変わることが悪いとは限らない
『うぃずさまー!』
高い声に足を止める。振り向くと小さな女の子が手を振っていた。
『す、すみません、お忙しいのに……』
母親が申し訳なさそうに頭を下げる。
「大丈夫だ」
近づいて女の子と同じ目線で話しかけてみる。
「して欲しいことがあるのかな?」
「ちがうよ!」
「違うのか」
大抵は呼び止められると『こうして欲しい』『そうして欲しい』という言葉が飛ぶ。お願いされる。
女の子は違うらしい。
「うぃずさまとおつきあいしたいです!」
「まっ! そんなこといってはいけませんっ」
母親の手が女の子の口を塞ぐ。
「……その時までそう思っていたら、お付き合いしよう」
思ってるもんって手を退けて反論してくる。
「人は簡単に変わる」
「変わらないもん!」
ぷくーと膨らむ頬。
「変わらなかったらいいな」
名も知らぬ婚約者の頭をポンポンと撫でて立ち上がる。
「変わらないのに! うぃずさまのばか!」
「こらっ!」
手を振ってその場を去る。
人は変わる。歩きながら変わる前と後が巡っていた。
世界を救う前は礼儀正しく頭を下げて感謝もしていたのに。
世界を救って勇者になったある日、グレイは他人の家で壺を割ってしまった。
誰もがヤバいと表情を引き攣らせる中、家主は言った。
『そんな顔しないでください、偉大なことを成し遂げたのでしょう? 些細なことで怒れませんよ』
それから仲間は些細なことを繰り返すようになった。
俺は引き止めたが、勇者だからの一点張りだった。
止めれない代わりに俺はリカバリーに徹している。
「ウィズ様、綺麗な虹をみせてくだされ」
「年老いた目に虹は厳しい」
「そう言わずに、その分、大きな虹を」
声をかけられたら足を止めて期待に応えるようにしている。
遠くの空に手を向けてサラサラな水を降らせて差し込む光の為に雲を手で払う。
虹がキラキラ出現する。
「綺麗ですなあ」
「ああ、心が洗われるような」
「というと、なにか曇るような出来事が?」
「そういうわけじゃないんだ、そういうわけじゃ」
勇者ではなくなったと答えたくなくて逃げてしまった。
俺も勇者に拘っている人間なのかもしれない。
しばらく歩いているとグルグル街を回って酒場に戻ってきてしまった。
何も考えずに歩けば普段に行き着くらしい。
「や、やめてください」
路地裏の方から声が聞こえる。少し近づいて状況を探る。
「いいじゃないか、ええ?」
「無理です……」
『勇者の言うことが聞けないだって?』
覗き込むとグレイが嫌がる女に手を伸ばしていた。
もう俺はパーティーの一員じゃない。
敵の意見を尊重する必要は、もうない。
「できませんっ」
「斬り殺してやろうか!!」
掴みかかろうと動くグレイ。
風の魔法で後ろに押し退けて近くの紙屑に寝かせる。
「ひいいっ」
「てめえ!」
女がしたと思い込んだグレイが剣に手を伸ばす。
「っ……く、ぐぐ……」
鞘に収まった剣を握ったままプルプル震えるグレイ。
鞘の中を水で満たして凍らせてやった。
「ええ……?」
女の人は不気味そうに後ずさる。
「に、逃がすかよ!」
剣を離したグレイが顔から飛び込む。何もしていないのに失敗。
女の人はグレイから逃げていくことに成功。
俺もバレる前にその場を去った。
練習の成果が出てきている。
少し前だったらまとめて二人を殺してしまっていてもおかしくない。
手応えに拳を握って前を向く、歩く、赴く。
家に帰って練習しようか。