11.対ゴブリン
「待て...デイヤマの中に、何か居る」
まだ中を覗いてすらいないといのに、木山さんはそう言い切ります。ボクには分かりますよ。"探知系"のスキルを獲得しているのですよね。今この世界で生き残るためには、かなり必須なスキルだと思います。ナイスセレクション。
「数は?」
「...恐らく5。ただ、ゾンビとは違う、もう少し小さい気配だ」
なるほど...考えられるモンスターは、ゴブリンでしょうか。ボロアパートの2階から目撃していましたから、ゴブリンが存在していることは確認済みです。ゲームの中でもゴブリンは群れで行動しますからね。そして、体躯は人より小さい。情報にビンゴしてます。
「俺が少し覗く。俺が合図するまで動かないでくれ。...特に稲井ちゃん」
何故か、ボクが戦闘大好きみたいな感じに思われ始めたようです。木山さんから釘を刺されました。
「...了解したつもりです...が、デイヤマの外に誘き出すならボクが出た方が...」
「稲井ちゃん」
「...分かっています」
ちょっと提案してみただけじゃないですか。皆の避難所、デイヤマを救うためなら、ボクはこの身をかけるつもりなんです。ですから、そんな、語気を強めて言わないでくださいよ。ぐすん。
「...っ!これはゴブリンか?」
デイヤマを覗いた木山さんが呟きます。どうやら木山さんはゴブリンを知っていたらしいです。そしてむふん。どうです。ボクの予想通りでしょう。ほんの少しの情報から敵を暴く。我ながら天晴れとしか言えませんねぇ。さすぼく。
「どうするか...武器は棍棒みたいなもんを持ってるな。流石に一人じゃ厳しい...か」
おぉ!ならなら、ほらほら。ボクを見てください。ボクを指名しましょう?ボクに頼ってください!
と、木山さんに期待の眼差しを向けるのですが、どうもコチラを見てくれません。
「...木山さん、何故ボクから目線を外すのですか。やりましょう。やりましょうよ。ここまで来たんです。やらないでどうするんですか」
久しぶりに長文喋りました。ボクの人生でそう無い長文ですよ?このレア度に応えて、ボクを使ってくださいって。1体でいいんです。とにかく、〈身体能力上昇〉の程を知りたいんです。
「...はぁ、分かった。だが、危険な真似はしないでくれよ」
「了解しましたっ」
やったね。木山さんが折れました〜。
「んじゃ、俺が先に入って1体殴ってくる。その後俺が外に出て、追いかけてきたゴブリンを2人で相手しよう」
「分かりました」
作戦は至ってシンプル。ほぼ真正面からぶっ倒す、ということです。
因みに、フクさんと松田さんに荷物を預けて、ボクらは身軽です。2人には、戦闘が終わるまで隠れてもらっています。
「無理しないようにな」
「善処します」
口には出しませんが、ボクより危険な役回りは木山さんです。まぁ、木山さんの方がレベルは高いですし、大人の男性ですから性能は段違いではあるのですけど。それでも、ボクより木山さん自身の心配をもっとしてほしいですね。
「ふぅ...行ってくる」
「直ぐ、帰ってきてくださいよ」
木山さんが自動ドアを開けます。電気は通っていないので、手動です。少し違和感がありますね。
ゆっくりと押し開け、静かに入店していきました。
ボクは店内からは見えない位置でスタンバっています。
恐らく、いえ確実に、外に出たあとターゲットは全てボクに集中します。ですから、木山さんを追いかけて着たゴブリンを、木山さんが攻撃して、木山さんに集りかけた直後にボクも攻撃を開始します。そうすることで、狙いをボクへと変える間が出来るはず。その隙に木山さんが仕留めれば、数の利を瞬く間に消せると思います。まぁ、万事上手く行けば、ですけどね。
ガンッ
という鈍い音がデイヤマ店内から聞こえます。その後に
『ゲギャッゲギャギャッ!?』
という喚き声が聞こえてきました。取り乱したような声音です。木山さんの奇襲は成功したようですね。
さーて、さて。早く出て来い木山さん〜。その後追いでよゴ〜ブリン。
ボクはボクの出番が来ることを、木刀握り締めて今か今かと待ちます。
ガンッ!ガンッ!
続けて2回の打擊音。あらあら、木山さんったら、一撃で仕留められなかったのでしょうか?でも、作戦何ですから出てきましょうよ。
『ゲギャーッ!?ゲギャーッ!』
ガンッ!ガンッ!
『ゲギャッギャァ...』
更に2回の打撃音と、ゴブリンの断末魔が──
そして辺りは静まり返った。これが嵐の前の静けさなのか。生物の存在を認識出来ない程の静穏の前に、誰もが息を呑むのであった。
ごくりんこ
じゃ、無くてですね、ナレーションしなくてですね!違いますよね!?作戦と、違いますよね!?
ボクは慌てて店内に入ります。そこには血の匂いが充満していました。
「うげぇ、店内でやるんじゃなかったなぁ」
と、ほざくのは、ゴブリンの死体に囲まれた我らがリーダー、木山さんです。たった1人で5体ものゴブリンを討伐してみせましたよ。殴り倒した時に浴びたであろう返り血が、中々歴戦の強者感を漂わせて...。
って、違う違う。まったく危ない。流されるところでした。
「き、や、ま、さん?」
ボクはなるべく低音を意識して木山さんの名を呼びます。アレほどボクに注意していたというのに、まさか木山さんが無理するなんて。これはボクに物言う権利があります。
「おう、丁度いい所に。コイツらの死体片付けるのを手伝ってくれ」
「なにか、言うこと。ありません?」
ボクがそう訪ねれば、木山さんは顎に手を添えて考え始めました。
「言うこと...言う事ね...。膨れっ面も可愛いぞ」
違いますよ!作戦ですよ!さ、く、せ、ん!作戦どうしたんですかー!?まったく木山さん!?お茶目は3体目までじゃないんですか!?それ以上はもう、故意でしか有り得ませんよね!?襲ってくるから仕方なく、という言い訳も通じませんよ!逃げりゃいいじゃないですか!何故に全員屠ってるんですかーっ!?
と、いう言葉が思うように口から出ず、少しパンクしかけた頭を無理やり動かし
「...せ、世辞は要らないです」
と、そっぽを向いて呟いた。
「い、今起こったことをありのまま話すぜ!作戦では外に誘き出して挟み撃ちする予定だったのに、1人で勝手に店内殲滅しやがった...!」
「誰に何言ってんだ?」
「...ちぇっ」




