9.レベルアップ
大学合格したぜぇぇっっです。うっはーしてます。
「すまねぇ稲井ちゃん!大丈夫か!?」
レベルアップに若干放心していたボクの元に、木山さんが寄ってきます。とても心配そうに声をかけてくれるものですから、この人に恨み言なんて出る訳ないです。
「えぇ、死にかけだったようですから」
「本当にすまねぇ...俺がもっと強く殴れていれば...」
それはあくまで理想。木山さんは最善を尽くしていたと思います。もし、このゾンビにもっと体力が残っていたならば、ボクは押し負けていたかもしれません。
「気にしないでください。ボクとしても、木山さんだけに任せきりということに、些か申し訳なく思っていたところでしたから」
「そう言って貰えると、助かる」
ニコニコとボクがそう言えば、木山さんもやっと落ち着いてくれました。
男性陣の中で一番の若手。体力も筋力も、我がパーティの中では一番ですから、自ずと木山さんが戦闘役という認識が皆で広がっていました。また、先の北高での一件もあり「戦闘は一人で行わなければ」という義務感もあったのだと思います。そこにモンスターを仕留め損ない、あまつさえ女子であるボクに矛先が向いたわけですから、木山さんの罪悪感はもう。
張り詰めすぎは良くありません。それで出せる全力も出せなくなりますからね。
「...ところで、木山さん。木山さんは、何を選びましたか?」
ボクが小声でそう訊ねると、木山さんは少し驚いた表情をしました。ボクとしては、疑問符を浮かべられるか、感嘆符を浮かべられるかの二択だと思っていたので、この反応だけでも十分です。
「...『イージー』だ」
やはり、木山さんは"プレイヤー"。自分には闘う術がある、という事実もまた、彼を責め立てていたのかも知れません。
それで『イージーモード』、と。ふむ、堅実な方ですね。恐らくこの終末を生き残るための最適解だと思います。ボクみたいな阿呆、早々居ないってことですかね。
「...なるほど。ところで提案なのですが、これからはボクが囮になる作戦に切り替えませんか?」
そう。ボク達がこれからなるべく安全に戦闘を行うために、これを提案したかったのです。まぁ、単純にボクを襲おうとするモンスターを、木山さんが殴るだけですけどね。やって見れば、今までとなんら変わりません。
「駄目だ。稲井ちゃんを危険に晒すだけだろ」
「結局、モンスターはボクをターゲットにするみたいですし、立ち回りを変えるだけです」
「だがなぁ...」
「ボク、どうにもモンスターに惹かれやすい質なようですから、この性質を利用しましょう!」
「ちょっと、稲井ちゃん!」
木山さんに渋られたので、声を大きくしてフクさん達に聞こえるようにします。それを止めるように木山さんも声を上げます。しかし、もう手遅れなのだー!
チラリとフクさんを見れば、吐いた(確定)松田さんの背中を摩っているところでした。たぶん、ボクの声は聞こえていたでしょう。
「それこそ、利用しない方がいいと思うよ」
と、フクさん。
「幾ら私でも、人を身代わりに使うようなことはしたくない」
と、松田さん。
「という事で、却下だ稲井ちゃん」
と、木山さん。
......えっえぇ?ええぇぇぇ??揃いも揃って止めますか?いいじゃないですか。少しくらい、非道に行こうぜ?...行きませんか?
「松田さんも動けそうか?」
「はい...早く行きましょう」
フクさんの肩を借りて、松田さんも立ち上がりました。そのまま歩いていくそうです。
ボクの右手が、空気を掴むかのように浮いています。そんなボクを皆さん無視して、歩き出そうとしているではないですか。酷いです。みんなみんな、過保護になりすぎです。
「ほら、稲井ちゃんも行くぞ」
1人だけ固まっているボクに、木山さんが声を掛けます。
「ぶぅ」
ボクの不満を十全に表したその呟きは、誰の耳に入ることなく消えていったのでした。
「ボクにも闘わせてください」
「稲井ちゃん。男にはプライドってものがあるんだよ。ここは木山くんに任せようね」
「ぶぅ」