ある日の善行
総合評価20,000pt突破記念。
時系列は四章直後。
※時系列は四章直後。
※三千字程度です。
からんからんからん!
ケーキ屋の店員が、満面の笑みでベルを鳴らす。
「おめでとうございます! お客様で来店十万名様です!」
「えっ、えっ?」
「ほう?」
シャーロットは戸惑うばかりだが、アレンは顎を撫でて唸る。
来店何人目で記念品進呈、というよくあるやつだ。とはいえこれまでの人生で初めて遭遇する。世間知らずのシャーロットはますます知らない文化だろう。
店員はカウンターの奥から大きめのバスケットを取り出してみせる。
「こちら粗品です。お菓子の詰め合わせになっております」
「わ、わあ! くまさんです!」
ケーキのチケットと、焼き菓子の数々。そして茶色いくまのぬいぐるみがバスケットに詰め込まれていた。
シャーロットはバスケットに釘付けになりながら、不安げに店員にたずねる。
「ほ、本当にいただいてもよろしいんですか……?」
「もちろんです! さあどうぞ!」
「あ、ありがとうございます……!」
「よかったなあ」
「ふふ、今後ともご贔屓にお願いしますね♪」
にこやかな店員を見て、アレンはまたこの店で買い物しようと、固く心に誓った。
かくしてふたりは帰路につくことにした。
留守番のルゥに特上肉も買ったし、買い物は上々だ。陽は傾きつつあって、道行く人々の影も長く伸びている。
シャーロットはあのバスケットを手にして、満面の笑みを浮かべていた。時折ぬいぐるみの頭をなでたりして、気に入っているのが一目でわかる。
「やっぱり女性はそういうものが好きだよなあ」
「当然です。だって可愛いですからね」
シャーロットはぬいぐるみを抱き上げて胸に抱く。そうして口元に薄く苦笑を浮かべてみせた。
「それに、これまであんまりこういうもの、持てなかったので……嬉しいです」
「……そうか」
アレンはそれ以上なにも言わない。ただ、嬉しそうなシャーロットの横顔を心に刻みつけた。
そんな何気ないひと時に――。
「うええええん!!」
「む……?」
「あら」
けたたましい子供の泣き声が響き渡った。
見れば道端に五つか六つの少女が立っていて、人目もはばかることなく泣いている。
まわりに保護者らしき姿もなく……アレンとシャーロットは顔を見合わせてから、少女のもとに近付いていった。
ひとまずアレンは腰をかがめ、彼女の顔を覗き込んでみるのだが――。
「おい、どうしたんだ?」
「ひっ……!」
少女はぴたりと泣き止んだ。
しかし手応えを感じる間も無く、すぐに先ほどよりも激しく泣きはじめる。
「うえーーーん! おにいちゃん、お顔がこわいよーーー!」
「……任せた。シャーロット」
「は、はい!」
アレンは大人しくシャーロットに役目を譲った。できる限り柔らかな声を心がけたのに……ちょっと傷付いたが、子供の扱いは苦手だ。諦めてシャーロットの動向を見守ることにする。
シャーロットは少女の頭を撫でて、優しく語りかける。
「よしよし、どうしました?」
「うえっ、お、おかあさんが、いなく、なって……」
「やはり迷子かー」
アレンはため息をこぼすしかない。
辺りを見回すが、やはりそれらしい人影は見当たらなかった。
もうじき日も沈むし、それまでに母親を見つけてやった方がいいだろう。
「よし、俺が探す。シャーロットはその子と、そこの喫茶店で待っていてくれ」
「わ、わかりました。人探しの魔法なんかあるんですか?」
「いや。一番手堅い人海戦術だ」
アレンはニヤリと笑って、軽い足取りで歩き出す。
果たしてそれから一時間後。
「本当に……ありがとうございました!」
「いやいや、当然のことをしたまでだ」
頭を下げる女性に、アレンは鷹揚に笑う。その背後にはメーガスの岩窟組やグロー率いる毒蛇の牙などのパーティがずらっと並んでいた。
彼らを呼び立てて、子供を探す女性がいないか街をしらみつぶしに捜索させたのだ。アレンはその指揮を担当した。
かくして無事に母親は見つかって、ようやく親子の再会となった。少女は母親に飛びついてニコニコ笑ってみせる。
「おかーさん、あのね! おねーちゃんとアイスたべたの! おいしかったよ!」
「ほ、本当になんとお礼を言っていいやら……」
「いえいえ。無事に見つかってよかったです」
シャーロットもにこやかに親子の様子を見守った。
最初は不服そうだったメーガスたちも、今ではどこか満足げだ。
「たまにはいいなあ、こういう人助けも……」
「うっ……俺も故郷の母ちゃんに手紙でも書こうかな……」
いかつい男たちの中からは、すすり泣きさえ聞こえてくる。ちょっと異様な光景であった。
そうして親子はアレンたちにぺこぺこ頭を下げて帰っていく。
あれだけ泣いていたはずの少女はすっかりご機嫌だ。その手には……あのくまのぬいぐるみが、大事そうに抱えられていた。
「ばいばい! ありがとーね、おねーちゃん!」
「はい。もうお母さんとはぐれちゃダメですよ」
シャーロットはそんな少女をにこやかに見送った。
彼女らの姿が消えてから、アレンはそっとシャーロットにたずねる。
「……いいのか? 気に入っていたんだろ、あのぬいぐるみ」
「いいんです。ひとりぼっちの辛さはよくわかりますから。それに……」
シャーロットはそこで言葉を切って、アレンの顔を見つめてはにかんでみせる。
「今の私には……アレンさんがいます。だからぬいぐるみがなくても、寂しくないんです」
「そ、そうか」
アレンは言葉に詰まるしかなかった。なぜか顔がひどく熱い。
そんなふたりを遠巻きに見ながら、メーガスたちはこそこそと話し合う。
「まーた見せつけてくれちゃってよぉ……」
「ほんっと女神様、大魔王の何がいいんだかな……」
「ええい、やかましい! 貴様らはこれで飲みにでも行ってこい! 今回の報酬だ!」
「えっ、金貨十枚も!? まじっすか!?」
「あざーっす! さすがは大魔王様です!」
「いいから早く散れ! 羽目を外しすぎて周りに迷惑をかけるなよ!」
「ふふ……みなさん、ありがとうございました」
こうして小さな事件は幕を下ろした。
それから三日後の朝。
「きゃあ!?」
アレンがひとりリビングで紅茶を飲んでいると、二階から悲鳴が上がった。
すぐにバタバタと忙しない足音が響き、シャーロットが顔を出す。寝間着姿で髪も整えていない。彼女は巨大な荷物を両手に抱えて、裏返った声で叫ぶ。
「なっ、な……なんなんですか、これ!?」
「ぬいぐるみでは?」
シャーロットが抱えていたのは、大きなくまのぬいぐるみだ。子供ほどの大きさでかなりのボリュームがある。ここまで運んでくるのも大変だっただろう。
アレンはニヤリと笑って、紅茶のカップを傾ける。
「寝入った子供の枕元にプレゼントをしていく妖精がいると聞いたことがある。おおかたそんなところだろう」
「でも、夜中にアレンさんがこっそり持ってきたって、ルゥちゃんが……」
「ルゥ!? 特上ステーキ十キロで手を打ったはずだろう!? なぜそうも簡単に寝返るんだ!?」
「がうー」
後から入ってきたルゥが、我関せずといった顔でそっぽを向いた。ステーキよりも忠義を取るとはさすがである。
ルゥをじとーっとにらむアレンに、シャーロットは苦笑を向ける。
「ルゥちゃんに聞かなくても、すぐにアレンさんだってわかりましたよ。この子、この前のくまさんと似ていますし」
「む……そうか」
おかげでアレンは目をそらすしかない。
さすがに自分でも無理があると分かっていたからだ。
ごにょごにょと言葉を濁しながら弁明する。
「渡す直前になって気恥ずかしくなったというか、なんというか……まあともかく、もらってくれ」
「いいんですか? お高いものなんじゃ……」
「気にするな。ルゥの友達がわりだ」
「ふふ。じゃあ、いただきます」
シャーロットはくまのぬいぐるみを抱えて、顔をほころばせる。
どうやら気に入ってもらえたらしい。こっそり胸をなでおろすアレンに、シャーロットは続ける。
「大事にしますね。ずっと、ずーっと」
「ああ。可愛がってやってくれ」
(了)