しない後悔よりする後悔
『お前もどうせ、逃げ帰ってくるんだ』
ぼんやり響く勇者の声から離れる、逃げる、その場を去る。
振り返ったら何かが伝染してしまう気がして振り返れなかった。
歩く度に鳴る足音はどんなに急いでも俺を追い越す。
『ウィズ……』
手を横に広げて立ち塞がったのは見習い魔法使い。
「退いてくれ」
手を潜って前に進む。
「夜中に行くのは危険ですよ、誰もついて行けません」
「関係ない」
関係あると言って俺の後ろを追い続けてくる。
「三人の勇者が踏破できなかったダンジョンに一人で行くんですか?」
「そのつもりだ」
「とにかく夜は反対します!」
「俺のことを弱いと思ってるのか」
「ダンジョンの方向に足を向けて寝れるくらいには、信じてます」
ならいいじゃないかと話を区切る。
「一緒に行きたいんです! ウィズの魔法を見たってみんなに自慢したいんです」
見習い魔法使いは俺の前に割り込んで祈るように腕を組んだ。
『まだ魔法を出したこともないですが! 初めて使う魔法もできればウィズサマと……』
初めて具現化できた魔法は意識してなくても強く印象に残る。
俺は空っぽのコップに口をつけた時に初めて魔法が発動した。
どんなにしょうもなくても残る初めては華やかにしてやりたいな。
「帰ってきたら、どんな魔法があるか実演してあげよう」
「約束、ですよ!」
当然だと小指を結んで互いに確認。
「そろそろ、準備する」
「はい! 気をつけて!」
そう言って魔法使いさんは酒場の中に。
入っていくまでチラリチラリと心配そうに振り返ってくれていた。なるべく早く帰ってくると心に決める。
俺は準備の為に道具屋の方向へ向かった。
魔法使いに必要不可欠なのは焦らないことだと俺は思っている。
『ウィズ様、欲しいものがあったらなんでも!』
店内に展示されているお守りや飲み薬などの一般向けの物では俺の要望を叶えてくれそうにない。
「言いにくいのだが」
「最近発表された最新の『非常時に食べれる真のお守り』が欲しいんですね? 確かに高いですが、ウィズ様であれば半分以下で構いませんよ」
「いや、白い紙をくれ」
「か、紙? あの白くてペラペラの?」
「そうだ」
そんなの無料でいいですよと、少し不満げに出された紙を近くのテーブルで書き込む。
「羽根ペンの扱いがお上手だ……失礼じゃなければ、何を書いているか伺っても?」
「遺書だ」
「死ぬんですか?」
「危険な時、死にかけた時、焦ったりしないか」
店主は「まあ」と頷く。
『その時に遺書を書いてたら「こうなることを考えて事前に遺書したためたしな」って冷静になれると思ったんだ』
一人という圧倒的不利は小さな有利で埋めていく。
あとからそうしておけば良かったなんて通用しない。
「変わってますね……」
「焦ったやつから魔法が暴発する」
「それは焦りすぎだと思いますが」
紙を四角に三回折って店主に渡す。
「俺が死んだ時はこれを売ってくれ、今までの割引してくれた恩を返せる」
『公開しなくていいんですか?』
『後悔しないために書いたんだ』




