変える力が必要
漂う熱に手が持ち上がる。熱はウィズの動きに合わせて変化した。
全ては行動することに可能性があった。ウィズはそれに気づけなかった。
手が落ちる。氷はガコンと砕け始める。
メイリアはユキに近づくと手を伸ばした。
『危なかったわね?』
『助かりました』
『それほどでも』
ユキを引き上げながら謙遜する女騎士は誇らしげに応えた。
「ウィズさま、言うことはないですか」
ユキは振り返って目を細めた。
「アイム……」
ウィズが言い切る前に声が重なる。
『違います』
歩み寄りながらユキは正しさを説く。
「悪いことをしたら、ごめんなさいって言うんです」
『ごめんなさい』
「よくできました、先に進みましょう」
そう言ってウィズを横切る。
「ちょっと? これ開けないの?」
メイリアが不思議そうに木箱を示す。
「罠は嫌いです」
「宝箱はそれ含めて醍醐味だけど」
「危ない目に合いたい気分じゃないので」
醍醐味と言う割には開けたがらないメイリア。
代わりにウィズが宝箱に手を伸ばそうとする。
「足で開けなさい」
「あし?」
「足はなくなっても生きていける、でしょう?」
メイリアに従って壊すように上側を蹴って開く。
開いた箱の中に手を入れて小物を抜き取る。
金色の輪の上の青い宝石はキラキラ輝く。
「それだけ?」
頷いて指輪を守るように握る。
「ユキは要らないみたいだから、ほら、私が処分してあげる、男には不要よ」
この手に乗せろとメイリアは指を泳がせた。
「どうしたのかしら?」
「メイリア、サマには感謝してる」
そう言って後ずさるウィズ。
「そうね」
ユキに向かっていく姿にメイリアは手を下ろした。
「これが宝箱からあった、僕はこれを。ユキに」
言葉を詰まらせるウィズ。
『私に、どうしたいんですか?』
「渡したい……」
「贈り物ではないんですね、付けてみて呪われてるかどうか、私で試したいから、渡すんですか?」
試す口振りと試される身振り。
「そ、そういうわけじゃない!」
ウィズは指輪を小指へ通して証明する。
「おお、安全な指輪です」
パチパチと褒めると残念そうにユキは言う。
『でも、渡す理由もなくなっちゃいました』
「ど、どうして」
「ポンと渡されても、機嫌取りとしか」
指を折って有り得るかもしれないバックグラウンドを数える。
『あんたの方が悪魔ね』
何も言い返せないウィズ。見兼ねたメイリアは口を挟む。
「殺されかけたので容赦はしません」
「終わり良ければ全て良しって言葉もあるわ」
「そうです、私はそれを求めてるんです」
「はあ?」
ユキはそろりそろりとウィズに寄る。
「ウィズさま、教えてください。どうして私に?」
優しい声で答えを誘う。
「この色はユキに似合う、付けて欲しい、だから渡そうと思った」
「それを渡す、なんて言いません」
ユキの人差し指はウィズの口を塞ぐ。染み込むように指が沈む。
『愛してるって言うんですよ』
唇を離れた手はウィズの行動を待つように手先を広げる。
「待ちなさい、プレゼントでいいわ、ウィズ。操られないで? そもそもね、プレゼントの語源は」
「先に言った方を信じる」
メイリアの知識はルールに打ち消されてしまった。
「ウィズさま、薬指にお願いします」
ウィズは細い手を優しく抑えると指輪をゆっくり通した。
『愛してる、受け取って欲しい』
答える前につま先で。応える前に口先で。始まる前に目の先で、ユキは応える。
『言っとくけど、キスはしちゃダメなのよ』
現実に引きずり戻すメイリアの声。
ウィズがダメと聞いて後ずさる。
「し、していいですよ、ウィズさま! ダメなこともたまにはしていいんです」
ユキがウィズの腕をギュッと掴んで引き止める。たまにしてもいいならと、ウィズの興味がユキに戻る。
『キスしちゃうと、相手が死ぬかもしれないけれど』
またウィズが離れる。
「なら、できない」
「嘘に決まってます」
「先に言ったのは、メイリアだ」
「それだけで信じるんですか」
「何を信じたらいいのか、それすら分からない。だから先に言った方を信じる」
傍から見れば頑固者。
「簡単に分かるじゃないですか!」
焦がれたユキはウィズを逃がさない。
「わ、分からない。嘘を本当にしない力もない」
『もう!』
地面を蹴ったユキが跳ねる。勢いに仰け反って落ちていくウィズ。
「……」
言葉は塞がれる。押し退ける手は防がれる。
『分からないなら、分からせます』
そう言って濡れた唇はまた伏せた。




