独占欲じゃなくて、当然
前回、次は回想シーンと予告してましたがこちらを挟みます。
ちゃぽんーー
ほんわかした湯気とアロマの香りが満ちたバスルームに水音が響きます。
身体はお湯に浸かったまま、顔だけ仰向けにした坊ちゃんの髪を、私は丁寧に泡で包みます。
「何を考えてる?」
ふいに坊ちゃんに問われました。
ゆったりと目を閉じて私の顔など見えていないはずなのに、どうして私が考え事をしていると分かったのでしょう。
「お前が変に静かな時は大抵何かよからぬ事を考えてるからな。」
人を煩いヤバイ奴みたいな言い方しないでもらえませんかね…。
しかしまぁ、考え事をしていたのは事実ですので、私は正直に答えます。
「坊ちゃんのお世話をさせていただいて、もう半年になるのかと思いまして。」
長かったような短かったような。
「初めてエヴァンス家を訪れた日を、思い出しておりました。」
「何だ急に。」
「実は今日、実家の弟妹達から手紙が届いたんです。そこに、私が実家を出て半年経ったことが書かれていて……わぁっ⁉︎」
ザブンと言う音と共に伸びてきた坊ちゃんの手に腕を掴まれました。
「ちょっ、坊ちゃん!濡れたじゃないですか。」
「帰りたいのか?」
仰向けのまま、私の目をしっかりと捉えて坊ちゃんが聞きます。
その驚く程碧い瞳の奥に映るのは…。
「確かに、皆に会いたいとは思いますね。」
掴まれ腕にギュッと力がこもったのを感じ、私は敢えてなんて事ないように続けます。
「でも、手紙で近況は分かりますから。変わりなく元気な様ですし、たまーに会えれば充分です。」
緩んだ腕の力に少し笑いそうになりながら、さらに続けます。
「それに、私がいない間に誰かさんが、アイツはどこ行ったアイツを出せなんて、他の使用人達の平穏を乱したら困りますからね。」
戯けて締めくくった私に、坊ちゃんがフンと鼻を鳴らしました。
「僕のことを言ってるなら見当違いも甚だしいな。お前なんか居なくても何ともない。」
ザブンッと、出した時より勢い良く腕をお湯に戻しながら坊ちゃんが言います。
「そうですか。坊ちゃん、泡を流すので目を閉じて下さいね。」
坊ちゃんのお顔にかからないようにシャワーで泡を落としたら、次はトリートメントです。
絹の様な柔らかくて繊細な髪に丁寧に馴染ませます。
坊ちゃんの髪はとてもデリケートなので、シャンプーやトリートメントも私のオリジナルです。
モコモコの泡が立つソープグリーンと言う植物の実と数種類のハーブ、保湿効果の高い蜂蜜がポイントです。
このシャンプーとトリートメントメントにしてから、自己満足ではなくて、坊ちゃんの髪の輝きが3割増しになりました。
プラチナブロンドよりも銀色寄りの、光輝く坊ちゃんの髪は「ムーンブロンド」と名付けられ、女性達(中には男性も)の憧れの的となっています。
あ、ちなみに興味ないとは思いますが、私の髪はかなりくすんだ金髪です。
櫛が通らないレベルのゴワゴワ髪を、頭の後ろで無理矢理シニヨンにしています。
何だこの差は…。
しかしながら、坊ちゃんの容姿を褒められることは私にとって大っっっ変な喜びなのです。
主の誉れがこんなに誇らしいものだとは、坊ちゃんにお仕えするまで知りませんでした。
トリートメントを流しながら、そんなことを思っていると…。
あれ?
目を閉じた坊ちゃんの眉間に、うっすら皺が寄っているではありませんか。
そのお顔すらもマジ天使…じゃなくて、私は急いでお湯の温度を確認します。
シャワーは適温。
バスのお湯も大丈夫。
お顔にお湯はかかってないし、シャンプーもトリートメントも綺麗に流せています。
坊ちゃんはとても繊細なので、特にお風呂の時は最新の注意を払うようにしています。
何が気に入らなかったのかしら…。
急いで坊ちゃんに確認しようと口を開いたその時、
「ルチル。」
突然名前を呼ばれたので、私は半開きの口のまま止まってしまいました。
ーーー。
え、名前呼んだのに沈黙?
「坊ちゃん?」
やっぱり何かお気に召さなかったのかしら。
「半日なら許してやらなくもない。」
へ??
坊ちゃん、脈絡がなさすぎじゃありませんか。
何が半日なんです?
ポケッとしている私に、坊ちゃんは焦れたように目を開くと言葉を続けます。
「だから、実家に行きたいんだろう。」
仰向けていた顔を戻してしまったので私には表情が見えません。
けど、これは…。
何か、葛藤してる?
もしかして、眉間の皺は坊ちゃんが妥協点を探して考え込んでたからなのかしら…。
ふいに込み上げてきた笑いを誤魔化すために、私は急いで返事をします。
「ありがとうございます、坊ちゃん。ではいつか、お言葉に甘えさせていただきますね。」
「いつか?」
「ええ、いつか。仕事がありますので暫く行くつもりはありません。」
坊ちゃんの後頭部に向かって話します。
私がすぐ帰ると言い出すと思っていたのか、振り返った坊ちゃんの顔は驚いていました。
「因みに坊ちゃん、こう言う時、良い雇用主は『2、3日暇をだそう』とか言ってくれるものですよ。」
「は?僕に2日も3日も風呂に入らせない気か。」
軽口を叩く私に、坊ちゃんはムスッとしながら言います。
「え?」
「お前以外の人間に、髪を触らせる気はない。他人に触られるなんて考えただけでゾッとする。」
「へ?」
「お前がいないなら風呂なんて入らないからな。」
坊ちゃん、何でそんなドヤ顔なんですか…。
全く、、、
本当に困った天使様です。
普通の子供で言う所の、
「ルチルとじゃなきゃヤダもん‼︎お風呂入らないんだからね‼︎」
って感じです(笑)
因みにお風呂は乳白色なので諸々は見えません。
坊ちゃんの名誉のために(笑)