季節外れの銀世界
自分の家に着けば弁当箱と共に眠る。こいつとはもう友達みたいなものだ。
量はちょうどいいし、いつ食べても中身が暖かい。
『…………』
ちょっとだけ友達を寄せてから目を閉じた。
そして目覚める。遅く寝たせいで理不尽に感じる一瞬の休み。
少しの身支度。オークを吹き飛ばした時に血がついていたのでさすがに着替えることにした。
「変えの服がない」
仕方ないので血がついた三枚目だけを脱いで誤魔化す。少し寒くてなけなしの黒コートを羽織って外に出た。
眠い。弁当箱片手にあくびを隠す。前が見えなくてフラフラする。
『ウィズ!』
「……ああ」
誰かと思えば見習い魔法使いさんが手を振ってくれていた。
「いつ帰ってきたんですか!?」
「夜中だ」
「早すぎませんか、馬もないのに……」
嘘を言うか本当を言うか。誰かさんが喜ぶことはしたくない。
「風の魔法でひとっ飛びしたんだ」
それでも遠すぎて大変だったと付け加える。馬で一日の勇者は頑張っていたとも言う。
「とんでみたいなあ……」
勇者に花を持たせたいわけじゃない。
だからって憧れを抱く少女の花を取り上げても仕方ない。
「それでは初めての魔法は風が良いか」
「そ、それのことですが……」
魔法使いさんは声のトーンと一緒に俯いていく。
「コケた時に肘を擦りむいてそれが痛くてさすっていたら」
「そのまま手が冷えていった、と」
コクリと頷く魔法使い。よくある無意識の氷魔法。
「ウィズさま……」
「泣くんじゃない」
目尻に水の魔法を貯める生粋の魔法使い。
「こんなにくだらない初めての魔法なんてみとめたく、みとめたくありませんっ」
「く、くだらないだって?」
遂には頬を零れていく涙を落ちないように俺が拭う。
「ウィズさまに魔法の良さを教えて貰いながら一緒に悩んで居たかったんです! なのに、なのに」
「……教えてやろうか」
一瞬だけ涙が止まる。
俺は少女の為に最大限の魔法を空に展開する。
パチンと鳴らした指が発動の合図。
「上を、見てみろ」
俯いたままなら顎に触れて視点を操ってでも見てもらいたい。
空からゆったりと落ちてくる白い氷の子供。季節外れの銀世界。
少女の細長かった目が大きく丸く。
『もしお前に氷の魔法の良さを教えるなら、こうしていた』
そろそろ触れられそうな雪に手を伸ばす少女。後ろに回って寒くならないようにコートを。
「一緒に悩もう、初めての魔法はどれがいい?」
少女は氷の魔法を握りしめてポツリと呟いた。
『これがいいです』




