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2125/05/05-2 ぼくも知らない、真実

――2120年にメッセージを送ってきたのは、あなたで間違いないのか。

――どうして地球にやってきたのか。そもそも、どこから来たのか。

――何を目的にして、地球にやってきたのか。


 そんなありきたりな質問が、しばらくは相次いだ。ぼくは一つ一つ順を追って、事の顛末(てんまつ)を説明する。


 メッセージを送ったのは間違いない。ただし、ぼくが一人で送ったのではなく、ぼくを含めた一万の個体それぞれがメッセージの内容を吟味し、人間側に失礼のないように修正を重ねた。

 地球にやってきた理由は、ぼくたちがかつて暮らしていた星が、もはや住むには難しい環境に変質してしまったから。それは人間のせいでもなんでもなく、単にぼくたちの星の寿命が地球に比べ短かっただけだ、ということを強調した。

 地球にやってきた目的は、人間との直接交渉。しかし、それももはや叶わない。


「ぼくたちは君たちからの返答を、五年待ち続けた。しびれを切らし無断で地球に着陸したことは負い目に感じているけど、それは別の問題だ。人間側が意図的にメッセージを無視していたのなら、話は変わってくる」

「ちょっと待ってくれ」


 ぼくの言葉を遮るように、中年の男性が手を挙げた。さっきまで行われていた中で、ぼくが最も有意義だと思っていた発表をしていた人だった。


「私たちは確かにメッセージを受け取り、解読した。解読には時間がかかったが、それでも伝えたいことは理解できていた。それに対する返答は、三年前にすでにしていたはずだ」

「今さらそんな嘘を言ったって、意味はないよ。ぼくたちはあくまで理性的な交渉を持ちかけた。拒絶したのは人間の方だ。ぼくたちは人間に復讐するために動いている」

「嘘じゃない。もとのメッセージの発信元に、我々の返答が届いたことも確認できている。証拠を見せたっていい」


 ぼくは男性の周囲の人たちの反応をうかがった。みな男性に同意してうなずくか、ぼくの方をじっと見ていた。本当だということか?


「そもそもこの戊辰会は、君たちのメッセージにまともに取り合おうとしなかった政府や有識者に代わって交渉するために、有志が集まってできた組織だ。全国から賛同者を集めるのは時間がかかったし、最初の頃は意見もなかなかまとまらなかった。だから結果として、返信に二年かかってしまった。それはこちらの落ち度だ。しかし五年の間何の音沙汰もなかったというのは違う。それを理解してほしい」


 そのタイミングで、実玲が前に歩み出てきた。懐から手紙らしきサイズの紙を取り出して、ぼくに渡してきた。どんな内容か、言われなくても分かる。男性が言ったことを形にした証拠。


「……ちょっと待ってよ。その態度を見れば、嘘をついてなさそうってことは分かるけど……じゃあそんな話を聞いたことがないっていう事実は、どう説明すればいいの」

“……だまされてる、のかも”


 ぼくと鴨山にしか聞こえない声が届く。


「だまされてる……?」

“あなた、一万体のリーダーだって言ってたわよね。それはどういう経緯で、リーダーに選ばれたの?”

「方法も何もないよ。気づいた時にはすでに、ぼくたちの星を脱出できた一万体の中で指揮をとる役になってた」

“他の個体に連絡を取ることはできるの?”

「……ああ」


 ぼくは会場を出て、普段生活している書斎に入った。

 ぼくたちは人間の脳に相当する器官を持っている。脳と同じように思考をまとめるなどの機能を持つ一方、高周波数の電波を発して仲間と意思疎通を図る役割もある。ぼくは一番近くにいる個体に向けて、電波を発した。


「どうした?」

「……三年前」

「三年前?」

「三年前、人間側はぼくたちに返事を送ったと聞いた。ぼくたちに届いたことも確認している。……返事が来ないから、ぼくたちは五年待ったんじゃないのか」

「……なんだ、そんなことか」


 ぼくは目の前が真っ暗になった。その一言がすでに、ぼくを見下したような空気を持っていた。


「よく考えろ。いくら人間でも、五年も返事を寄越さないなんてことはないだろうよ」

「ぼくは聞いてないぞ。どういうことだよ」

「人間ってのは愉快なもんさ。俺たちの想像以上に、オカルトってのを信じてる。怪奇現象やら何やらをオカルトと一括りにしてバカにする連中もいれば、大真面目に信じる連中もいる。俺たちがメッセージを送った時、人間たちは喜んだだろうさ。ついに地球外生命体とのコンタクトに成功した、ってな。そんな奴らが、五年も返事を送らないことなんてあるか?」


 そこまで言われて初めて、ぼくは自分が本当にだまされていたということを悟った。それに追い打ちをかけるように、向こうの個体が続けた。


「お前だけだよ、知らないのは。地球を見つけた時点で、俺たちが着陸して侵略を進めていくのは確定していたんだ。けど、最初からそれを言ったら、お前は反対しただろ?」

「……それも見越してたっていうのか」

「地球っていう、俺たちの星よりはるかに住みやすい星があるのはすでにみんな知ってた。ならそこに行かない手はない。懸念材料は、クソ真面目に理性的な交渉をやりそうなお前だけだ」

「交渉は必要だった! 地球で人間が文明を築いている限り、まず交渉から入らないといけないだろ!」

「そう言うと思って、わざわざお前をリーダーに仕立て上げてやったのさ。お前が人間に恨みさえ持てば、大手を振って人間を滅ぼせる。お前は正直者でだまされやすいが、厄介なことに同族どうしで戦えば強い。しかしお前の考えを操作できさえすれば、お前とも戦わずに済む」


 ぼくは書斎の机を力任せに叩いた。一万体のリーダーという地位に酔っていたわけではない。そんなものはちっぽけで、この地球では何の役にも立たない。ぼくは、立場を利用してみんなを扇動してしまった。一度発してしまった命令は、もう取り消せない。


「今すぐ行動を中止しろ!人間との共存の道はまだ……」

「ねえよ」


 向こうの声は低く、重かった。


「俺たちは人間を征服することの喜びを知ってしまったんだ。食事の質だって、俺たちがやっていたのとは桁違いだ。もうお前の話を聞こうとする奴なんて、誰もいない」

「……分かった。ぼくの責任だ。今からお前たちを探して殺す。どれだけ大変だろうと、いつかは終わる。これ以上ぼくたちのせいで、人間を死なせるわけにはいかない」

「それも無理な話だな。敵に回すのはせいぜい数千体、数万体だとお前は思ってるかもしれないが、それは違う。お前が死んだと思っている九千の個体も、先に地球に送り込まれただけで生きている。だとすればどうなる? 相手は数十万、数百万だ。その間お前がずっと勝ち続けられる可能性は、いったいどれくらいだろうな」


 挑戦とも取れるその言葉を最後に、向こうが一方的に話を終えた。


「そんな……」


 まだ信じられなかった。何が起きようとしているのか。ぼくは分かっているはずなのに、理解することを無意識のうちに拒んでいた。飢えて死んでしまったはずの個体も生きている。今この瞬間も、一人、また一人と人間の犠牲者は増え続けている。


「……ぼくは、どうすればいい?」


 ぼくの代わりに鴨山が総会を仕切り、解散としたらしい。戸惑いながらも帰るしかないメンバーたちの話す声を聞きながら、ぼくは一人つぶやくしかなかった。

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