魔力にも似た魅力
『渡しておきますね』
ユキは大切そうに胸の奥へ仕舞う。
「渡せるように、僕も頑張らないと」
立とうとしたウィズがガクンと膝をつく。
「大丈夫ですか?」
『手が教えてくれた言葉を借りると、風邪かな』
「休んだ方がいいです」
「大丈夫だ、問題ない」
みんな頑張ってる。なら自分も。
ウィズは記憶を戻そうと努力した。
自分は天気を変えていたと聞いて、手を空に向けた。
「やり方がわからない」
「ここをこう、ガッてする感じです!」
ユキに言われた通りに手を振る。その通りに天気が変わる。
一気に雪が降ってきた。
『ウィズさまっ』
ウィズの後ろに回ったユキは手でまきつきながら囁いた。
「これは……成功?」
「寒いので、戻して欲しいです」
頬を染めたユキの声色が落ちる。
「どうやって戻せば」
「分からないです」
ウィズは感覚で天気を戻した。
「しなかったら良かった」
「………」
「そろそろ離れて」
言われてようやくウィズの背中を手放す。
「人目がある場所で目立つことをするべきじゃないのは僕でもわかる」
「家の中とかなら、してもいいってことですか?」
「天井越しに空は見えないけど」
ユキはクルリと背を向ける。肩が怒るように尖った。
『そういう意味じゃないです』
「どういう意味?」
「もういいです」
ウィズを置いてユキは家に戻っていく。
「よく分からない」
ユキが戻るならとウィズも後を追う。
「ついてこなくていいです」
「迷子になるのは嫌だった」
「それは困りますね」
振り返ってウィズの手を握ると強く引き寄せた。
「一緒に、どこか……」
『真っ直ぐ、帰りましょう』
ウィズの期待はあっさり崩れる。
「連れて行ってくれるわけでは、ない?」
「何も分からないウィズさまがたぶらかされるかもしれないので」
「そこまでバカじゃない」
「ダメなものはダメです」
言い返そうとするウィズの口が白い人差し指で塞がれる。
「ダメです」
「…………」
白旗の代わりにウィズの両手が上がる。
「分かればいいんですよ、分かれば」
家に戻されたウィズはユキの左手を包むように握る。
さっきまで握ってもらっていたのに、握る側になっていた。
「私の手に力を込めてください」
「力というのは」
「魔法のような力です」
ウィズは感覚で力を吹き込む。ユキの手首から何かが這うように袖から服が揺れ始める。
キラキラとユキの手先が輝く。
「……今なら」
ユキはウィズの手を抜いて人差し指を向ける。
「ウィズさま、くわえてください」
「わかった!」
ウィズは言われた通りに自分の人差し指を口に含む。
「違います、私のです」
「なるほど」
ウィズはよく分からないままユキの指をくわえる。
「これを、こうして……ごめんなさい、ウィズさま!」
ユキの腕に纏う光の粒子が指先から逃げていく。その先はウィズの口の中で。
ウィズはゴクリと水を飲む。粒子が消えると同時にユキは手を引いた。
「これが、魔法」
ユキにとって魔力の流れを体感できるほどの長時間の魔法はこれが初めてだった。
どうすれば出るのか、魔力があるとはどういう感覚なのか。
その全てが分かったユキは嬉しく思い、同時に落胆する。
「魔力がない」
使い方が分かっても己の中に魔力がなければいけない。
『ユキ様は綺麗だ』
ウィズは落ち込むユキの手を拾って温める。
「ウィズさま……」
「メイリアよりも魅力的だと思う」
「魅力じゃなくて、魔力の話です」
ウィズは聞き間違いに気づいて目線を逸らす。
「でも、凄く嬉しいです」
ユキの唇がニッと緩む。張った表面に光が跳ねる。
「ウィズさま」
身を乗り出してユキはウィズを抱きしめる。
「……や、やめてほしい」
ウィズは払うようにユキを押し退けた。
「ダメですか」
「君の匂いは、息苦しくなる」
胸に手を当てて肩を大きく上下させる。
「他人行儀は嫌われますよ」
「まだ他人と何も……」
片膝で立ったユキはイタズラに舌先を見せる。
『べー』
一方的に悪意を押し付けたユキはメイリアを呼んだ。
「明日には行くんですよね?」
そうよ、と答えるメイリア。
「良いものを食べて備えませんか」
「食い逃げだったら賛成してあげる」
「私が払うので大丈夫ですっ!」
ユキは座ったままのウィズに手を見せる。
『迷子になったら困りますからね』
「子供扱いしすぎじゃないかしら……」
「道は分からないみたいですよ」
「じゃあ子供ね」
ウィズ達は普段とは違う道のりで酒場に向かおうとする。
途中で見慣れない店にウィズが足を止める。
「少し見たい」
「いいですよ」
ウィズの好奇心を煽ったのは骨董品。一つだけウィズには見覚えのあるアイテム。
「……」
ウィズはそれを見てじっと止まる。
それに気づいたオジサンはウィズ様ならタダであげますよと言う。
『これを手に入れて、誰かに渡さなくてはいけない、そんな気がする』
「ああ、あれ、秘宝の話ね。どうして盗品がここにあるのかは分からないけど」
メイリアが思い出したように言う。
「ウィズは実物が見たことがあるのかも。これを貰っといて、持ち主に聞いてみたら? 記憶が戻るかもよ? よかったじゃない」
ウィズの肩をバンッと叩いてメイリアは喜ぶ。
「や、やめとく……」
ウィズは微かに後ずさって冷や汗をかく。
「どうして?」
「なんとなく」
「これで戻ればダンジョンが楽に」
「こ、これは偽物、レプリカで怒らせたくない」
「ウィズに怒る人なんて存在しないわ」
『お、ぼくは、はんたいだ』
ウィズは逃げるように早く歩く。
「ウィズさま、そっちじゃなくてこっちですよ」




