息子だけが知っていること
お店の商品を散々もみくちゃにしたメイリアは綺麗に戻して一言。
『スペル様と言えば、口頭で聞いただけのドラゴンを受け答えしながら落雷で仕留めたと言われるほどのお方ですわ、こんな影の薄い男が息子なんてやっぱりありえませんこと』
まだその話をするのかと店の人は呆れている。
「あんなに驚いたくせにまだ疑ってるのか」
「当然、好きな人を騙る人間は許せませんから」
そう言ってどこからか古い書物を取り出すメイリア。
ボロボロでタイトルも霞んで読めなくなっている一冊。
「大賢者アライゼの技法書か」
「そんなことも教えてあげたやもしれませんわね」
「母親の本だからな、教えられなくても知っている」
「……ええ!」
ポロリと落ちた本を風の魔法ですくい上げる。メイリアの手元へ返す。
「う、嘘よ! スペル様とアライゼ様が付き合っていたなんて……」
「知らないのも無理はないそれが何かに記されたことはないからだ、証拠も出せない」
「記載がないなら嘘で決まり! 本人が証明してくれないからでしょう! ざまあみなさい!」
「確かにアライゼはもう居ない、死人に口なしってこった」
「それはマジかしら……? ごめんなさい」
情緒不安定なメイリアに頷くとプルプル首を振る。
「し、信じませんわ! 本を手元に寄せたのも、私ですから!」
「だったら試してみるか」
嘘つきはこういう冗談に弱い。
『ええ、やりましょう。本当の魔法とはなんなのか教えてあげたくてウズウズしてましたの、私に負けたら二度と伝説の魔法使いの息子を騙らないでくださる?』
メイリアはとんでもなく冗談に弱かった。
「ウィズさま……」
不安そうに俺を見上げるユキの肩に手を置いて安心させる。
「安心してくれ、こんな奴と戦うのは俺も不安だ」
「安心できませんっ!」
やるとなったらやらなければならない。メイリアに戦う理由を問う。
「負けた場合はどうする?」
「その時はなんでもしてあげます! 靴を舐めろと言われたら舐めますし、恋人になることもやぶさかではありませんこと」
立てられた小指のように短いメリットを誇らしげに述べて俺を横切ったメイリア。
「お望みでしたら、身ぐるみ全て剥がれることも喜んでお受けしますわ」
「よし行こう」
出ていくメイリアを追う。
「なんで早歩きなんですか! ウィズさまっ!」
「ユキ、男はそういうことを言われると気になる、仕方ない!」
「そうなんですか……」
反対を押し退けて店の外でメイリアと目を合わせる。
「勝負は簡単、私の魔法とウィズの魔法、どちらが強いか」
「シンプルでいいな」
「いきますわ!」
メイリアは剣を抜き、斜め上に振り上げて構える。
『フェニックスオーダー』
そのままブオンと剣が風を切る。
「……風の魔法か?」
「ち、ちが、違いますこと!」
何度も振られたフェニックスオーダーは皮肉にも火の燃料となる風を前に送る魔法へと成り下がる。
「な、なんで、急に」
「あの時は俺が手助けしていたんだ」
「その前から使えていたんです!」
真剣な口調のメイリア。
「これなら」
フェニックスと呟いて鞘に剣を収めて逆手で握り直す。勢い良く抜くと普通の剣。
「……」
カキンと普通に剣が零れ落ちていった。
俺はメイリアの剣を拾って真似をする。
『フェニックス』
腰元に寄せた左手を鞘のように開いて剣を収める。逆手で持ち直して火の粉と共に引き抜く途中で手放す。鞘を抜け切った剣を空中で握り直して刃先を向ける。
「俺の勝ちだな」
剣をメイリアに返した。
「調子が良くなかっただけですわ!」
剣を鞘に戻して帰ろうとするメイリアを引き止める。
「身ぐるみ置いてく話はどうなった」
「く、くううっ」
振り返ったメイリアが今にも泣きそうな顔で後ずさる。
「言いたいことがあるなら言え」
『ど、どうか、どうか! 服だけはお見逃し下さいまし!!』




