始まりの日
今回坊ちゃんは登場しません。
坊ちゃんと違って無邪気なルチルの弟妹達をお楽しみ下さい。笑
始まりはあの日ーーー。
春の昼下がりのことでした。
「ルル姉見て!大っきい馬車だよ!!」
窓の外を指差すオリバーの歓声に、私は熱中していた繕い物から顔を上げました。
オリバーの隣に立ってみると、確かに大きな、とても立派な馬車がゆっくりと進んでいるのが見えます。
「ほんとだ。立派ね。どこかの貴族様かしら?」
こんな田舎に何のご用でしょう。
「もしかして、王子様かも!」
「もしかして、ルル姉を探しに来たのかも!」
いつの間にか現れたアイリスとトーレスが、私の腰に抱きつきながら歓声を上げます。
「何で私??」
「この前ルル姉がしてくれた!お城の王子様が靴を持って、街にお姫様を探しに来るお話し!」
あ、なるほど。ガラスの靴ですね。
確かに先日、寝る前の物語として話していたのを2人も聞いていましたね。
しかしながら、現実にそんなことは有り得ない訳で…。
「ルル姉な訳ないでしょ。舞踏会なんて行ったことないんだから。」
私が2人の夢を壊さないように返答に困っていると、
これまた馬車を見にやって来たミランダがピシャリと言いました。
「だけど、誰かを探してるのは本当みたいだねぇ。あの馬車の感じからして、相当爵位の高い貴族様じゃないかな。」
わ、園長まで集まって来た。
腕にはお昼寝中のリリーを抱っこして。
こうして、一家大集合で馬車を眺めていると、確かに園長の言う通りのようです。
馬車はゆっくりと、時折、何かを確認するように民家の前に止まっています。
「ここの領地はエヴァンス公爵家の管轄だけど、流石にそれはないよねぇ。」
園長の言葉に、私は頷きます。
エヴァンス公爵家といえば、国の筆頭四貴族に位置する、名家中の名家です。
そんな高貴な方が、いくら管轄の地域とは言えこんな何もない片田舎に来るとは思えません。
私が暮らすのは、王都まで馬車で3時間のトゥエーリと言う街です。
辛うじて村ではなく街と分類されていますが、お天気がいいことと、長閑なことを差し引くと特筆すべき点の無い小さな街。
これまで、身分の高い方が来たことなどありません。
そんな訳で、私達が利用する乗り合いの物とは比べ物にならない立派な馬車を、一家総出で観察するのも無理からぬことなのです。
ミシッミシッ
ふいに、不吉な音が聞こえました。
ハッとする一家。
音の出処は、私達の足元…。
マズイ!!
「散ッ!!!!」
私の号令で、全員がそれぞれ別の方向に飛び退ります。
あ、危なかった…。
「ギリギリ⁉︎ギリギリセーフ⁉︎」
「また床が抜けるとこだったね!」
「先週雨漏り直したばっかだからお金無いのに!」
「やっぱ全員で一箇所に固まっちゃダメだねぇ。」
「みんなの反応が良くて助かったわ。」
「東の国の魔法使いみたいだったね!」
「ニンジャは魔法使いじゃないってばよ。」
…うん。皆んな慣れすぎだからね。
この反応を見ればお分かりかと思いますが、我が家では家のどこかが壊れるのは日常茶飯事なのです。
と言っても、誰かが乱暴とかではありませんよ。
もうね、単純に貧乏なのです。
超!貧!!乏!!!
「春風の園」
そんな名前を持つ我が家は、この街で唯一の孤児院です。
園長が自身の祖父母から継いだこの園は、創設されて約60年。
家長より先輩の、著しく老朽化が進んだこの建物で、現在7人が暮らしています。
ではここで、我が家のォォメンバーァァ紹介ィィ!!
園長 ドリー (のんびりおじさん)53歳
長女 ルチル (私です。経理担当。)16歳
長男 イリヤ (頭脳担当)15歳
次女 ミランダ(毒舌しっかり者)13歳
次男 オリバー(イタズラ大好き)11歳
三女 アイリス(夢見る乙女)9歳
三男 トーレス(元気の塊)9歳
四女 リリー (甘えん坊)5歳
皆んなァ!よろしくだぜェェェェ!!
…うん、やめよ。
ちょっとそれっぽくしたかったんですが、通常モードに戻しますね。
えーっと、あ、そうそう。
先程、この家で7人が暮らしているとお話ししたんですが、長男のイリヤは寄宿学校で生活しているので、彼を抜いての7人です。
それでも大家族ですね。
皆んなそれぞれに理由があってこの園に引き取られましたが、本当の家族のように仲良く暮らしています。
笑いが絶えない自慢の家族です。
ただ、そんなニコニコ家族でも、どうしても笑えないのが…
本っっっ当に資金難だと言う現実です。
大きな孤児院は、国からの支援や支援者(主にお金持ちの貴族様)の援助で成り立っています。
しかしながら、こんな田舎街の極小孤児院には援助など回ってきません。
むしろ、認知すらされていないのですよね。
一応、「春風の園」と入り口に看板を吊り下げてるのですが、何せ古いもので、ほとんど読めなくなってしまっています。
勿論、新しく作るお金なんてありません。
手作りしようにも、他の修繕箇所が多すぎて手が回らないのです。
雨がふれば雨漏りし、風が吹けば壁が剥がれ、家族が集合すれば床が抜ける…。
そりゃもう、毎日トンテンカンテンしてますよ。
食費も足りませんので、近所の皆さんからの差し入れと、自分達で作った畑の作物のおかげでなんとか食いつないでいる状態です。
衣類に至っては、破れた所を縫って縫ってさらに縫って、本当の限界が来るまで着倒します。
世間の「もう買い替えようかな。」と言う基準から、軽く3年は着ます。
ただ、ここまで節制しても、家計が火の車なのは変わりません。
さらに心配なのは、弟妹達が同年代の子供より、やや小柄だと言うこと。
皆んな風邪ひとつ引かない丈夫な身体に育っていますが、やはりこう言った所に栄養状態が出てしまっているんでしょうか…。
あぁ…私はどうでもいいから、せめて家族にはお腹いっぱい食べさせてあげたい。
ふかふかのベッドで寝かせてあげたいし、オシャレだってさせてあげたい…。
そのために、夜は働きに出ています。
酒場のウエイトレスは、重いし煩いし眠いしクタクタになりますが…。
お姉ちゃん頑張るからね!!!!
目指せ!!貧乏脱却!!!!
心の中で熱い拳を握り締めているとーー。
「ごめん下さいませ。こちらに、ルチル様はいらっしゃいますでしょうか。」
突然、玄関から男性の声がしました。
驚いた家族皆んなが私を見ています。
どうも私を訪ねて来ているようですが、どちら様でしょうか。
本来だったら警戒するべきなのでしょうが、その丁寧な言葉遣いに安心感を覚えます。
取り敢えず話しを聞いてみようとドアに向かうと、園長が私を制してドアを開けました。
私もすぐ後ろに続きます。
「突然の訪問をお許しください。私はエヴァンス公爵家の執事スヴェンと申します。」
ドアの外に立っていたのは、30代くらいのスラリとした上品な男性でした。
「この度は、ルチル様にお願いがあって参ったのです。不躾ではございますが、お話しだけでも聞いていただけないでしょうか。」
今、エヴァンス公爵家と仰いました⁉︎
国の筆頭大貴族様の、執事さん??
私に?お願い???
園長を見ると、私と同様にポカンとしております。
どう考えても、エヴァンス公爵家に仕えるような方が私にお願いなんてあるはずがありません。
「あのーーー」
人違いではないかと口を開きかけたその時ーー。
ミシッミシッ
ん?
何か聞いたことある音ですねーーー。
ミシミシッ
あ!!いつの間にか一家全員ここに集まってる!!
「散ッ!!!!!!」
慌てて飛び退るも、時すでに遅くーーー。
バキャッ!!!
床ーーー。
抜けたーーー。
グッバイ、私のバイト代。
料理と裁縫は主にルチル。
力仕事は園長。
お掃除は全員で協力します。
因みに、アイリスとトーレスは本当の双子です。