閑話:稲井 由姫
稲井ちゃんの過去話です。何話か続きます。
稲井 由姫は元々気性の荒い人格であった。口を開けば暴言が飛び出し、動き出せば直ぐに他人に殴りかかるような性格であった。
幼稚園時代、彼女に泣かされた男子があとを絶たなかったし、彼女がどれほどの物を壊したかも分からない。
年中喧嘩の大安売りをしていた。毎度買っていく馬鹿な男子が数名いた事が幸いし、他の男子の被害は少なかったのだが。
もちろん、母親から何度も直すよう叱られていた。しかし、そんな言葉を右から左に流し、殆ど変えようとはしなかった。改善したことといえば、一人称が『オレ』から『ボク』へと変わったことくらいか。ここで母親は挫折した。
そんな、絵に書いたような悪ガキ。それが稲井由姫という少女であった。
荒れた性格をしていたため、昔から友達は少なかった──いや、居なかった。目に付いた気に食わないものには、片っ端から飛び掛っていた。
誰も彼女に寄ろうとしない。誰も彼女を見ようとしない。誰も彼女に話しかけようとしない。
自業自得であったが、彼女は孤独であった。
それが変わったのは小学三年生となった時だ。
相変わらず1人で過ごしていた彼女だが、とある少女との出会いにより、性格を180度変えることとなる。
ある日の放課後。由姫は何時ものように1人で下校していた。他の児童は集まって下校したり、公園に寄ったり、友人宅にお邪魔したりと、それぞれ放課後を満喫している。それを尻目に由姫は1人で下校をしていた。
昔は良かった。自分の気持ちが思うままに暴れることができたから。しかし最近では皆が皆、由姫に近づこうとしないため、暴れることができていなかった。むしゃくしゃしていたのだ。
(誰か何かを殴りたい)
そんなことを考えながら、由姫は帰路についていた。その時、由姫の前に5人の男子児童が現れた。背は由姫よりも低い。同年代か年下だろう。
その5人だが、1人とて見覚えはなかった。というのも、由姫は昔から物覚えが弱く、また他人に興味が無かったため、他人を覚えることが苦手であった。因みに頭が弱いことも要因している。
「おい、止まれ!この凶暴ゴリラ!」
「なに?あんたらだれ」
大きな罵声から始めた男子に、由姫はそう正直に返す。このあだ名で呼ばれるという事は、昔由姫が殴った誰かなのだろうが、由姫の記憶にはないからだ。
良くも悪くも、由姫は正直者だ。己の本心を包み隠さず口にする。大雑把な性格ゆえ、口調が少し喧嘩腰なだけである。
「昔お前に殴られた俺だよ!覚えてないのか!?」
「俺はお前にひきょうな手を受けた!」
「俺もだ!」
「俺も!」
ワイワイと、一斉に由姫へと主張を繰り返す。
「へー。まけいぬがボクになんのよう?」
それに対し、由姫は面倒くさそうに、しかし心做しかワクワクと返す。由姫としては、サンドバッグがノコノコやって来たとしか考えていなかった。だから、多少の挑発も込めて口にしたのだ。由姫は頭が弱いものの、暴言だけはインプットされていたのだ。
「なにおう...!」
「この状況が分からないんだな!お前馬鹿だし!」
「俺達と勝負しろ!」
その言葉に、由姫はニヤリと口角を釣り上げる。とても悪い笑みを浮かべた。喧嘩を売ることは勿論のこと、売られた喧嘩は全て買うのが由姫の信条であった。再三にわたり、母親から喧嘩を売るなと言われている由姫。今回は買ったからいいよね?という思考の下、静かにランドセルを落とした。
「ざこがあつまってもざこなんだよ」
そして爆発寸前の彼らに向かい、そっと火種を落としてやる。その言葉が決め手となり、少年達は一斉に由姫へと飛び掛かかろうとした。
「女の子1人に、情けないと思わないの?」
しかしその時、由姫の背後から凛とした声が響き、少年達の動きを止める。
由姫も少し驚きながら振り向いた。
今の光景を見物する者達は居ても、止めに来たりする者は居なかったからである。皆が皆、由姫の強さと凶暴さを知っているが故に、由姫の喧嘩には触れたくないとい認識があったのだ。
「もう一度言うわよ?女の子に男の子が5人も寄って集って、恥ずかしくないの?」
少年達からなんだコイツはと、由姫からはボクって女の子に見えるんだと、そんな目線を受けていながらも、堂々と立って言葉を発する少女。神藤 美咲との出会いが由姫の人生を大きく変えた。
「因みに、"凶暴ゴリラ"とか"怪力馬鹿女"とか、"アホバカマヌケバカ"とか呼ばれていましたね。そう呼ばれてた時は、それ相応の対応をしましたよ?グーで和解とか、よくしてましたねぇ」




