誰よりも綺麗な雨
『違います! ウィズさまが飼い主です!』
「それは本当にただの嘘じゃない!?」
「さっきのもただの嘘だと思います」
ウィズさまと手に取るユキ。
「信じてください」
「どちらが本当のことを?」
「どっちが本当だと思いますか」
密かに立場の逆転を狙っていたメイリアに激震が走る。
ゴクリと固唾を飲んで委ねる。
「メイリア様」
「でしょうね!」
心の奥底でガッツポーズ。滲み出た喜びが口に出る。
「そんな……」
「ではウィズ、立ちなさい」
言われた通りに立つとついて来るようにメイリアは言う。
「来なさい、湯を浴びたい気分なの」
後を追うウィズが何もない場所でつまづく。
「ウィズさま!」
前のめりに顔から地面に向かう一瞬。また意識が奪われる可能性。
『っ!』
フッと巻き起こった一瞬の風。逆再生のようにウィズを押し返す。
「無事でよかったです」
「何が、起こった」
自分の手のひらをウィズは不思議そうに見つめる。
無自覚の魔法。
「魔法ですよ!」
「なんだ、それは」
「メイリアが教えてくれると思います」
「ところで、メイリア様はどこに」
あそこです、とユキは指で示して案内。
「あそことは?」
「ここを右に……一緒に行きますか」
またあのようなことがあったら。ウィズの手を引いてメイリアが居る風呂場に案内した。
「遅いわ、遅すぎる」
「コケそうになってたんです、もう少し心配して上げてください」
「そうなの? 確かに、コケそうな顔だけど……」
そんなことはどうでも良い。メイリアは本題を挟む。
「ウィズ、あの中にお湯を貯めなさい」
言われた通りの湯が貼られる。
ウィズは魔法というものを根底では理解しているようだった。
「ほどよい温度ね」
手を入れてメイリアは嬉しそうに声色を変える。
「ちょっとまっててね」
一旦風呂から出ると鎧のプレートをカチャカチャ落としていく。
「なにしてるんですか?」
「お風呂に入る時、服は脱がないの?」
「ウィズさまが……」
「いいじゃない、実質赤ちゃんみたいなものでしょ? ほら、興味無さそう」
「単純にメイリアに興味がないのでは」
「あぁ?」
本当にメイリアは全てを取っ払って入っていく。
「ウィズ、シャワーをちょうだい」
「シャワーとは」
「……雨みたいな暖かい水をちょうだい? 湯船に落ちない程度のね」
サラサラ降っていく湯水を赤い髪が受けて染み込む。
明るい色が微かに水を飲んで暗に濡れる。
髪が湯を防ぐ。ずっと、ずっと、ずっと。
「小雨にしてなんて、頼んでないんですけど?」
「雨はこれくらいが綺麗」
「綺麗とかどうでもいいわ」
ウィズは唇を丸めつつもメイリアの期待に応えて粒を大きくする。
見えていた虹が消え、代わりにメイリアが振り返る。
『魔法使い、本当に羨ましい』
手を上げて指と指を組み、うんと背を伸ばして体を伸ばす。
首筋から流れた大粒が鎖骨を乗り越え谷間を通る。
腹部を避けるように落ちていった。
「もう止めて」
雨が止むとヒタヒタ足音を鳴らしてメイリアは湯船を跨ぐ。
静かに入るとジッとウィズを見た。
「あら、やっぱりウィズもこういうのが好き? サービスしちゃおうかしら」
ザバリと立ち上がる音に合わせてユキがピシャリと締め切る。
「これ以上はダメです、ウィズさま……」
「おっほっほっほっ」
ウィズは不思議そうに首を傾げる。
「あまり見すぎると、今後に悪影響なので……」
「よく分からない」
「分からなくていいんですっ」
「頬が赤いのも、よく分からないか」
ユキの頬に冷たい手が触れる。ウィズの手を左手で抑えて目覚めるようにパチパチ瞬く。
「どうして赤く、熱い?」
顔色ひとつを取っても不思議そうに。顔色ひとつ変えずに聞いてくる。
「わ、わかりません」
ユキは手から逃げるように背を向ける。
「なるほど」
関心が切れたのか、ウィズはメイリア様がいる風呂場に向き直った。




