取り戻せない亀裂
『記憶を戻す?』
ユキは歩きながら言葉を聞き返した。信じれなかった。
「そうよ」
「ウィズさまのこと、詳しいんですか?」
「そ、そんなに」
「無理だと思います」
「ウィズの話を集めましょ? ね?」
ユキはバカ正直ですね、とだけ言った。
『ゆっくり歩きたい』
普段と様子の違うウィズにマオは何か言うわけでもない。
早歩きで前に進もうとする。ウィズは案の定コケた。
「はやくして」
「……」
立ち上がるとホコリを払うところを見ずにマオは進む。
「助けてもらう人の態度?」
メイリアの声はマオに届かない。代わりに立ち止まったままのメサイアが答える。
「罪を着るのは結構心地悪いよ」
垂らした左腕の方に手を置いてメサイアは目を逸らす。
「共犯者には当然の報いじゃない?」
「……だから次はマトモに生きるって決めた」
「本当かしら」
ウィズはマオの後を追っていく。
「マオは、知んないけど」
「メサイア! 置いていくよ!」
マオの声にメサイアは話を切って駆けていく。
「ちょっと」
「話、聞けませんでしたね」
「まだ機会はあるわ」
二人が近づいた頃には、マオとウィズが話をしていた。
「これはなんだ?」
「もしかしてまだ恨んでる? 剣だけど持っちゃダメ?」
「……これは?」
「手袋、皮の」
「これは?」
「スカートだけど……なに」
ウィズがマオの胸元に手を伸ばして掬う。
『これは』
首から下げられた青い石を手に取って不思議そうに尋ねる。
「せ、せくはら!」
マオは咄嗟にウィズを突き飛ばす。
「……これは、せくはらと言うのか」
石を握る形を作ってふむふむ頷くウィズ。
「そんなことも知らないの」
まあまあとメサイアが宥めて場を収めた。
異様な空気。ウィズは謝りもしなければ、マオは完全に距離を取っている。事が終われば、何もかもなかったことになる。
「ウィズさま、こちらへ」
ユキはウィズの肩に手を置いて自陣に引き込む。前の二人に聞こえないように声を出す。
「なにか思い出せましたか?」
思い出せてないと首を振られる。
「そうですか、今のウィズさまが好きなように決めていいですからね、決めれなくなったら私を見てください」
「どうして」
「なんとなく、です」
しばらく歩いていると衛兵にマオ達は捕まってしまう。
『脱獄したやつによく似ているな?』
見せられた似顔絵に二人はそっくりだった。
『来てもらおうか』
「ウィズ助けて!」
声に合わせたように衛兵が風で煽られ、軽い鎧ごと倒れる。
接着するように床と鎧が氷で固まる。
「くっ、魔法も使える剣士だったか!」
マオが予想外のサポートにウィズの首元を掴む。
「余計なことしないでよ!」
「僕にできるのは、これくらいしか……」
「僕って何? 勝手に罪を増やしといて良い子ぶらないで!」
「ではどうすれば」
「普段通りにやるだけ、アレンジもいらない!」
助ける一心で放った魔法を否定され、何も知らないウィズはそれ以外の方法が心の底から気になった。
「ふだん、どおり……」
『前みたいに余計なことしたら、本当に許さない』
有無も言わさない雰囲気。
「ははは、マオはこわいねー」
空気を取り戻そうとするメサイアの努力は無駄だった。
変な空気のまま大きな建物の前にやってきた。
「ここがスペル様の」
メイリアは興味深そうにつぶやいた。
『何者……ウィズ様ですか、スペル様は居ますが』
伝説の魔法使いの家は守りが固く、門の代わりに男が立ち塞がる。
「入れてほしい」
「はっ」
大きなドアは魔法で開かれ、ウィズ達は誘われるように入っていく。
本棚に囲まれた机に佇むスペル。本から目を逸らして来客を認める。
『……ウィズだけではなかったか』
じっと見てスペルは本をたたむ。
「無事だったか、ウィズよ」
「……」
「そんな原因を作った人間のお仲間風情を連れて、どういうことだ?」
ウィズはおもむろに口を開く。
「許してやってください」
「許す? それは優しすぎる」
「……友達、なので」
スペルの声が止まる。代わりにため息。
「仕方ない、本人が言うならば」
ウィズがコクリと頷く。
「ところで、勇者は完全にいなくなってしまった。次の勇者はお前が良いとみんなが言っているのだがどうだ」
「誰ですか」
「お前だ、ウィズ」
勇者とは一体なんなのか、ウィズには分からないまま話が進む。
「どうする?」
スペルはウィズの声を待っている。
「……」
ウィズは堪らず振り返ってユキを見た。
ユキはニコリと微笑む。
「そうだったな、お前はもう、一存で決めて良い状態ではなかった」
コクコクと刻むようにウィズは頷く。
「ダンジョンが終わった頃に、聞こうではないか」




