…」
「あははははは!!」
2人が同時に吹き出しましたが、私何かおかしなこと言いました?
「あはははは!あぁ、なるほどね!スヴェンがあなたを連れて来た訳がちょっと分かったかも!」
え、どう言うことでしょう。
「うん、いいキャラしてんじゃない?ね、エリサ。」
「あなたのことをこんなに早く受け入れた方は初めてですもんね。」
何が何やら…。
困ってスヴェンさんの方を見ると、私を見てニッコリ微笑んでいます。
な、なんなの??
「うん!じゃあ改めてよろしくね、ルチル♡」
ノーリスさんが私の手をとってブンブン振り回した時でした。
ゴトンッ
上の階からでしょうか。
何かが落ちたような物音がしました。
和やかだった空気がピンと張り詰めます。
「今、何時?」
「まだ16時です。」
「随分早いけど、きっとそうね。」
ノーリスさん、スヴェンさん、エリサさんが顔を見合わせます。
「困りましたね。先にルチルさんに説明する予定だったんですが…。」
スヴェンさんはそう言うと指示を出し始めました。
「ノーリスはすぐに厨房へ。今いるコック総動員で支度にかかるように。エリサは休憩室経由で上へ。緊急なので全員で対応するよう言って下さい。」
執事がする白い手袋を嵌めながら、キビキビと言う様から漂う仕事できる感!!
2人は頷くと、踵を返して部屋を出て行きます。
「レーニャをここへ。」
そう言いながらスヴェンさんが窓を開けます。
どうなってるんでしょう?
全く意味が分かりません。
「お呼びですか。」
気が付くと、私の背後に女性が立っていました。
いつの間に⁉︎
「レーニャ、こちらがルチルさんです。すぐに支度を。」
レーニャと呼ばれた女性(美人!!)は私を見ると、コクリと頷きました。
「分かりました。時間は?」
「延ばせて20分でしょう。」
「大変!ルチル、私と来て。」
レーニャさんは私の手を掴むと早足で廊下を進みます。
息切れしながらたどり着いたのは、この邸宅にしては手狭な部屋でした。
とは言っても孤児院のリビングくらいの広さはありますけども。
「ここが今日からルチルの部屋ね。」
なんと!
木製のベッドとテーブル、クローゼットにドレッサーまで有ります。
「クローゼットに制服が入ってるから着替えてね。靴はこれ。終わったらドレッサーの前に座って。」
ドレッサーの引き出しからブラシを取り出しながらレーニャさんが言います。
良く分からないけど、急いだ方が良さそうです。
ここは孤児院で鍛えられた早着替えの技(忙しくて自然とそうなった)を繰り出すとこですね!
秒速で着替えた私がドレッサーの前に座ると、レーニャさんは幾分驚いたようでした。
「テキパキしてる子でよかったわ。髪の毛触るわね。」
そう言って私のボサボサシニヨンをほどきます。
あぁ、待って!
私のゴワゴワな髪はその辺のブラシじゃ負けてしまうんです。
「あの…!」
私が口を開いた時には、
「はい、出来上がり。」
今まで見たこともない程綺麗にまとまったシニヨンが結われていました。
「えっ、女神様?」
思わず口走った私に、レーニャさんが笑顔になります。
「ふふふ!ちょっと強敵だったけど私にかかれば朝飯前よ!」
鼻高々に言うレーニャさんは、私に向かい会って言いました。
「自己紹介もしてなくてごめんね。私はレーニャ。20歳だから、当家ではあなたと1番歳が近いわ。」
そして、私の手を握って続けます。
「いきなりこんなバタバタでごめんね。ちょっと想定外のことが起こっちゃったの。でも、大丈夫だから。」
一度言葉を切ってさらに続けます。
「これからのこと説明してる暇がないんだけど、ルチルは立ってるだけで大丈夫!私も隣にいるから安心してね。」
え、何だか不安になってきました。
「ただ、えーっと、ビックリすることが起きるかもしれないけど、声を出しちゃダメよ。何も見てませんって顔で立ってれば大丈夫だから。」
超不安!!!!
「じゃあ、行くよ。」
パニックで何も言えない私の手を引くと、レーニャさんはグングン歩いて行きます。
広すぎるお屋敷に目を回していると、大きな扉の前で止まりました。
「ここが目的地。」
扉を開けて中に入ると、そこには信じられない程長い、豪華なテーブルがありました。
しかし椅子は1つだけ。
その椅子の前に、カトラリーやナプキンが置かれています。
ああ、ここは食堂なんですね。
これまた素敵な部屋を見回していると、レーニャさんが私を隅っこの壁に誘いました。
「キョロキョロしないで。真っ直ぐ前だけ見てここに立ってて。」
「いったい…⁉︎」
私が疑問をぶつけかけたその時でした。
ゴォン ゴォン
何か固い物で扉をノックする音が響きました。
急いで口を閉じて前を見ると、室内にいたメイドさんが2人、扉を開けています。
その先に居たのはスヴェンさんです。
手には銀色に輝くステッキのような物を持っているので、恐らくこれで扉を叩いたのでしょう。
そう言えば、貴族様の邸宅には、ノックをするためだけに存在する豪華な棒があると母から聞いたことがあったような…。
そんなことを考えつつスヴェンさんを見ていると、部屋には入らず横に捌けました。
そして、90度、最上級の礼。
ツンツンとレーニャさんが、腕をつついたので、礼をしろと言う意味だと察しました。
最敬の礼をしながら、ふと思います。
これは、今からエヴァンス公爵様がお食事をなさるに違いありません。
16時ちょっと過ぎと微妙な時間ですが、貴族様の暮らしとはこう言ったものなのでしょうか。
ふと、隣のレーニャさんが身体を起こす気配がしたので、私もそれに習います。
そして、言われた通り前だけを見ようと決意した私は…。
ハッと息を呑みました。
月のような輝きを纏い、スヴェンさんのエスコートで今正にテーブルに着こうとしているのは―――。
「天使…。」
思わず言葉が溢れた私の瞳には、あの絵の天使が映っていたのです。
前回感想をいただいて物凄く嬉しかった…。
エヴァンス家の邸宅にはモデルが在ります。
西洋のお城、いいですよねぇ。。