ドラゴン牛乳
「ドラゴン牛乳って知ってっか?」
「はぁ?」
ダグザはそんなことを突然聞いてきたポムルに、思い切り間の抜けた表情を向ける。
この二人の若い男が生まれ育ったセネア村は、気候温暖かつ危険な動物も周囲にいない立地から、牧畜によってそれなりに栄えていた。その村で乳製品や肉類を扱う商人をしているダグザにも、聞いたことのない名前だった。
「いや、それ……なんだ? ドラゴンの乳ってことか? 見たこともねぇけど、だいたいそれだったら牛乳ではねぇだろ」
セネア村の周囲で危険な動物といえば、精々でもオオカミくらいなものだった。しかし世界を巡ればグリフォンやサイクロプスなどモンスターとも呼称される超危険動物が存在することを、商人として村の外も見るダグザは知っていた。ドラゴンはそんなモンスターの頂点とされる存在だ。
いや、村の外を知るということでは……。
「おめぇの方がそういうのは知ってっだろ?」
セネア村で大牧場の五男として生まれたポムルは、十四の歳に村を飛び出し、二十五となって戻ってきた今では一流のモンスター討伐者として名を馳せるまでに成長していた。その超越的な戦闘能力ばかりが話題に上るモンスター討伐者ではあったが、希少な素材を求めて世界中を旅するのが普通であり、物知りであることもダグザは聞き及んでいた。
しかし当のポムルは不思議そうに首を傾げる。
「いやぁ、オラも王都の方で噂されてんのだけ聞いたんだ。ドラゴンの乳なら飲んだこともあっけど、ドラゴン牛乳ってのぁとんと聞いたことなくてな」
世界を巡っても変わらないポムルのセネア訛りに目を細めていたダグザだったが、そこで目を剥いて驚く。
「ドラゴンの乳飲んだことあんのかぁ!? っぱ一流の討伐者ってのぁすっげぇなぁ」
一方でポムルは称賛されて誇るでもなく、何かに気付いたという様子を見せた。
「あ、そっかぁずっと王都の横っちょででっけ厩舎建てて預けてっから、ダグザは見たことねっか」
「何をだ?」
急に転換したように聞こえる話題にダグザは眉をひそめた。
「いやドラゴンだよ、オラの。飼いならしてカゴつけて色々運ばせてんだ。便利だぞぉ、オラん家の牛乳も新鮮なまま王都まで持ってけてすっげ売れてんだ」
「ドラゴンで……おめぇんとこの牛乳を配達……、それでねか?」
「何がだ?」
インパクトと話題性があればブランドができ、流行が後からついてくる。それは魔法と幻想にあふれるこの異世界でも変わらない。