初給料日と必要経費
原作三章、シャーロットに初給料を渡したときのSS。
雇ったからには金を払う。
至極当然の、この世の決まりだ。
だがしかし初の給料日となったその夜、シャーロットの顔は浮かなかった。
皮袋を何度も何度ものぞきこんでから、アレンの顔をちらりとうかがう。
「金貨五枚だなんて……ううう、やっぱりいただきすぎですよ……」
「何を言うか。住み込みメイドの給与としては安い方だぞ」
それにアレンは肩をすくめてみせた。
先ほどは押しの強さに折れて受け取ってしまったものの、時間が経ってまた申し訳なくなってしまったらしい。
紅茶を注ぎ足しながら、アレンは朗らかに笑う。
「心配しなくても、ちゃんと生活費は抜いている。そいつはお前が受け取るべき正当な報酬だ」
「そ、そうですか……?」
シャーロットは眉を下げつつ、紅茶に口をつける。香りのよさに不安が和らいだのか、ほんの少しだけ表情が緩んだ。
しばしふたりの間には静かな時間が流れたものの――シャーロットはアレンのことを上目遣いで見つめてくる。
「でも、アレンさんを見ていると心配になってくるんです。この前のお買い物でもけっこうな金貨を払ってらっしゃいましたし……お金は大事に使ってくださいね?」
「あれくらいはした金だ。この前みたいに魔法道具を売ってもいいし、稼ごうと思えばいくらでも稼げるからな」
「それでもです。私なんかのために無駄遣いはいけません」
カップを両手で包み込み、シャーロットはお願いするように言う。
「私は贅沢なんていりません。こうやってアレンさんとゆっくりお茶を飲む、今の暮らしが一番好きなんです」
「む……そうか」
アレンはそこでふと考え込んでしまう。
(今の暮らし……なあ)
シャーロットの顔を伺って、それからリビングのあちこちへと視線を滑らせた。
窓際に置かれた花瓶――の中に忍ばせた、結界魔法強化のためのタリスマン(※家の中にあと百七個隠してある)。お値段一個金貨三枚。
シャーロットが読むだろうと買い求めた、本棚に並ぶフルカラー図鑑。セットでお値段金貨十三枚。
安物だからとシャーロットに使わせている石鹸、髪油、その他もろもろの生活雑貨。とりあえず最高級品をぽんぽん買ったので総額不明。金貨百枚はギリギリいかないと思う。
そんな品々が、家の中には溢れていた。
元々アレンも贅沢に興味がなく、生活自体は慎ましいものであった。
だが、シャーロットが来てからはそういうわけにもいかなくなった。
彼女の健やかなる日々を守るため、あらゆる手を尽くしていたら自然と金がかかったのだ。いわば必要経費である。
そういうわけで、おそらくこれまで彼女にかけた金額は巨大な屋敷が土地と使用人ごと買えるほどなのだが――アレンはそれをおくびにも出さず、にこやかに言う。
「分かった。今の生活水準ならいいんだな。この程度を心がけよう」
「よかった。分かってくださったんですね」
シャーロットはほっとした笑みを浮かべて紅茶をすすった。香りを楽しんでから目を細める。
「このお紅茶、とってもいい香りがしますね……初めて飲んだ気がします」
「ああ、気に入ったか? 安物だし、また追加で注文しよう」
「いいんですか? それじゃ、それも来月のお給料から抜いておいていただければ……」
「なに、実を言うと俺も気に入ったんだ。出しておく」
「そんなのばっかりじゃないですか……もう」
シャーロットは苦笑しつつも、アレンが言い出したら聞かないことを知っているのか大人しく紅茶をすするだけだった。
まさか今飲んでいる茶葉が、王侯貴族でも滅多に口にできない幻の逸品だなんて思いもしないらしい。
ティースプーン一杯で、一般市民がゆうに一年は食っていける値がつく。
こうしてふたりの生活は慎ましく続き、物の価値がわかるエルーカは空気を読んで黙ってくれたし、後に居候となったゴウセツも家の中を見て『うわっ……』という顔をしてからはスルーを決め込んだので、シャーロットが生活水準の真相について知ることはついぞなかった。
※Twitterに上げていたものを再編しました。