お金とお菓子は大事です。
フェリトリンド王国の筆頭四貴族は、一つの家の資産が小国の王族並みに裕福です。
「デ、デカ、イと言、うレベル、ではーー。」
あ、動揺で分節がおかしくなりました。
スヴェンさんの来訪から2週間後の今日。
迎えの馬車に乗って、エヴァンス公爵家のある王都まで揺られること3時間。
見えて来たとの御者さんの声に、窓を開けた私の目に飛び込んで来たのは…。
お城???
え、これお城ですよね??
あ、王宮が見えてきましたよってことだったんですかね⁉︎
王都と言えば王宮ですもん。
田舎者丸出しの私に、ご親切に説明してくださったんですね、きっと。
勝手に納得しようとした私でしたが、御者さんの次の台詞ーーー。
「あれは別邸だから少し小規模なんだよ。本邸も、すぐに見えて来るからね。」
マジか。
これが小規模⁉︎
「別邸と本邸は中庭を挟んで歩いて10分の距離にあるんだ。別邸は部屋数が30と温室が在って、主にお客さん用。本邸の方は部屋数が50かな。基本こっちが生活スペースってわけだ。」
へ、へぇ。
「どちらも3階建で、本邸の2階の一部が使用人の部屋になってるから、お嬢さんもそこで寝起きするようになるはずだよ。」
「そんなに広いと迷子になりそうです…。」
「最初は皆んな、地図を持ち歩いてるねぇ。まぁでも、良く使う部屋は限られてるからきっと大丈夫さ。」
オルカと自己紹介してくれた御者さんはアハハと楽しそうに笑います。
オルカさんは40代くらいでしょうか。
日に焼けた肌に薄い茶色の短髪、服の上からでも分かる筋肉質のガッシリとした体格です。
鼻筋の通った精悍な顔つきは一見するとちょっと強面ですが、明るい水色の瞳が人懐っこく、ちょっと砕けた喋り方がとても似合います。
一目でいい素材と分かる、腕まくりした白シャツと、ロールアップしたブラウンのパンツをラフに着こなす様は正にイケオジってやつですねぇ。
スヴェンさんと言い、エヴァンス公爵家の使用人さんは皆さん見目が麗しいです。
眼福眼福。
「あれが本邸だよ。正門まで回って中に入るからな。」
見えて来た本邸は、なるほど、別邸の3倍はありそうです。
丁度正面に着いた所で、馬車がゆっくりと向きを変えました。
ここが正門なのでしょう。
荘厳な門の中央には、家紋と思わしきエンブレムが輝いています。
デザインは鳥と百合の花、ですかね?
「本当に来ちゃったな。」
どう言う仕組みなのか、自動で開いた門から本邸へと進む馬車の中で、私は呟きました。
あの日ーースヴェンさんが我が家に来た日の会話を思い出します。
「あなたに、坊ちゃん《我が主人》の専属メイドになっていただきたいのです。」
「いや、無理…。」
驚きの余り敬語も忘れて、私と園長が同時に答えました。
「それはエヴァンス公爵家にお仕えすると言うことですよね?無理です無理です!貴族様にお仕えするなんて!!」
「そうですよ!こう見えてルチルは大雑把な所があるんです!」
「失礼があったら大変です!」
「それになかなか口煩いんですよ!」
「邸宅のお掃除とかならまだしも、御坊ちゃまの専属だなんて…!」
「しかも結構短気ですし!」
ちょっ、、待てよ!
さっきから園長私の悪口しか言ってなくね?
私と園長の交互に続く言葉のラリーにも、スヴェンさんはニコリと笑って言いました。
「すぐに坊ちゃんの専属にとは申しません。最初は当家の使用人達と共に働いていただき、慣れてきたらと言う意味です。」
微笑んだまま続けます。
「家賃ゼロ・光熱費ゼロ・食費ゼロの職場なんて、そう多くはないかと。当家には使用人の個室がありますし、毎食シェフが作った賄いが出ますよ。」
なんと!!魅力的な3ゼロですね…。
私の食費が無くなるだけでも少しは孤児院の助けになるでしょうか…。
いや、でも‼︎
「お休みもきちんと取れますし、王都にあるので休日はお買い物にも便利ですよ。王都のお店は素敵な物がたくさんありますからね。こちらのご家族に送って差し上げたら、大変喜ばれるのではないでしょうか。」
うっ…‼︎
あれ、心なしか園長の目が輝いてきたような…。
「いえ、でも私がいなくなると家計が…。」
「このお話しをご承諾いただけましたら、当家からの謝礼と致しまして、こちらを考えております。」
スヴェンさんがサッと取り出した紙にサラサラと記入した金額に、私はギョッとしました。
だって!!
これだけの金額があれば孤児院の大規模修繕ができます!!
むしろその上でさらに、ちょっと余裕のある生活が2、3年はできそうです…。
「こちらとは別に、月のお給料は…。」
再びペンを走らせたスヴェンが提示した金額に、私は唖然とします。
酒場のバイト代の3倍!!
バイトとは言え、酒場は深夜になるためお給料は高めなのです。
ほぼ毎日休みなくクタクタになるまで働いたお給料の、3倍…。
ゴクリ…。
あ、園長の目の輝き増してるわ。
「それは、その、とっても魅力的ですけど…。孤児院を園長一人に全て任せるのは…。」
「そちらも、ご心配には及びません。」
サラリとスヴェンさんが仰います。
「こちらの修繕は当家で行いましょう。それから、園長様の助手を一人雇用し、その方のお給料は当家でお支払い致します。」
なんと…。
「数人候補を上げますのでお二人で面接をしていただくのがよろしいのではないかと。ご家族との相性も見ていただけますし。」
私の抗いなど、スヴェンさんの前では完全に無効化されています。
流れるような利点の説明に、園長なんかもう目キラッキラですから。
まぁ、私もかなり魅力的だな…とは。
それでも渋っている私にスヴェンさんが提案します。
「それでは、二年間の期限付きと言う形ではいかがでしょうか。」
「二年間、ですか?」
「はい。もしその後も当家で働いていただけるようでしたら大歓迎ですが。」
…ふむ。
「勿論、お手紙のやりとりも可能ですよ。当家の便箋を使っていただければ速達で届きます。長期のお休みでご実家に帰る際には、当家のパティシエ特製のお菓子をお土産に致しましょう。」
チラリと私の背後を見ながらスヴェンさんが言います。
その視線の先を追うと…。
「ルル姉!行っておいでよ!」
窓の外からオリバーがこちらを見ていました。
って言うか、全員集合してる!
さては、ずっと聞いてたな。
「ルル姉が貴族様のお屋敷で働くなんて、素敵!」
「ルル姉もドレス着れるの?」
「ルル姉美味しいもの食べれる?」
「ルル姉がお手紙くれるなんてワクワクしちゃう!」
「ルル姉が楽になるなら全然有り!」
それぞれの言葉に、私は胸がジンとしました。
皆んな、私のことを思ってくれています。
「それに!お土産のお菓子も!!!」
あ、声が揃いましたね。
こっちが本心かい!!
私達のやり取りに、スヴェンさんがクスクス笑っています。
全く、恥ずかしいんだから。
「分かったわ。たくさんお仕事して、いっぱいお土産買って来る。ルル姉はドレス着ないと思うけど、皆んなは新しい綺麗なお洋服と、とびきり美味しいお菓子を楽しみにしてて!」
わぁい!!
と、歓声を上げる一同に苦笑していると、私を抜くと一番歳上になるミランダがこちらを見て、笑顔で頷きました。
こっちは任せてよって、言ってくれてるのね。
「園長…。」
「うん、こっちは何とかなるよ。こんな機会2度とないだろうから行っておいで。」
園長も笑顔です。
皆んなの総意と有れば…。
私は立ち上がり、スヴェンさんの目をしっかりと見つめました。
「どこまでお役に立てるか分かりませんが、そのお話し、お受け致します。どうぞ、二年間よろしくお願い致します。」
そしてペコリと頭を下げます。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。」
スヴェンさんも立って、私に向かってお辞儀をしてくれました。
「あの子をお願い致しますね。とても能力はあるので田舎にいるのは勿体ないと常々思っていたんです。いつも自分のことは後回しで、我慢ばかりさせてしまって…。」
「お許しいただき、有難うございます。新しい生活でお嬢様が困ることのないよう努めさせていただきますのでご安心下さい。」
「何だか、嫁に出すような気分ですねぇ。」
「心中、お察し致します。」
「でも、これが正解だと思います。重ね重ねよろしくお願い致します。」
大興奮の子供達を宥めに行ったルチルのいない所で、二人の男ーー園長とスヴェンは微笑み合った。
「それでは、今後のお話しに入りますので馬車から資料を取って参ります。」
スヴェンが出て行く背中を見送ると、園長がポツリと呟いた。
「エヴァンス公爵家、か。」
その視線の先には、一人の女性の遺影。
「何だか運命を感じるねぇ。ね、ミリ。」
その言葉は、春の麗かな日差しの中に消えて行った。
作中の「ちょっ、、待てよ」は、
あのお方のボイスで再生下さいませ笑
次回は早めに更新できればと思っております!