正義のヒーローに憧れた私は、悪役な彼を倒したい
私がそれをしたのはただの気まぐれだった。
六歳のとき、姉がこっそり書いて隠していたノートを姉がいない間にこっそりと読んだ。
そこに書かれていたのは、おとめげーむという話とその設定。
平民出身の女の子がある日突然貴族になって真実の愛を掴むという、恋愛系の物語にありがちなものだった。
冒険物語が好きな私にとってはあまり興味をもつものではなかったが、そのノートには気になる点が多かった。出てくる登場人物が実際にいる人物の名前で、しかもまるで話したことがあるかのように好みや性格が一人一人詳細に書かれていた。これから起きる出来事が過去として、書かれていたのも気になった一つだ。
その時はまだ、お姉ちゃんの妄想、すごく凝ってるな〜としか思っていなかった。
だけどある日、このノートに書かれていることが本当だと知ることになる。
きっかけは、攻略対象者と書かれていた人物の母親が亡くなったという話を聞いたからだ。書かれていた内容と時期が全く同じだった。
たまたまだろうと思っていたが、その後も似たようなことが他の人物にも起き、驚いた。
なぜ姉がそんなことを知っていたのか。それはわからない。
だけど、書いてあることが真実になったのは事実だ。
それから私は、まるで予言の書のようなそのノートの内容を信じた。
そしてその頃、隣の領地ヴェルダン領へ向かうことになった。そこには偶然にもノートに書かれていた人物が住んでいた。ただし彼は攻略対象者ではなく、悪役として出てくる。
名前を、ルーベルト・ヴェルダンという。彼はこの先、辺境伯爵として重税を課し、人身売買や奴隷制度などを定めるなど悪逆非道を繰り返し、いずれは領民に倒される悪役になる。
これをみすみす見逃すわけにはいかない!
将来のヴェルダン領の領民の幸せのために!
私が悪逆非道を繰り返すようになる彼、ルーベルトを倒すのだ!
私は拳を空に向かってつきだしつつ決意した。
当時十歳。憧れていたのは正義のヒーローだった。
§
ユーリア・ロンクスト。私は男爵家の三女だ。母親譲りのこげ茶の髪に栗色の瞳。どこにでもいる平々凡々な容姿。得意なのは魔法を使うこと。
将来の夢は、好きな冒険物語にでてくる正義のヒーロー、ユウタロウのように悪い奴をやっつけ、みんなを幸せにすることだ。
私は今、がたごとと揺れる馬車の中、家族とメイド何人かと一緒にヴェルダン領に向かっていた。
白いワンピースに身を包み、片手には家に出る前に拾った立派な木の枝。両親からそんなものをどうするのかと困った顔をされたが、これは私にとっては悪を倒す聖剣なのだ。
眉をきりりと上げ、気分は魔王に挑む勇者だ。
首を洗って待っているがいい、ルーベルト・ヴェルダン!!ふはははは!
心の中で高笑いしていると、馬車が止まった。どうやらヴェルダン辺境伯の屋敷に着いたみたいだ。
父から順番に降りていく。馬車に最後に残ったのは一番年下である私だ。
扉付近に控えていた、執事が手を差し出してくれた。
その手を借りてぴょんと飛び降りる。淑女らしくない降り方に、見ていた両親が微妙な表情を浮かべるがなんのその。ヴェルダン領まで約半日も馬車移動したのだ。少しお尻が痛い。だから、ちょっとくらい見逃してほしい。
玄関ではヴェルダン家の面々が出迎えてくれていた。
「ようこそ、ヴェルダン領へ。来てくれて感謝するよ、ロンクスト殿」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます」
父が、まるで魔王のように恐ろしい強面を持つ人と笑顔で握手し合う。
そして、そのヴェルダン辺境伯爵の側には驚くほど美しい人がいた。自分の母と全く違う。華奢で、気品溢れるその姿。横に結んで流されている黒髪は夜空を閉じ込めたかのようにさらさらで美しく、きらめく金色の瞳は優しげだ。
まさに神話に出てくる妖精のよう。
その美しさにぽかんと口を開けて見惚れていたらポンポンと肩を叩かれた。気がつくといつのまにかロンクスト家の自己紹介が私の番まで回ってきていたらしい。慌ててきょろきょろと周囲に見回すとみんなから暖かい眼差しを向けられた。
…恥ずかしい
自己紹介を簡潔に済ませると次はヴェルダン家の番だ。当主から順番に紹介されるが、私的一番の目的だったルーベルトは今まだ自室で寝ていて全然起きてこないらしい。会えなくてがっかりした。
そのあとは屋敷の中を案内してもらった。その時に近くにいたメイドの一人にこっそり、不思議そうにされながらも、ルーベルトの自室をきいた。
両親とわかれ、私たち姉妹はルーベルトの弟、グレンくんに滞在中過ごす部屋へと案内してもらった。姉二人は頬を染めてグレンくんをチラチラと見ていた。美しいあの夫人の美貌をそのままそっくり引き継いでいる彼は、私と同い年であるにもかかわらず落ち着いており、紳士で、恋愛物語にでてくる王子そのもの。
だけど、私はグレンくんに興味はない。その場からさっさと退散し、向かうのはルーベルトの部屋!
さっき教えてもらった通り、長い廊下の突き当たりの部屋。そこがルーベルトの部屋らしい。
だが、このまま突撃するのもなんだか味気ないので、大好きな正義のヒーロー、ユウタロウの真似をすることにした。
「ふっふっふ。ロンクスト家のユーリアがお前を倒しにやってきたぞっ!覚悟するがいい!お前の悪事はここまでだっ!」
ルーベルトの部屋のドアに向かって高らかに宣言した。ついでに胸を張り、木の枝を構え、決めポーズ!
ふぅ〜完璧!
気合いを入れなおし、ノックしようとした。だがその直前、後ろから笑いを堪えるような声が聞こえて振り返った。
「お前、俺のっ、部屋っ前で何…っあっははははははは!!」
最後は耐えきれなかったのか大爆笑をし、腹を抱えて笑う人物。先程紹介してもらった辺境伯爵によく似た強面の顔。夫人と同じ黒髪に金色の瞳。
ルーベルト・ヴェルダンがなぜか私の後ろにいた。
それが私とルーベルトとの、今でも思い出すと悶えるほど恥ずかしい出会いだった。
「ルーベルト!かぁくごー!!」
魔法で作った水球を勢いよく、ルーベルトに向かって投げつけた。
近くですれ違ったメイドがこちらをチラリと見て、いつものことかと平然と通り過ぎる。
「ふっ、我が剣にそんなものなど効かぬ!」
剣の鍛錬をしていたルーベルトが、振り向きざま、眉間に手を当て不敵に笑う。
水球は剣で真っ二つに割られ、ルーベルトの周囲に散らばった。
「あははははっ!何そのポーズ!!」
私はといえば、ルーベルトのカッコつけた、なんとも似合わない決めポーズに腹を抱えて笑っていた。笑いすぎて涙が流れてくるほどだ。
笑われているにもかかわらず、そのポーズのままであるルーベルトは心が強い。
今日久しぶりにやったが、私は何度も何度もルーベルトに勝負を挑んでいた。悪呼ばわりされているのに彼は、嬉々として悪役らしく振る舞うため段々と楽しくなってきたのだ。
自分で考えたのかそれとも何かで見たのか、彼がする決めポーズは変わっていて面白い。彼曰く、それはカッコいいポーズらしい。わざわざ声を低くして話すヘンテコ口調も可笑しい。
ルーベルトは変なやつだった。
本当に悪逆非道を繰り返すのか疑問に思うほどに。
将来の夢を聞いたとき、冒険者になってはーれむをつくることだと言っていた。
冒険者?次期辺境伯が何を言っているのだろうと思った。ところで、はーれむって何?
ルーベルトは時々おかしな語句を使う。
グレンくんのことをいけめんって言っていた。いけめんの意味はかっこいい男、という意味らしい。なるほど。
ルーベルトに会って一緒にいるのは楽しかった。ルーベルトの姿を見るだけで気持ちが華やぐ。
この前、招待されたお茶会に参加した時にはルーベルトを発見して、つい嬉しくて走って駆け寄ってしまった。それがなぜか周りには私がルーベルトに脅されて、使いっ走りをしているように見えたようで、勘違いされ心配された。ルーベルトの顔が怖いからそう思われたのだろうか。
ルーベルトの強面は真顔だと少し怖いが、慣れてしまえば平気。しかも笑ったら意外と可愛いのだ。
出会ったあの日からもう五年も経った現在、私はヴェルダン領に住んでいた。
家にいるより、ルーベルトといる方が楽しいからよく遊びに行っていたのだが、あまりにも頻繁に来すぎてルーベルトには呆れた顔をされていた。
もうここに住んだらどうかと辺境伯爵に提案していただいたのでありがたく、ヴェルダン家の屋敷に住まわせてもらっている。部屋はルーベルトの隣だ。
平民に嫁ぐことがあっても大丈夫なように家事全般習得していたから、住まわせてもらう代わりに、料理や家事を手伝っている。ルーベルトの好きな料理も完璧に再現できるようになった。すごいぞ私!
そんな私ももう十五歳。夜会デビューまであと一年だ。ついでに学園に通える年齢になるのだが、絶対に行かないと拒否した。
でも結局、夜会デビューとなったら王都にある屋敷に、両親や姉二人のように住むことになるだろうから学園を拒否したところで同じだった。今までのように自由に生活できなくなるのだ。
ちなみに、ヴェルダン家のみんなは領地からは滅多に離れない。それは、このヴェルダン領が魔物の棲まう領域に面しているためだ。
魔物の襲来が度々に起こるこの地で、領民を守り、ほかの領地へ魔物が流れないようにするのがヴェルダン家の役割だ。
その魔物討伐には無理を言って私も参加したことがあるが、辺境伯爵はもちろんのこと、ルーベルトやグレンくんもかなりの戦力を持っていた。
何度も参加し、慣れてからはルーベルトとペアを組んで魔物討伐数を競ったりした。
魔物の襲来は時を選ばないから、深夜に討伐しなくてはならないこともあって大変だった。
それはそれで苦労があるのも身をもってわかっているが、それでもこの地を離れがたいと思う。
まあ、私はロンクスト家の令嬢なのだから仕方がないのだけれど。ここまで自由にさせてもらえたのも奇跡に近いことだ。
あと一年、私は日々を悔いのないように楽しもう。
と、思っていた。
――ルーベルトの家出する現場に居合わせるまでは。
夜、寝られなくて廊下を歩いていた私は、たまたま家出しようとしてるルーベルトに遭遇した。ルーベルトは本気で冒険者となってはーれむをつくる気らしい。
次期辺境伯はグレンくんにまかせたということと冒険者になるという書き置きを残して部屋を飛び出して来たようだ。
はやくて十九歳。遅くとも二十歳に辺境伯の爵位が譲られるのは、ヴェルダン家の代々続く決まりだそうだ。その前には絶対家出するのだと昔から決めていたらしい。初耳だ。
夢のために家を出るなんて、馬鹿なんじゃないだろうかこの男は。
「いや、俺領地経営とかわからんし。賢いグレンが後を継いだ方がいいだろ」
ルーベルトはそう言ってへらりと笑った。
本当に馬鹿だ。家出しなくても夢を叶える方法がほかにあったかもしれないのに。
だけど、それがルーベルトらしくもある。
なら、その馬鹿について行くつもりの私も馬鹿なのだろう。
「はぁ!?ついてくんの??」
心底驚いた表情をするルーベルトの頬をぎゅーって引っ張り、にっこりと笑った。
「家事全般できる上に、魔法も得意だから魔物討伐も参加可能。何より、ルーベルトが好きな料理がいつでもどこでも食べれるようになります」
「はい、採用」
こうして私たちの冒険者生活が始まった。
冒険者登録。私たちが選んだのは隣国、武の国と名高いエスタリカ国。そこにある冒険者の聖地、またの名をはじまりの町、ナチャーラ。
冒険者ギルドの受付前、名前をどうするかで私は悩んでいた。
「うーん、私はユーリにしようかな!」
そう言うとルーベルトは眉をひそめた。
「侑李って俺の妹と同じなんだよな…リアじゃダメか?」
「別にいいけど……ん?妹?ルーベルト、妹なんていなかったでしょ?」
不思議に思って聞くと、はっきりわかるほどにルーベルトの目が泳ぎだし、気にしないでくれと誤魔化そうとする。
ヴェルダン辺境伯爵が不倫して妹ができたって訳ではないだろう。あの方はどこからどう見ても愛妻家である。屋敷に住んでいたからよくわかる。
つまりは、妹と呼べるほど親しい誰かがルーベルトにいたのだろうと推測する。私は会ったことがない。一体いつのまに?今は誤魔化されてあげるけど、そのへんはまたいつか問いただすことに決めた。
「ところで、ルーベルトはなんて名前にするの?」
「俺はルートにする。呼びやすいだろ?」
こうして冒険者登録を終えた私たちは冒険者としての一歩を踏み出すことになった。
さすが、冒険者の聖地。
まわりには頼りになる冒険者の先輩たちが多く、とてもいい人ばかりだった。互いに協力しつつ、私たちはめきめきと討伐の腕を上げていた。ランクもぐんぐん上がっていく。
魔物討伐に慣れているはずだったけど、見たことない魔物や、戦い方、とても学びが多かった。平和な地でぬくぬくと育ってきた私は、この地ではじめてスリにあうという体験をした。ちなみにルートはスリ対策バッチリだった。なぜだ。
苦戦したこともあった。うっかり建物を壊して借金返済に苦労したこともある。ついてきたドラゴンを勝手に仲間にして冒険ギルドから怒られたこともあった。
余裕ができれば高価な魔物の死骸をヴェルダン家に送った。ルートは家出した謝罪を手紙にかいて、私もロンクスト家宛に謝罪の手紙と楽しく過ごしているという近況報告をそれぞれつけた。
私たちは自由に冒険者生活を送っていた。
そして気づけばSランクまで登りつめていた。
Sランクという高レベル冒険者だから周りに頼られることも増えた。
とくにルートは強面なのにもかかわらず、すごく人気がある。ルートは昔から面倒見がいい。お人好しっぷりを盛大に発揮していて、とくに新人冒険者たちに頼られまくっている。
それでも変わらないことはある。
ずっと二人でパーティを組んでいることだ。
もっと強いパーティは他にもあったし、誘われることもあった。けど、ルートはずっと二人で冒険者生活を続けていきたいと言って断ったのだ。
嬉しかった。
私はもうこの時すでに、ルートのことが好きだったから。いや、気づかなかっただけで、もうずっと前から好きだったのかもしれない。もちろん恋愛感情として。
まあ、ルートは私のことどう思っているか知らないけど。
ある日、手紙が届いた。
内容はグレンくんが辺境伯爵になったという報告だった。
ふと思い返す。
予言の書、姉のノートとは全然違う未来になったんだなぁ
ルートは冒険者に、グレンくんは辺境伯爵に。これでもうルートが悪逆非道を繰り返す未来は完全に消えたと思っていいかもしれない。
倒す目的だったのにいつのまにかこんな一緒にいるなんて当時の私は思いもしなかった。
悪だと思っていた彼のことが今では好きだなんてね。すごい変化だ。
昔を思い出しながら、ルートをぼんやり眺めた。討伐した火豚で作った、ルートが大好きな生姜焼き。ルートは黙々と食べている。
あの頃と比べて背は高く、声は低くなった。だけど、その強面と浮かべる笑顔の可愛らしさは変わらない。
私の視線に気づいたのか、ルートがこちらをじっと見てくる。
そして、食べる手を止め、いきなりルートはこう言った。
「…俺、リアの作ったご飯を毎日食べたい」
いつになく真剣な表情。すこし顔が赤く見えるのは焚き火の火のせいだろうか。私はきょとんとして目を瞬かせた。
突然何言っているのだろうか。
「え?毎日食べてるじゃん」
外食もたまにするが、ルートが私のつくる料理の方が美味しいと言ってくれるからほぼ毎日私の手料理だ。
不思議に思って首を傾げる私に、ルートはぱかっと口を開け呆然とした後、深いため息をついた。
え、何?一体何なの?
訳がわからない。なんだその反応は。
「あー、こっちじゃ、これ、意味が伝わんないのか…?やっぱり遠回しじゃなくストレートに言うのがいいか…」
戸惑う私をよそにぶつぶつと呟きだした。強面も相まってなんか不気味だ。よくわからないが、なぜかがっくりと肩を落とし、深刻そうに悩んでいるようだった。
「うーん、よくわかんないけど元気だして!ほら私の肉もっとあげるからさ!」
ルートの皿にせっせと肉を装ってあげる。
悩みの原因が励ましてくる…そう言いつつルートはぱくぱくと肉を口に運ぶのだった。
§
昔の将来の夢は、悪を倒す正義のヒーローだった。
それが、今ではルートのお嫁さんになるのが夢だなんて、いつからこんなに恋愛脳になってしまったのか。
原因がルートであることは間違いない。
ルートは冒険者になってはーれむをつくるのが夢だった。はーれむの意味を今だに教えてもらえないんだけど、本当にどういう意味なの?
ルートはこれから先、はーれむはつくらないみたい。諦めたのかな。
私は新しい夢を実現するため、日々努力している。つまりは、ルートが好きだとアピールしている。
今日も、また。
「ねぇ、ルート」
「なんだ?」
「これからもルートと一緒に居たいなぁ」
先輩冒険者から教わった上目遣い?とやらを実践してみる。
効果はなかったようで、ルートはきょとんとした顔をした。
「居たいも何も、いるだろ?なんだ、どこかいくのか?俺もついていくからな!」
何やら、必死にそう言う。置いていかれるとでも思っているのだろうか。
そんなわけないじゃない。
むしろ、離れるなんてありえない。
とても、困った。
同時に嬉しさが溢れ出してきて止まらない。頬が熱い。今、私、絶対に顔赤くなってる。
ルートも私と同じように離れたくないって思ってるってことでいいのかな?
それは恋愛感情?どうなんだろう?
遠回しに告ってみたが、全然伝わってないみたいだ。
鈍感なルートを愛の力で倒すにはまだかかるかもしれない。でもはっきり言うにはまだ心の準備が足りない。
私はこっそり小さなため息をこぼす。
だけど私は諦めるつもりはない。
大好きだよ、ルート!だから覚悟しておいてよね!
リアがルートに愛の言葉で返り討ちにあうのはもう少し先のお話。
補足
勇者+桃太郎=ユウタロウでした
読んでいただきありがとうございました。
ブクマ評価および誤字報告、アドバイス等あれば気軽によろしくお願いします!